なぜ、少女は大好きな小説家を殺してしまったのか――その感情は敬愛か? 執着か?

文芸・カルチャー

2018/11/21

『私が大好きな小説家を殺すまで(メディアワークス文庫)』(斜線堂有紀/KADOKAWA)

 小説を好んで読む人間ならば、ひとりくらいは自分の中に特別な作家の名前が刻まれているだろう。自分の感性にぴたりと寄り添い、心地よいリズムで紡がれる小説は、読者にとって完璧な世界だ。だからこそ、私たちは、その世界を創り上げる作者を神にも等しい存在だと崇める。この人の手から生み出された文字は、全て読みたい。筆者にも、そんな敬愛とも執着ともいえる感情を向けている作家がいる。いや、正確には“いた”――。くるおしいほど愛していても、彼がいつまでも自分好みの小説を書き続けるわけではなかった。才能は永続しない。本作『私が大好きな小説家を殺すまで(メディアワークス文庫)』(斜線堂有紀/KADOKAWA)に登場するのは、才能に見捨てられた小説家と、その才能に魅入られた少女。これは、誰もが持つ“信仰”の、延長線上にある物語だ。

 刑事たちは、失踪した人気小説家・遥川悠真の部屋を訪れていた。だが、すぐにその場所の異様さに気が付く。1台のノートパソコンを除き、彼の部屋は荒らされていた。そして、パソコンの中には、『部屋』と題された文章が残されている。それは、こんな始まりの“小説”だった。

憧れの相手が見る影もなく落ちぶれてしまったのを見て、「頼むから死んでくれ」と思うのが敬愛で「それでも生きてくれ」と願うのが執着だと思っていた。だから私は、遥川悠真に死んで欲しかった。

 そこに描かれていたのは、スランプに陥り新作が書けなくなった遥川悠真と、つらい日常の中で彼の小説を読むことだけが救いだった“私”――幕居梓の奇妙な共生関係だった。やがて、遥川の小説を誰よりも愛する梓は、彼のゴーストライターとして代わりに彼の名義で小説を書くことを決意する。だが、それはふたりの関係を“崩壊”に向かわせるもので…。

 本作の結末は、タイトルで予告されている。やはり梓は、“大好きな小説家” 遥川悠真を殺してしまう。大きすぎるふたりの感情がすれ違い、やがて致命的なズレへと変化していく過程を、読者は外側から見届けることしかできない。最後までたどり着いた読者は、どうか表紙のイラストを見返してほしい。きっと、どうしようもなく胸を締め付けるはずだ。

文=中川 凌