7年間好きだった初恋の人が親友と結婚する! 残酷な運命は変えることができるのか?

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/28

夜もすがら青春噺し
『夜もすがら青春噺し』(夜野いと/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 日々の生活の中で、誰しも一度は「あの時こうすればよかった」と、後悔に苛まれたことがあるだろう。しかし時は戻らず、私たちは悔いや痛みを糧に、前に進んでいくしかない。

 だがもしも、過去をやり直す機会をもらえたとしたら――? 第28回電撃小説大賞で選考委員奨励賞を受賞した、夜野いと氏のデビュー作『夜もすがら青春噺し』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)。本作は、タイムリープをすることで実らなかった初恋をやり直すチャンスを与えられた、とある青年の物語である。

 主人公の千駄ヶ谷勝(せんだがやすぐる)は、気が弱くて運がない大学4年生。22歳の誕生日、彼は7年間想いを秘めていた初恋の人・春町亜霧(はるまちあぎり)から、結婚することを告げられる。相手は勝の親友で、外見も内面もイケメンの東堂宗近(とうどうむねちか)。かつて2人を引き合わせたのは、ほかならぬ勝だった。東堂に劣等感をいだき、傷つくことを恐れてきた勝は、春町さんに対して何ひとつ積極的な行動を起こせないまま、あえなく失恋したのである。

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 傷心のまま居酒屋で1人やけ酒をあおる勝は、飲み代がなく困っているうさん臭い美女と出会い、強引に料金を肩代わりさせられた。神様を自称する女は、助けてくれたお礼に願いを何でもひとつ叶えてくれるという。勝は初恋を成就させるために大学4年間のやり直しをしたいと願い、過去へとタイムリープする。だが彼の運命は、そう簡単には覆らない。勝は幾度も春町さんから「東堂くんと結婚するんです」という、残酷な言葉を告げられるのであった……。

『夜もすがら青春噺し』のタイムリープは、運命の分岐点となったさまざまな夜に、現在の記憶を持ったまま飛ぶという設定をとる。ちなみに現在に戻る時のトリガーは、“痛み”だ。勝はありとあらゆる形で痛い目に遭うが、その不憫かつユーモラスな描写に思わず笑いがこぼれてしまう。

 神様に指摘されて、逃げてばかりだった自分に足りないものに気づいた勝。彼は今度こそ後悔のない明日を目指そうと、過去に戻り奮闘を続けていく。たとえ望み通りの未来にはならなくても、努力を重ねる大切さを知り、さらには自らの恋の成就よりも、春町さんの幸せを優先しようとする。そんな勝のもどかしくもじれったい姿を応援するうちに、読者自身もまた励まされるような気持ちになるだろう。

 本書に登場するキャラクターはおのおの、特有の魅力を持っている。勝の想い人であり、複雑な家庭の事情を抱えながらも、己の弱さと向き合おうとする春町さん。勝とは正反対の陽キャラであるが、親友という大切な存在で、恋においてはライバルポジションに立つ東堂。

 そして、なかでも特に強い印象を残すのが、勝の奮闘を見守り、運命共同体とも呼べる絆で結ばれた神様だ。勝の幼少期までさかのぼる神様とのご縁や、2人で体験したいくつもの夜。青春のほろ苦さや痛みが溶け込んでいるからこそ、本作に登場する夜の情景はいっそう美しく切なくきらめいている。

 人生というものは、なかなか上手くはいかない。けれども『夜もすがら青春噺し』を読めば、あなたもきっと、勇気をもって一歩を踏み出したくなるはずだ。

文=嵯峨景子

『夜もすがら青春噺し』詳細ページ
https://mwbunko.com/special/yomosugara/

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