偽の漫画作りを通して描かれる、それぞれに葛藤と悩みを抱えた高校生たちの青春

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/16

グッバイ、マスターピース
『グッバイ、マスターピース』(新馬場新/双葉社)

 連載中止になった漫画の続きを高校生たちが描く―-。『グッバイ、マスターピース』(新馬場新/双葉社)は、そんな彼らの青春を描いた小説だ。漫画家になる夢を諦めた男子高校生・凪斗(なぎと)と、幼馴染の同級生・波(なみ)との関係と、ふたりを取り巻く高校生たちの群像劇である。

 ある日、波は突然倒れて病院で寝たきり状態になってしまう。数カ月後に目覚めたものの安静第一とのことで、ゲームやスマホは禁止、読書さえ制限されるという退屈な入院生活が続く。そこで彼女は、見舞いに訪れた凪斗に次のように言う。

『手を伸ば』の単行本、持ってきてくれない? お母さんに言っても大人しく目を瞑って横になってなさいって言われるだけだし。もう二十四巻出てるはずだから、読みたいんだよね

『手を伸ば』とは、『手を伸ばせ!』という長期連載漫画で、ふたりが小学生のときから熱心に読んでいた作品。凪斗は既に読まなくなっていたが、波は変わらずこの作品の大ファンなのだ。しかし、彼女の言葉を受けた凪斗の心は固まる。なぜなら、彼女が眠っている間に、『手を伸ばせ!』は作者の不祥事により雑誌連載が中止になっていたからだ。当然、新しい単行本が出る見込みはない。彼女にショックを与えたくないからと、事実を伝えられない凪斗。そこで彼は、彼女の笑顔見たさに『手を伸ばせ!』の偽の新刊を作ろうと思い立つ――。

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 先に群像劇と述べたように、凪斗と波のほか、凪斗に協力する仲間たちも複雑な事情を抱えている。彼らが持つ若さゆえの悩みは読み手が苦しくなるほどヒリヒリとする。

 例えば、凪斗にひそかに思いを寄せるあやめ。彼女は漫画部ということもあって凪斗に協力するが、その動機は波を喜ばせたいからというより、凪斗と一緒にいる時間が増えるからという気持ちにある模様。彼が自分に振り向いてくれないことをわかっていながらも、型通りに元気に振る舞うあやめの姿は痛々しい。同じような経験がある人ならば、あやめに感情移入してしまうことだろう。偽の新刊作りに対するそれぞれの思いにも注目してほしい。

 偽の漫画本作りなんて無理な設定と思われるかもしれないが、漫画を描くだけではなく、製本、カバー、帯、ビニール掛けと、書店に並んでも遜色ないレベルにまでもっていくための展開もなかなかに現実的だ。

 はたして、波の許に偽の『手を伸ばせ!』は届くのだろうか? 高校生たちの心の靄は晴れるのだろうか? 彼らの青さと勢いが、心に新鮮な風を吹き込んでくれる。

文=奥みんす

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