【お出かけ情報としても】文豪たちのお墓まいりで次元を超えて対話!? 作家の墓参を覗いてみると

文芸・カルチャー

2019/4/27

『文豪お墓まいり記』(山崎ナオコーラ/文藝春秋)

 現実世界から離れるために本を開く、そして本が好きになる…。この感覚がわかる方は多いのではないだろうか?

 作家の山崎ナオコーラさんも、私の勝手な推測だが、同じように本を好きになった方ではないだろうかという気がする。その山崎さんが、現代に生きる作家として、文豪たちのお墓をゆるゆるとお参りしたエッセイが、『文豪お墓まいり記』(山崎ナオコーラ/文藝春秋)だ。彼女が行く文豪たちのお墓まいりに一緒に付いていこう。

■中島敦

「山月記」で有名な中島敦の墓は、東京の西部、多磨霊園にある。最寄駅は武蔵小金井駅だ。山崎さんはこの日駅からバスで向かい、霊園の前の蕎麦屋ですき焼うどんを食べる。本書は食事の記録も結構出てくるので、あらたまったお参りというよりも、散策に近い印象を受ける。

 さて、彼女は、中島敦の墓前まで来ると、33歳で死んだ敦がどのような気持ちで作品を書き、若くして死に臨んだのかについて想いを馳せる。そして、自分自身は今やその年齢より上になっていることや、自分が死ぬこととお墓にまつわるあれこれを考える。その思索は、まるで敦と対話しているようだ。

 やがて彼女は敦の潔癖さと儚さのようなものを感じたのかもしれない。
「自分の一生の時の短さ果敢なさの感じ(本当に肉体的な、その感覚)を直接(じか)に想像して見る癖が、私にはある」という、中島敦の「かめれおん日記」からの文章を引いてお参りを締めくくる。

太宰治

『人間失格』や数々の小説のほか、自殺癖など私生活面でも広く知られている太宰治は、1948年6月に、これまた有名な話だが、最愛の妻がありながら山崎富栄と入水自殺をした。享年38歳。太宰治のお墓は、三鷹の禅林寺にある。太宰の墓の斜め向かいには森鷗外の墓もあり、これは太宰が生前鷗外に憧れていたからだという。

 山崎さんは、太宰が通っていたという蕎麦屋でうな重を注文する。太宰がよく食べていたらしい。そして、お墓の前では、太宰という人物にまつわるエピソードをあれこれ思い起こしつつも、結局は太宰の“作品の素晴らしさに注目すべきだ”と総括する。

「柔らかく且つするどい言葉を完璧に選択する力と、抜群の構成センスが素晴らしい」と語る。さらに、『斜陽』の冒頭の文を挙げ、太宰の文章は声に出して読むとリズミカルだと称える。作家がそう語るとなお説得力がある。

 寺の最寄駅である三鷹駅からは、太宰が身を投げた玉川上水が見えるそうだ。山崎さんは、「とても浅かった」という感想にて文章を締めている。「へえ、そうなの…?」と思わせる突然の感想投入に、作家同士で何か言葉を交わしたのだろうかと勘ぐってしまう。

谷崎潤一郎

 谷崎潤一郎の墓は京都の法然院にある。関西を舞台にした代表作『細雪』も京都がたびたび登場する。山崎さんの視点は、現実の京都と、『細雪』という作品内の京都を、時に重ねて、時には行ったり来たりしている。以下は本書の引用だ。

「ああ、この場所はあのページと似ている。ああ、ここにはあの作家の息づかいが残っている。やっぱり文学と現実は地続きだったんだ」と考え、明日からまた現実でやっていくための勇気を得ようとする

 わかるわ、と頷く人は多いのではないだろうか。

 こうして山崎さんは文豪たちとそのお墓を巡っていく。本書には合計23人のお墓まいり記が収められている。彼女の意識や思索が、文豪ののこした本の中と、それを書いた作家の人生と、そして現実という3つの世界をまたいで駆け回っているのが非常におもしろい。実は、文豪たちのお墓は「異次元の接合点」なのではないだろうか? …などと考えていたら、自分もお参しりしたくなってきた。本書にはそれぞれの墓の所在地を示すマップも掲載されている。これからのゴールデンウィーク、あなたも現実を少し離れられるお墓まいり体験をしてみてはどうだろう。

文=奥みんす