芸能界も老いている! 日本社会を生きる私たちが知るべき残酷な「さみしさ」の正体

エンタメ

2019/1/27

『さみしさの研究』
ビートたけし/小学館)

 人生100年時代といわれる昨今、年老いても活き活きと暮らすことが求められている。若い頃と変わらずエネルギッシュに活動するためにはどうしたらよいのか。心身共にできるだけ若い状態を保つのがよいことだ、と思わない人の方が少ないだろう。一方「老い」や「老後の孤独」をテーマにした本が続々と出版され、話題となることも多い。細かい点は異なれど「いかに素晴らしい老後を過ごすか」は共通のテーマである。しかし、これに異を唱える本がある。ビートたけし著『さみしさの研究』(小学館)だ。本書が類書と異なるのは、素晴らしい老後を迎えるための心構えを説くのでも、孤独を礼賛するのでもなく老いと孤独は残酷なものであることを認めるところからはじまる点だ。

男は歳を取ったら、嫌われ者でちょうどいい

 ビートたけしといえば、知らない人はほとんどいないだろう。嫌われ者でちょうどいいといえるのは、いつまでもエネルギッシュに活躍できるビートたけしだからこそではないか。そんな声もあるかもしれない。しかし、本書を読むとなぜそのように考えるのかがよく分かる。

 ビートたけしですら寄る年波は感じるという。年齢を重ねるというのは残酷なもので、歳をとれば確実に不自由なことが増えていくのを実感している。

老後は「くだらなくて、みすぼらしい」のが当然だ。それを「素晴らしいもの」「いいもの」にしようなんて思うから、かえって辛くなってしまうんだよ。

 であれば、すべてを仕方がないものとして諦めるのか。著者の主張はそうではない。むしろ誰にも嫌われたくないと、人の目ばかりを気にした人生を送ったあげく死んだら人の話の俎上にも載らない。単なるいい人で忘れられてしまうのはさみしい。それなら、悪人としてでも誰かの記憶に残った方がいいというのだ。人に嫌われるのを恐れて、自分のやりたいことを諦める人生は送るなと言いたいのだ。

 本書は日本の政治や社会、芸能ニュースに対してビートたけしが風刺するという体裁をとっている。確かに本書にはバカげたこともたくさん書いてあるのだが、芸能人がおもしろおかしく言いたいことを言っているだけでも、近年流行りの「自分らしい人生」を追求するための独りよがりな生き方を勧めるだけでもない。これを読めばここ数年の日本の話題が分かるとともに、日本社会に蔓延する闇の輪郭をつかめるような気がする。

 本書を読んで老若男女問わず参考になる考え方だと感じたのは、「自分を客観視する能力」を身につけることの大切さだ。客観視する能力は、自分を見極める力ともいえる。「一発屋」と揶揄されるように、芸能界のサイクルは以前より短くなっている。今は芸能界に限らず、あらゆるものの変化のスピードが速い時代だ。ぼーっとしているとあっという間に置いていかれてしまう。1970年代にデビューしたビートたけしがなぜ生き残っていられるのか。本人の分析によると、何かに夢中になっているときでさえ、ものすごく冷めた目で見つめるもう一人の自分を持ち続けることができたからではないかという。

 何かひとつのことに執着せず、その時々でベストな選択をし続けることができたからこそ生き残ることができている。人は成功体験を持つとそれに縛られて「昔はよかった」と考えてしまいがちな生き物だ。ところが、著者は今の自分が一番好きだという。

 本書には、自分を客観視することができなかったためにトラブルに巻き込まれてしまった有名人や一般人の話がたくさん出てくる。それはゴシップ的にというよりは、一種の「さみしさ」を伴って描かれている。気になる人は、ぜひ本書を手にとっていただきたい。

文=いづつえり