松坂桃李が主人公を演じて話題に! 全51巻が累計発行部数2000万を突破した『居眠り磐音』ってどんな作品?

文芸・カルチャー

2019/6/13

『陽炎ノ辻 居眠り磐音(一) 決定版』(佐伯泰英/文藝春秋)

■澄んだ心を持つ剣士が居眠り剣法を使って躍動

 現在、上映中の松坂桃李主演による時代劇映画『居眠り磐音』。その原作「居眠り磐音」シリーズは、全51巻からなる佐伯泰英作の書き下ろし時代小説だ。

 主人公・坂崎磐音は、九州、豊後関前藩の中老の家に生まれた人物。幼少より剣術修行に励み、師匠の中戸信継から、

磐音の構えは、春先の縁側で日向ぼっこしている年寄り猫のようじゃ。眠っているのか起きているのか、まるで手応えがない。こちらもつい手を出すのを忘れてしまう。居眠り磐音の居眠り剣法じゃな(第1巻より)

 と腕前を評された。それがあだ名の由来である。字面からは長閑な剣のように思えるが、磐音はめっぽう強い。対戦相手の気合を飲み込み、焦らしきった末に一撃を放つ。決闘シーンの緊張感は、本作の大きな魅力だ。

 磐音は、ただ強いだけではない。

 ある騒動により、ともに修行に励んだ幼なじみを討ち取ることを余儀なくされ、その妹でもある許嫁・奈緒と離ればなれに。そんな悲運を背負い、江戸の長屋でひっそり暮らす、悲しく切ないヒーローなのだ。

 悲しみを知る磐音は誰にも優しい。澄んだ心を持ち、自らの弱さも知る磐音の周りには、人情味あふれる人々が集まる。磐音は剣術を駆使して人々を助け、人々もまた磐音を助ける。シリーズを通して、脇役たちの人間性がじっくりと描かれ、物語が深みを増していくのも、長編ならではの良さだ。

■決定版、外伝、息子の武者修行を描く新作も刊行

 当初、シリーズ化の予定はなかったという本作だが、刊行を重ねるたびに世界観が拡大。2002年4月から16年1月に刊行された双葉文庫版は、全巻の累計発行部数が2000万を突破している(双葉文庫版は『居眠り磐音 江戸双紙』と題されていた)。

 19年3月からは、文藝春秋より、著者が加筆修正を行う“決定版”の刊行がスタート。6月6日に、第8巻「朔風ノ岸」、第9巻「遠霞ノ峠」が発売に。また、1月には磐音と奈緒の幼少からの歩みを追った「奈緒と磐音」、4月には磐音の弟妹分たちの若き日々を描いた「武士の賦」という2冊の書き下ろし新作も発売された。

 さらに、磐音の息子・空也の武者修行を描く「空也十番勝負」シリーズ(双葉文庫)も刊行中。居眠り磐音ワールドは、いまも広がり続けている。

「居眠り磐音」シリーズは、過去にテレビドラマ化、漫画化されたこともある。なぜそれほど人気なのかと問うなら、ただひと言「面白いから」に他ならない。

 巻ごとに騒動が解決し、全巻を通じて磐音の人生を追える飽きの来ない構成で、全巻読み終えて最初から読み直すファンも少なくないという。時代小説になじみがない人にとっての、目覚めの作品となる可能性も高いだろう。

 愛する作品に、長く、たっぷりと浸れるのだから、長編小説の読者は幸せだ。「居眠り磐音」シリーズに興味を持った方は、まずはすべての出発点となる第1巻『陽炎ノ辻 居眠り磐音(一) 決定版』(文藝春秋)を一読していただきたい。映画を観る前でも、観たあとでも、読み始めるきっかけは何でもかまわない。読み込むうち、真の強さを持つヒーロー・居眠り磐音に、きっと心をつかまれる。

文=澤井一