手塚治虫は「未来の自然」をどう描いた? 漫画の神様が50年前から叫び続けていた環境問題

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2019/10/17

手塚マンガでエコロジー入門
『手塚マンガでエコロジー入門』(手塚治虫:著、手塚るみ子:解説、野上暁:解題/子どもの未来社)

「How dare you!」──これは先日、ニューヨークで開かれた気候行動サミットにおいて、16歳の少女、グレタ・トゥーンベリさんが世界の首脳たちに向けて放った怒りの声である。意味としては「よくもそんなことを!」という感じだろうが、地球の環境問題を放置してきた大人たちに対する、若者の痛烈な批判であった。もちろん、この動きは今に始まったことではない。すでに50年近くも前から、環境問題を訴え続けていた著名な人物がいる。それがあの「漫画の神様」と称される、手塚治虫先生だ。

 手塚先生の描く漫画にはさまざまなテーマが存在するが、その中でも「地球の環境保全」は重要なテーマのひとつ。『手塚マンガでエコロジー入門』(手塚治虫:著、手塚るみ子:解説、野上暁:解題/子どもの未来社)は、環境問題を扱った手塚先生の短編を8本収録し、地球の未来を憂える先生の想いを後世に伝えようとする。また手塚先生は漫画のほかに、文章によるエッセイも多く遺している。本書では漫画に添えてエッセイを収録することで、先生の訴えたかったことがより鮮明になっている。

 例えば巻頭に収録された「モンモン山が泣いてるよ」は先生の自伝的な短編だ。自然環境がどんどん破壊されていくさまを憂う姿が描かれている。そしてエッセイでは自身の幼少時における自然とのふれあいを語り、森林や昆虫などの「生命」が失われていくことを嘆く。「生命のないところに未来はない」──時代に先駆けて“未来”の世界を描き続けてきた手塚先生だからこそ、その目に映る“現代”の光景に警鐘を鳴らさざるを得なかったのであろう。

 手塚先生の先見は、現代の「海洋ごみ」問題も見通していた。先生の代表作のひとつ『三つ目がとおる』のエピソード「ナゾの浮遊物」でそれは描かれている。主人公・写楽の暮らす街に、海からナゾの浮遊物が流れ込んできた。その物体は異臭を発し、人々に多大な被害を与えている。写楽が調査に向かうと、その物体が実は「三つ目人」という写楽の祖先が太古の昔に海へ廃棄した「ゴミ袋」だったことが判明するのだ。

 この状況が現代と非常に酷似していることに、多くの人が気づくはず。我々は「三つ目人」と同じく多くの廃棄物を海へ捨て続けている。それが海洋生物に深刻なダメージを与えており、未来にどんな影響を与えるか不安な部分も多い。我々は自分自身のツケを未来の人々へ押し付けているわけで、若者たちが怒りをあらわにするのも至極当然の話であろう。

 手塚先生はエッセイの中でこうも記す。

「『今日、ただいま』の便利さを求めて、ごく正直に人々は生きてきたはずなのに、それらが時を経て積み重なった現在、ささやかな幸せだったものが一挙に危機の様相を呈してしまったなんて、何かに裏切られたような思いにかられてしまいます」

 これは環境を破壊するのは権力者だけでなく、我々「普通の市民」もその動きを支えてしまっていることを指摘する。我々が日常の「便利さ」を求めた結果の環境破壊なのである。ただ幸せを求めて活動した結果、未来にわたって大きな不幸をもたらすとすれば、なんとも皮肉な話ではないか。

 手塚先生は「人類はまだ野蛮時代なのかもしれない」という。いかに科学が発達しても「己の幸せ」しか追求できなければ、我々は「野蛮人」の謗りを免れまい。

文=木谷誠