「もうこれ以上傷つきたくない。私はひとりで大丈夫」深い傷を負った心を宝飾職人と万華鏡が癒やしていく、人生再生ストーリー

恋愛・結婚

2019/4/14

『ただいま、ふたりの宝石箱』(あさばみゆき/KADOKAWA)

 人と接するとき、本来の自分とは異なる対人用の性格が表れてしまったり、相手との間に壁を作ってしまったりと、素直になれない。また、そのような自分のことをかわいげのない人間だと感じる。これらに当てはまる人は多いのではないだろうか。

 特に、身近な人からの心ない言動に傷つけられた経験を持っている人は、これ以上自分が傷つかないよう、心理的に相手と距離をとろうとする場合が多い。しかし、そうやって自分を偽ることに慣れてしまうと、本当に信頼できる人に出会ったときにどうすれば良いかわからなくなってしまう。『ただいま、ふたりの宝石箱』(あさばみゆき/KADOKAWA)の主人公、高星涼子もそうだ。

 涼子はWEBコンテンツの制作会社の企画職として働くキャリアウーマン。入社4年目ながらチームリーダーを任される“期待の逸材(ホープダイヤ)”だ。人につけいる隙を与えないよう気を張り続け、仮面をかぶって仕事をしていた涼子だったが、ある日気持ちの糸が切れてしまい退職。譲り受けた古民家に引っ越し、趣味のアクセサリー作りに没頭する日々を送っていた。

 そんな彼女のもとに店子として同居することになったのが、宝飾職人の佐伯希美。その名前から女性だと思い込み、本物の職人に出会えると期待した涼子は、男性がやってきたことに呆然とする。最初は大家と店子という線引きをはっきりさせようとする涼子だったが、希美と彼の作る万華鏡が徐々に彼女の心をほぐしていく、優しい物語だ。

 このようにガードの固い涼子にも、無防備な素の自分に戻る瞬間がある。それは、昔から好きな「きらきらしたもの」を見ているときだ。ビーズアクセサリーを作っているとき、天然石を見ているとき、そして、希美が作った万華鏡をのぞいているとき。心の傷を負う前、幼かった涼子の幸せな家族の思い出の中には、いつも「きらきらしたもの」があった。希美の万華鏡を見て涼子はそのことに気づく。彼女の心を癒やす鍵がここにある。

 一方、宝飾職人の希美は、女性なら憧れずにはいられないような好青年。甘えないように頑張っている涼子の心を見透かし、彼女に手を差し伸べ続ける。相手の事情に深入りはしないけれど、助けてほしいときにはしっかり助けてくれる、まさに救世主だ。

 希美は私のもとを去ってしまうのではないかという涼子の心配を良い意味で裏切り続けてくれるのだが、そんな優しさの塊のような彼にも、涼子はなかなか心を開けない。今まで誰にも見せなかった素の自分をさらけ出してしまったからこそ、ここで傷ついたらもう立ち直れないという直感がつきまとう。

 主人公の涼子が仮面をかぶって生きているのは、彼女がたくさんの傷を抱えていることが原因だ。しかし、この作品では最初から彼女の過去がすべて明かされるわけではない。仕事を辞めた理由、古民家を譲り受けるに至った経緯など、読み進めるうちに少しずつ明らかになる仕組みになっている。希美との仲が深まっていくとともに彼女の暗い過去もはっきりしていき、希望と絶望がともに大きくなっていくので、果たして彼女に救いは訪れるのか、ドキドキ感も強まっていく。また、彼女の過去を知れば知るほど、ひとりで生きていこうと強がってしまうことに納得・共感できる。

 さらに物語の後半では、彼女の人生に再び暗い影を落としかねない出来事が起こる。涼子の過去や希美との仲が一気に動き出す展開になっているので、目が離せない。希美は彼女を守り、心をほぐしてあげることができるのだろうか。そして涼子は過去のトラウマを乗り越えて前に進めるのだろうか。

 涼子が作るアクセサリーには、身につける相手を想う気持ちが込められている。そんな彼女の優しさが希美に影響を与え、万華鏡という形になって彼女のもとに返ってきたのではないだろうか。万華鏡のきらめきが涼子の人生に希望を与えてくれる。人を信じられなくなったり、心に傷を抱えたりした経験を持つ人や、ピュアな恋愛小説を読みたい女性におすすめの作品だ。

文=かなづち