もしも猫と話せたら? 猫と語らう優しい日々『キミと話がしたいのだ。』でひと休み

マンガ

更新日:2019/11/13

『キミと話がしたいのだ。』(オザキミカ/イースト・プレス)

 猫と話してみたい。猫に限らず、動物と暮らしている人なら誰しも「何を言ってるのか知りたい」と思っている(はず)。楽しい話、腹減ったの合図、病気なら一日でも早く教えてほしい、猫同士なにを話してるんだろう? 言葉を交わせたら、もっと楽しいんだろうな、と想像する(はず)。

 そんな猫好きの夢をカタチにしたのが『キミと話がしたいのだ。』(オザキミカ/イースト・プレス)です。

 2008年に『ハムスペ』(休刊)で始まり、現在はMATOGROSSO(Webメディア・マトグロッソ)で連載中の本作は、10年以上も続く人気の猫コミック。

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 “猫語を解する”主人公・しんのすけと保護猫・くまが、ごく自然に日本語で会話をしながら、日々を過ごす……それだけの、ゆるやかで穏やかな物語。

 大きな事件があるわけでもなく、猫語を理解できるしんのすけに謎や秘密があるわけでもない。丁寧な言葉を話す猫のくまと、いつも冷静で言葉少なめな“しんのすけさん”のなんでもない日常の会話。

 とても自然に話す“ふたり”ですが、そこはかとなくズレていて、そこにおかしさや愛らしさが生まれます。

 例えば……とある雪の日に外出先から戻ったしんのすけさんは、くまに尋ねます。

 こんなこともありました。

 せっかくの休日に、出かけもせず、家事もせず、昼間っからお風呂に入り、ビールにほろ酔いのしんのすけさんは言います――「久々になんにもしない1日だったな~~~~」

 この作品の「仕掛けの妙」は「しんのすけさんが猫語を解する」という部分にあります。私たち読者は、いつの間にか「くまがヒト語を話している」ように錯覚していて、くまの常識も知恵も人間同等のように感じるのですが、あくまでも「猫は猫」なのです。

 くまが「当たり前」のように口にする感想は、しんのすけさんに目からウロコの「発見」や「驚き」をもたらします。

 ヒトと猫のズレ――そこに、私たちヒトが日々の生活の中でいつしか見失ってしまった、小さな喜びやしあわせがひょっこり顔を出し、しんのすけさんたちと一緒に読者も、ふいに気持ちが楽になるのです。

 それこそが、『キミと話がしたいのだ。』の一番の魅力と言っても過言ではありません。

 10年の連載期間を経て、くまとしんのすけさんの周りには、魅力的なキャラクターも大勢増えました。猫の仲間も、ヒトの仲間も。猫語がわかるヒトもいれば、わからないヒトもいて、それでも皆が猫との暮らしの中で大切なものに気づきながら生きています。

 最新刊の7巻でも、『キミはな。』ワールドは健在で、相変わらずなんでもない日々が描かれています。

 少し気になるのは、最近の連載で、割と短毛のはずのくまの胸元の毛が長めに描かれるようになっていること。

 作品内での経過年月は明記されていませんが、もしかすると、くまも年を重ね、老猫特有の毛割れが始まっているのかもしれません。

 哀しい話を読みたいわけではないけれど、しんのすけさんがくまとお別れする日が来るのなら、そのとき、くまは……猫はどんな言葉をヒトに伝えてくれるのか? 老猫と暮らす私は、そんなことを考えながら、しみじみと『キミはな。』を読んでしまうのです。

 もちろん今は、まだまだ、しんのすけさんとくまたちの日常が続くのを、ゆるく見守っていたい――が一番ですよ。念のため。

 それにしても……もし、ウチの猫たちの言葉がわかるとしたら、あの子らはどんな口調で、どんなことを話すんだろう。

文=水陶マコト

(c)オザキミカ/イースト・プレス