【直木賞受賞/本屋大賞2022ノミネート】黒田官兵衛が安楽椅子探偵に!? 戦国ミステリーと史実の籠城戦が鮮やかに融合!

文芸・カルチャー

更新日:2022/2/10

黒牢城
『黒牢城』(米澤穂信/KADOKAWA)

 歴史小説にミステリーを掛け合わせた米澤穂信氏の新境地に、今、多くの人が圧倒されている。4大ミステリーランキングを完全制覇し、第166回直木賞受賞、さらには2022年本屋大賞にもノミネートされた『黒牢城』(KADOKAWA)。籠城戦を背景としたこの傑作ミステリーは、私たちをあっという間に、戦国の世へといざなう。城主の孤独と葛藤。運命に翻弄される人々の心の移ろいを鮮やかに描き出す繊細な心理描写が胸へと迫ってくるのだ。

 舞台は本能寺の変の4年前、天正6年(1578年)の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った摂津国の武将・荒木村重が主人公だ。籠城しながら毛利輝元の援軍をひたすら待つばかりの村重。そんな彼のもとに、翻意を促すため、織田方の軍師・黒田官兵衛が訪ねてくる。官兵衛は言う。「この戦、勝てませぬぞ」。毛利は決して来ないという官兵衛の言葉は、村重の痛いところをつくものだった。追い返すか斬るべきという当時の常識に反して、村重は官兵衛を城内の土牢へと閉じ込める。しかし、官兵衛の言う通り、戦況は悪化するばかり。おまけに、周囲の城が寝返る中、難事件が相次いで巻き起こる。翻弄され、揺れ動く武将たちの心。自ら現場を検分するも謎が解けない村重は、官兵衛に知恵を借りようと試みる。

 雪が降り積る中、周囲に足跡もなく、密室で起きた人質の少年の殺人事件。討ち取った織田方の武将の首級の見定め。町屋の外れの庵での密使の刺殺事件。どこからともなく打ち込まれる謎の鉄砲玉…。戦国の世に巻き起こる謎はどれも不可解だ。そんな誰もが全く解き明かせなかった奇妙な事件の謎を、官兵衛は、安楽椅子探偵のごとく、村重の話を聞くだけでいとも簡単に見抜いてしまう。だが、官兵衛は、決してその答えは口にしない。村重を嘲笑しながら、真相を仄めかすに止めるのだ。その姿はあまりにも不気味。土牢の中で官兵衛は日に日に野性味を増していき、なんと薄気味悪いことか。なぜ敵であるはずの官兵衛が謎解きに協力するのか。その思惑はどこにあるのか。呼吸をするのも忘れて、村重と官兵衛の駆け引きに見入ってしまう。

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 迫り来る織田の影、一向に現れぬ援軍に、次第に勝ち目のない戦であることもわかってくる。すると、城内の士気はどんどん下がり、村重の心もじわじわと疲弊していく。城主とはこんなにも孤独なものなのか。歴史書などで「悪人」と評されることが多い村重だが、この作品を読めば、誰だってその姿に感情移入してしまうだろう。村重とともに有岡城に籠城しているような気分。村重の迷いや苦しみに寄り添わずにはいられなくなる。

 乱世を生きる果てに救いはあるか。歴史小説とミステリーの鮮やかな融合は圧巻だ。村重が官兵衛を殺さず幽閉していた理由や、村重が謀反を起こした動機、そして、その後の村重の行動といった史実と、不可解な事件の謎がたくみに絡み合っていく。歴史小説ファンも、歴史小説は未読だという人も虜にさせられるに違いない物語。今話題のこの作品を読まない手はないだろう。

文=アサトーミナミ

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