「桜風堂ものがたり」シリーズ著者・村山早紀最新作! 新たな人生が始まる空港の物語

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/9

風の港
風の港』(村山早紀/徳間書店)

 空港は、人生は旅だと気づかせてくれる場所だ。世界への玄関口では、無数の旅人たちの人生が交差する。笑顔があり、涙があり、それを静かに見守る人がいる。誰もが前向きな気持ちで旅立つわけではない。悲しみや怒り、不安を抱えている人だっている。だが、そこは通過点。一度地上に降りても、また空を目指したっていい。いつの日か明るく飛び立てる日がくるまで、何度でも挑戦し続ければいいのだ。

 そんな空港を舞台とした物語が、『風の港』(村山早紀/徳間書店)。「桜風堂ものがたり」シリーズで知られる村山早紀さんによる連作短編集だ。夢破れて故郷に帰ることになった漫画家。空港の小さな書店で働く書店員。新人賞の授賞式のため上京した小説家と、その幼なじみの女優。世界中を旅する老いた奇術師。この作品では空港という場で巻き起こる4つの物語が不思議な縁で繋がりあい、ひとつの大きな世界を作り上げていく。読めば、日々のモヤモヤした気持ちがいつの間にか霧消していく。読後、晴れ晴れとした気持ちにさせられる1冊だ。

 特に、この作品の冒頭に収められた「旅立ちの白い翼」は涙なしには読むことができなかった。主人公は、漫画家の亮二。漫画家としての仕事に行き詰まりを感じていた彼は、父の病を機に故郷に帰ることを決意し、空港を訪れた。学生時代からの恋人だった詩織は、5年前に亮二の幼なじみの章と結婚。式に呼ばれたが出席せず、そのまま音信不通となった亮二は、2人に「おめでとう」と言えなかったことをずっと後悔し続けている。仕事も恋も友人との関係もすべてが思うようにいかない亮二。だが、天候不良で飛行機が遅延したことをきっかけに出会った似顔絵画家の老紳士は、彼の鬱屈した気持ちに変化をもたらしていく。

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「人間どんなに実力があっても、良い風に恵まれなくて、にっちもさっちもいかなくなるときがある。そんなときは風を待っていてもいいんですよ、きっと。静かに、諦めずに。いい風が吹くその日まで」

 老紳士の温かな言葉は彼に前を向く勇気を与えていく。そして、そんな言葉は、人生に迷う私たちの背中をも押してくれるかのようだ。

 この本の登場人物は皆、優しさに満ちあふれている。たとえば、空港の書店で働く夢芽子は、亮二の作品の大ファン。偶然、書店を訪れた亮二に、どれだけ彼の作品が好きであるのかを伝えるとともに、その気持ちを慮りながらも、いつか作品の続きが読める日を「待っています」と伝える。さらに、亮二にとって思いもよらなかった言葉をかけ、彼に確かな自信と希望を与えていく。続く短編では、そんな書店員・夢芽子が主人公となり、さらにその次の短編では、その書店で、新米小説家と幼なじみの女優が再会を果たす。数十年前この空港でのとある出来事が原因で絶縁状態となってしまった2人。そのすれ違いの裏には幼なじみへの深い愛情が隠されていた。空港という場所で、旅する人たちの人生がほんのひと時繋がりあい、交差していく。ほんの少しずつ互いを勇気づけていく。そんな出会いと奇跡に何だか胸がいっぱいになってしまう。

 日々の生活の中で、自分に自信を失うことは少なくないだろう。今の自分に自信が持てなければ、過去を悔やむ思いも増していく。だが、人生はいつだって旅の途中。今、すべてがうまくいかないように思えたとしても、いつの日か前を向ける日がくればいい。前向きな気持ちを取り戻すことのできるこの作品は、人生に悩むすべての人にぜひともオススメしたい。この本を読めば、あなたも、心の中を爽やかな風がかけ抜けていくのを感じるに違いないだろう。

文=アサトーミナミ

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