江戸川乱歩賞受賞作! 異色のノンキャリ女警察官が挑む未解決事件と警察組織の闇

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/27

北緯43度のコールドケース
『北緯43度のコールドケース』(伏尾美紀/講談社)

 仕事とは理不尽の連続だ。「どうして自分がこんな目に遭うのか」と嘆息。どうにか業務をこなしながらも、そんな毎日に辟易としているという人は少なくはないだろう。

 第67回江戸川乱歩賞受賞作『北緯43度のコールドケース』(伏尾美紀/講談社)は、そんな不条理ばかりの仕事に悩み、人生に悩むすべての人に読んでほしい一冊。未解決の誘拐事件の謎を追う警察小説なのだが、ミステリーとしての面白さはもちろんのこと、事件の真実を求めて突き進んでいく女性警察官の姿にも胸を打たれる作品なのだ。

 舞台は北海道。物語は、札幌郊外の倉庫で少女の遺体が見つかったことに始まる。遺体は、5年前の未解決誘拐事件の被害者女児のもの。当時、誘拐事件の犯人は、身代金を受け取った後、逃走中に電車のホームから転落し轢死。女児はそのままずっと行方不明となっていたが、今回見つかった遺体は死後間もないものだ。誘拐事件には共犯がいたということなのか。だが、共犯を見つけられないまま、そこからさらに1年半もの時が経過してしまう。社会科学の博士号をもつ異色のノンキャリ女性警察官・沢村依理子は、当時は捜査一課強行犯係の刑事としてこの誘拐事件の捜査を担当していたが、今は生活安全課防犯係に異動となっていた。だが、ある時、誘拐事件の捜査資料が月刊誌にリークされ、こともあろうか、沢村は漏洩犯としての疑いをかけられてしまうのだった。

advertisement

 どうして沢村には理不尽な出来事ばかりが襲いかかるのだろう。そもそも1年半前も、沢村は、尊敬し目標としていた先輩刑事・瀧本に裏切られる形で、誘拐事件の捜査から外された。警務部は「沢村が捜査本部を外された腹いせに捜査資料をコピーして持ち出した」との筋書きを描いているようだが、彼女は紛れもなく潔白。むしろ見えてくるのは、警察組織の闇だ。リーク犯がわからず、誰も処分できなければ、警察組織としてのメンツは丸潰れ。学閥が物を言う世界の中で、特殊な経歴のためOBの後ろ盾のない沢村を、本作の中で描かれる警察組織は漏洩犯に仕立て上げようとしているのだ。

 沢村は思い悩む。警察官を続けるべきか、それとも別の道を探すべきか。友人からは「どこに行っても理不尽なら、自分の好きなことを仕事にした方がいい」と、研究職に戻ることを提案される。だが、このままでは終われない。戦い続けなくてはならない。沢村は自分の身の潔白を証明するため、そして、誘拐事件の真相を追うため、この誘拐事件と再び向き合うことになる。

 沢村が大学を去り、警察という職を選んだ理由、家族との確執、自分を裏切った先輩刑事への思い…。沢村の人物像が詳細に描かれるから、彼女の存在が、ひとりの女性として眼前に浮かび上がってくる。だからこそ、組織の思惑に翻弄されながらも、それに果敢に立ち向かっていく姿に心掴まれてしまうのだろう。ひとりの警察官として葛藤しながらも成長していく沢村の姿はなんとまぶしいことか。特に、容疑者の取り調べの場面は、この物語の白眉だ。ジリジリと容疑者を追い詰めていく緊迫感ある取り調べに、呼吸をするのも忘れて見入ってしまった。

 もしかしたら、現実世界では戦い続けることばかりが正義ではないのかもしれない。時には逃げ出すことがあってもいいのかもしれない。だけれども、組織に反発し、自分なりの正義を貫く沢村の姿は、疲れ切った私たちの心に爽やかな風を吹かしてくれる。私たちも理不尽なことには理不尽だと、間違っていることは間違っていると声高に叫んでもいいのかもしれないと思えてくる。この作品は、不条理な毎日に喘ぎ苦しむあなたのためのミステリー。戦い続ける女性警察官の姿に、エールをもらったような気分にさせられる一冊だ。

文=アサトーミナミ

あわせて読みたい