雪を見ることができないきみに、恋をした――これは「冬眠する病」にかかった彼女と、僕の物語

文芸・カルチャー

公開日:2022/2/25

きみは雪をみることができない
『きみは雪をみることができない』(人間六度/メディアワークス文庫/ KADOKAWA)

 大学1年生の夏樹は、サークルの飲み会の席で知り合った1学年上の先輩、岩戸優紀に恋をする。幾度もの夜を過ごし、優紀への想いを深めていく夏樹だが、秋が深まる頃になると優紀は忽然と姿を消す。自分は捨てられたのか? それとも彼女の身に何かあったのか? 優紀の行方を追ううち、夏樹は後戻りできない恋の道へ足を踏み入れる――。

 数多くのエンターテインメントの才能を発掘してきた、日本最大級の新人賞、電撃大賞。2021年度の小説部門に寄せられた4411作品の中から《メディアワークス文庫賞》に輝いたのは『きみは雪をみることができない』(メディアワークス文庫/ KADOKAWA)だ。作者の人間六度さんは、同年に『スター・シェイカー』(早川書房)でハヤカワSFコンテストで4年ぶりの《大賞》を受賞するという快挙を成し遂げた、文芸界期待の新鋭だ。

 本作は、ある恋人たちの物語だ。小説家志望の内向的な青年・夏樹と、芸術学部で油絵を描く美しく、捉えどころのない女性・優紀。年上で、恋愛もそれなりに場数を踏んできたであろう優紀がリードするかたちで、2人の交際がはじまる。

advertisement

 優紀に振りまわされながらも、夏樹はどんどん彼女に惹かれていく。誰かが自分の心のなかに入ってくる惑いとときめき、くすぐったさ。そんな恋愛初期の瑞々しい感情が、夏樹視点で細やかに綴られてゆく。

 けれど優紀には、よからぬ噂が流れていた。

 何人もの男性と付き合っては捨てたという陰口。冬になると大学に来なくなってしまうこと。

 噂は本当なのか、単なるデマなのか。それを確かめるために、なによりもう一度優紀に会いたい衝動に突き動かされ、夏樹は遠方にある彼女の実家を訪れる。そしてそこで、想像もしていなかった姿の彼女と出会う。

 優紀は、冬の間は眠ってしまう奇病におかされ、全身にチューブをつけてベッドでこんこんと「冬眠」していたのだった。

 ここから物語は青春ラブストーリーから一転、難病ものの色を帯びてゆく。

 優紀は、夏樹のことを案じるがゆえに遠ざかった。もしもこのまま一緒にいたら、彼を自分の看護人にしてしまう。そして冬の季節はずっと彼をひとりぼっちにしてしまう。そんな負担はかけたくない。だから夏樹の人生から退場しようとした。

 優紀の悲痛な心情を知った夏樹は、悩み、葛藤し、ずっと彼女のそばにいようと決意する。

 いわゆる普通の恋愛ものであったなら、誤解を経て恋人たちが和解するこの時点で、幕を下ろしているだろう。しかし病を扱った物語に於いては、肝心なのはここからだ。つまり、いかにして病と共に生きていくか。夏樹の場合は、いかにして病を抱えたパートナーと共に生きていくか。それがより重要な主題となってあらわれる。

 これまで一丸となって優紀を支えてきた家族。両親からすれば夏樹は、自分たちが死んだあと娘を託せるかもしれない相手だ。この2人から信頼を寄せられる一方で、妹の不由美からは“ヒーロー気取り”というきつい言葉を夏樹は投げられる。主人公たちだけでなく、彼らを囲む人びと(とりわけ、献身的に優紀を看護する母親)の描写も丹念だ。

 優紀と出会ったことで、結果的に夏樹の人生は大きく転回する。おそらくは彼自身が思いも寄らなかった方向へ、だけどけっして悔いのない方向へ。

 題名に込められた、ほんとうの意味が明らかになる最終章。病と共に生きる彼女と、そんな彼女と共に生きることを選んだ彼のたどり着いた境地――冬の季節である今読んだら、感動はさらに増すだろう。

文=皆川ちか

『きみは雪をみることができない』特設サイト
https://mwbunko.com/special/kimiyuki/

あわせて読みたい