女スパイと心優しき名家の青年が運命の出会いを果たす――帝都に花開く和風×魔法ロマンス!

文芸・カルチャー

公開日:2022/2/25

天詠花譚
『天詠花譚 不滅の花をきみに捧ぐ』(梅谷百/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 近年、和風ロマンス小説が盛り上がりをみせている。なかでも熱いのが、明治や大正時代を舞台にした作品群だ。

 そんな大人気ジャンルの新たな注目作が、梅谷百氏の『天詠花譚 不滅の花をきみに捧ぐ』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)である。本作は、日本に魔法文化が流れ込んだ世界線をベースに、明治×魔法×スパイという新機軸を打ち出したファンタジーロマン。敵国の女スパイと、心優しき名家の青年という、異なる世界に生きる2人が運命の出会いを果たし、魔法を通じて手を取り合いながらともに運命を切り拓いていく。

 時は明治24年。魔法国家・美芳国のスパイである蓮花は、相棒で貿易商のロイとともに日本に潜入した。今回の任務は、豪商・鷹無家が所有すると噂されている「アサナトの魔導書」の表紙を探し出し、奪還すること。蓮花は、跡取り息子・宗一郎の縁談相手の月守椿に成り代わり、鷹無家に入り込む。ところが宗一郎に結婚する意思はなく、おまけに女性を苦手としているようで、彼に接触したい蓮花は苦戦を強いられた。

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 だがある出来事を通じて、蓮花は宗一郎の関心を引くことに成功する。蓮花には魔導書を読み解く《解読者》としての能力があり、魔法を発動する《詠唱者》である宗一郎から、人々の生活を豊かにするための魔法道具作りに協力してほしいと頼まれた。魔法道具開発を通じて2人の距離は近づくが、宗一郎からの信頼が高まるにつれて、彼を騙している蓮花の苦悩は深まっていく。家族を人質に取られ、美芳国には逆らえない状況のなかで、蓮花は任務と宗一郎への想いの間で揺れ動く――。

 本作には《解読者》と《詠唱者》という、独自に設定された魔法の仕組みが登場する。中級以上の魔法を発動するためには、《解読者》と《詠唱者》が協力する必要があり、魔法の威力も2人の相性に左右される。魔法を通じて深まっていく蓮花と宗一郎の関係性の描写こそが、『天詠花譚』最大の読みどころ。2人が発動するファンタジックな魔法の数々とともに、心がときめく場面が目白押しだ。

 なかでも忘れがたい印象を残すのが、2人が初めて力をあわせ、上野公園に季節外れの蓮の花を咲かせるシーン。魔法が特権的な地位をしめる世界のなかで、宗一郎は力を人々の生活を豊かにするために活用したいと、1人きりで奮闘していた。魔法使いだけが優遇される美芳国で育ち、苦しむ一般市民を見続けた蓮花は彼の思いに心を動かされ、2人の強力な魔法は一面の蓮の花として顕現する。

 あわせて注目してほしいのは、製糸工場で働く女性たちの労働環境を改善すべく、宗一郎と蓮花がアイディアを出し合いながら魔法道具を開発する場面だ。ここでは、劣悪な労働環境で知られる近代日本の製糸工場をあえてモチーフにしながら、ロマンス要素を折り込みつつ、現代的な問いも投げかけられている。帝都ならではの和と洋が融合したモダンで華やかな描写が光る本作だが、史実とファンタジーを交錯させた問題提起もまた重要な一側面である。

 物語の途中には、蓮花を悩ませる謎めいた悪夢がときおり挿入されていく。蓮花の過去に一体何があったのか。そして蓮花と宗一郎がそれぞれに成長してゆく先には何が待ち受けているのか――。2人が下す決断をぜひ確かめてほしい。

文=嵯峨景子

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