名物おでんに舌つづみ! おまけにAI婚活で幸せゲット!? おなかも心も満たす「婚活食堂」へようこそ

文芸・カルチャー

公開日:2021/6/4

婚活食堂
『婚活食堂5』(山口恵以子/PHP研究所)

「こんな居酒屋、近所に欲しい――!」

 このシリーズを読んだ人なら、誰しもそう思うのではないだろうか。大皿に盛られたのは、旬の野菜を使った色とりどりの料理。ホワイトボードには、日替わり鮮魚の刺身やカルパッチョ、鰯の梅肉揚げ、夏野菜の天ぷらといった季節のメニューが並ぶ。さらに、この店に来たからには、おでんを食べなきゃ始まらない。柔らかく煮込んだ牛スジ、中トロの脂と深谷ネギの甘味が交互にやってくる葱鮪。暑い季節には、トマトの冷やしおでんも舌をひんやり喜ばせてくれる。料理に合わせていただくのは、ビール、日本酒、それともスパークリングワインか。ページをめくるたびに、おいしそうな香りが鼻先をふわっとかすめるようだ。

 そう、ここは女将の恵が切り盛りする小さなおでん屋「めぐみ食堂」。『婚活食堂』(山口恵以子/PHP研究所)は、この店で繰り広げられる人間模様を描いたハートフルストーリーだ。しかもタイトルから予想できるとおり、めぐみ食堂が振舞うのは絶品料理だけではない。男女の縁を結び、人生の幸せまで味わわせてくれる。

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 かつて売れっ子占い師だった恵は、今や不思議な力は失ったものの、人の背後にオーラのようなほんのりした光が見えることがある。しかも、長年にわたって人を見てきたせいか、ちょっとした表情や言動から敏感に気持ちを察することができる。おせっかいを働くわけではないが、恋愛や結婚について悩みを抱える常連客にとっては、実に頼もしい相談相手だ。

 これまで4作にわたって「めぐみ食堂」が取り持つ縁を描いてきたが、5作目のテーマはなんと“AI婚活”! 常連のIT実業家がAIによる結婚支援事業を立ち上げたと知り、同じく常連客の田代杏奈と織部豊はこのサービスを利用することに。大量のアンケートに答え、AIで分析した膨大なデータから価値観の合う相手とお見合いするが……?

 AI婚活に励む杏奈と豊、恵が面倒を見る児童養護施設の子どもたち、フェイスブックで知り合った外国人に熱を上げる60代の未亡人・まい。全5話の連作短編から浮かび上がるのは、人の心のままならなさだ。理想の相手と出会えたはずなのに、どこか物足りない。まったく気が合わないと思っていたのに、なぜか心惹かれていく。幸せを願いながらも、どこかで羨んだり嫉妬したりしてしまう。過去に縛られて、未来を見ることができない。だが、こうした不確かな気持ち、自分でも予想できない心の揺らぎこそが、人間らしさでもある。恵はけしてAIを否定するわけではない。だが、自分や他人の心に向き合うこと、そして不完全な人間を慈しむ姿勢こそが大事なのだと私たちに優しく教えてくれる。

 人の心は厄介なものだ。だからこそ、人間は面白い。巻末レシピで「めぐみ食堂」の味を再現し、お気に入りのお酒を飲みながら、今宵は恋愛や人間模様の不可思議さに思いを馳せてはいかがだろうか。

文=野本由起