悪徳警官の転落劇が、なぜここまで切ないのか…! 圧巻の血みどろノワール『ダ・フォース』が話題!

文芸・カルチャー

2018/9/3

『ダ・フォース(上・下)』
(ドン・ウィンズロウ:著、田口俊樹:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)

 パワハラ、わいせつ行為、横領……。警察官の不祥事は、今も昔も後を絶たない。だがフィクションとはいえ、この男ほどの悪徳警官はそういないだろう。ニューヨーク市警のエリート特捜部“ダ・フォース”を率いるマローンは、市民のヒーローであり刑事の王。麻薬や銃が引き起こす凶悪犯罪を日夜取り締まり、ニューヨークの街に睨みをきかせている。だがその反面、マフィアと通じたり、検事を買収したりとやりたい放題。挙句の果てに、麻薬工場の手入れでは組織のドンを撃ち殺し、50キロものヘロインを着服する。……並みのマフィアより悪いじゃないか。

 本作『ダ・フォース(上・下)』(ドン・ウィンズロウ:著、田口俊樹:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)は、そんなマローンが監獄に囚われているシーンから幕を開ける。英雄は、なぜその座を追われたのか。どのようにして悪事が明るみに出たのか。汚れた警官が転落する過程が、徐々にあぶり出されていく。

 マローンの悪行は、到底許されることではない。嫌悪感を抱く人も少なからずいるだろう。しかし、正義と悪はきっちり線引きできるものではない。情報屋からネタを引き出すためにヤクを渡す。子どもを虐待する親を警棒でしばく。銃や麻薬が蔓延しないようマフィアと通じる。いずれも、もとを正せば「街の秩序を守りたい」という正義感から始まった行為だ。しかし、その刑事魂もいつしか黒に近いグレーに染まり、泥にまみれていく。清濁併せ呑まなければやっていけない、現場に立つ者の覚悟がそこにある。

 危ない橋を渡るたびに敵は増え、彼の足をすくおうとする者も出てくる。やがてマローンはFBIに目をつけられ、周囲の警察官の不正について情報を提供するよう迫られる。裏切り者のネズミになるのか、仲間をかばうのか。

「いかにして人は一線を越えてしまうのか。一歩一歩越えるのだ」

 その述懐からは、後戻りできないところまで来てしまった人間の諦めや寂しさが滲み出ている。

 人が道を踏み外すのは、些細なきっかけにすぎない。しかもマローンには、別居中の妻子が、ヘロイン中毒から抜け出せない恋人が、“ダ・フォース”の仲間が、殉職した友が遺した家族がいる。守らねばならないものが多いからこそ追い込まれ、時には苦渋の決断をせざるを得ない。窮地に立たされた彼の苦悩や葛藤が胸に迫り、下巻はページをめくる手が止まらなくなるはずだ。

 本書の巻頭には、執筆中に殉職した警察官の名前が記されている。その数は優に150を超え、現場で戦う警察官の現実を突き付けてくる。そして、汗と血にまみれ、泥を飲む覚悟で職務を全うする街場の警察官に対する著者の敬意も伝わってくる。日々最前線に立ち続けたマローンにも、警察官としての矜持は残されていたのか。最後の一文が、すべてを物語っている。

文=野本由起