幼なじみが知らない男とキス! 動揺中の“俺”の前に現れたストーカーのような女子の秘密とは?

文芸・カルチャー

更新日:2022/3/5

※「やっぱり小説は面白い。2022 レビューキャンペーン」対象作品

きみが明日、この世界から消える前に
『きみが明日、この世界から消える前に』(此見えこ/スターツ出版)

 高校生は、なにかと不器用な生き物だ。全力で誰かを好きになり、相手のひと言で飛び上がるほど喜んだり、死にたくなるほど落ち込んだり。大人ならサラッとやりすごせることも、むきだしの心で全部受け止めてしまう。一生懸命だからこそ悩みや葛藤も深く、転んだ時の傷も痛い。でも、いつか通り過ぎていくこの時期にしか味わえない、瑞々しい気持ちが確かにある。『きみが明日、この世界から消える前に』(此見えこ/スターツ出版)は、そんな尊い季節を、キラキラまぶしい瞬間を封じ込めた恋愛小説だ。

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 主人公の幹太は、ある日、幼なじみの七海と知らない男のキスシーンを目撃してしまう。これまでずっと七海のそばにいた幹太は、ショックで頭が真っ白に。動揺を押さえきれず、駅のホームでふと「……死にたい」とつぶやいたところ、突然彼の前に謎の少女・季帆が現れる。「死ぬ前に、私と付き合いませんか!」と叫ぶ彼女は、日々幹太を見ているというストーカーのような女の子だった。

 季帆によると、ふたりは一度だけ言葉を交わしたことがあるそうだが、幹太はさっぱり覚えていない。だが、季帆はそれでも臆することなく、「私と付き合いましょう!」「それが無理なら、七海さんを奪い返しましょう!」「私が、七海さんの彼氏を奪います!」と、強引かつ無謀な作戦を持ちかけ、幹太を力づけようとしてくる。季帆は、なぜここまで一生懸命になれるのか。幹太への思いの根底に何があるのか。物語が進むにつれ、彼女に隠された秘密が少しずつ明かされていく。

 さらに並行して語られるのが、幹太と七海の過去だ。七海は保育園の頃から体が弱く、いつも「かんちゃん、かんちゃん」と幹太の後をついてくるような子どもだった。幹太も七海に頼られるのがうれしく、彼女を守ることに喜びを感じていた。だが、「俺が助けてやらないと」という気持ちは、いつしか彼女を自分の庇護下に置いておきたいというほのぐらい欲望に変わっていく。七海が新しいことを始めようとしても、頑張って自立しようとしても「七海には無理」「お前は変わらなくていい」と、自分の手元に引き戻そうとする幹太。その言動はけして褒められたものではないが、大切な人が自分から離れていくことへの焦りから、こうした過ちを犯してしまうのも10代の幼い残酷さと言えるだろう。

 心に傷を負った幹太と季帆は、どのように再生していくのか。未完成なふたりが、心を通わせていく過程はまさに青春そのもの。ひりひりするような胸の痛みも、恋する気持ちの甘酸っぱさも、すべてがページの中にギュッと閉じ込められている。

 このように、高校生の心情をうわべだけでなく丁寧に掘り下げて描いているからこそ、10代の読者の心に刺さったのだろう。最初は「なんで幹太のためにそこまで?」と思っていた季帆の行動も、理由がわかれば納得。彼女の一途さ、ささやかなわがままがかわいらしく、その恋を応援したくなるはずだ。

 発売から2年近く経つが、今もじわじわと売れ続け、現在は10万部に迫るロングセラーとなったこの小説。純度の高いラブストーリーを読みたい人には、ぜひとも手に取ってほしい1冊だ。

文=野本由起

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