池上彰が大学時代に読んだ1冊。本好きの自分にピッタリのはずが、衝撃を受けたその内容【私の愛読書】

文芸・カルチャー

更新日:2023/5/16

池上彰さん

 さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回、ご登場いただいたのは、このほど世界の歴史の裏で暗躍するスパイの事情を明らかにした『世界史を変えたスパイたち』(日経BP)を上梓した、ジャーナリスト・東京工業大学特命教授の池上彰さんだ。豊富な知識を裏づける大変な読書家で知られる池上さんがセレクトしてくださった本は全部で5冊。一体どんな本なのか、さっそくお話をうかがった。

(取材・文=荒井理恵 撮影=川口宗道)

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人生を決めた『続 地方記者』

続 地方記者
『続 地方記者』(朝日新聞社:編/朝日新聞社*絶版)

ーーまず1冊目は『続 地方記者』(朝日新聞社:編/朝日新聞社*絶版)。池上さんが記者を目指したきっかけとなった1冊だそうですね。

池上 人生を決めた1冊ですね。小6のときに家の近くの本屋でこの本をみつけて、小遣いで買って読んだんですが、地方で働く新聞記者ってなんて面白いんだろう、将来は必ず地方で働く新聞記者になりたい、と決意するきっかけになりました。実際の就職活動のときになると、テレビでもニュースをやるようになってきていましたし、NHKに入れば必ず地方記者から始まりますから「夢が叶う」と考えてNHKを受けたんです。

ーー最初の配属はどちらだったんですか?

池上 島根県の松江です。松江放送局に3年間いたあと、広島県の呉通信部に3年間。当時は一匹狼で仕事したいってことで「通信部」というのがあって、放送局から離れた場所に住み込んで、24時間365日その地域にカメラを持って取材に行くという仕事を3年間やって、そのあと東京の社会部ですね。

ーー実際、地方にいたときはこの本に登場するようなことをリアルで体験できましたか?

池上 特ダネを抜いた抜かれたのリアル体験はできましたし、東京の社会部に来てからですが、殺人事件の取材で警察より先に犯人に行き当たってしまうというのも本当にありました。警察より先に殺人犯に接触してしまったもんだから、そのあと捜査本部の捜査員に事情聴取を受けましたね。

本当に人生を考えた『君たちはどう生きるか』

君たちはどう生きるか
君たちはどう生きるか』(吉野源三郎/岩波書店)

ーー2冊目は『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎/岩波書店)ですね。

池上 小学生のときに父親が買ってくれたんですが、この本で本当に「どう生きるか」を考えさせられました。たとえばいじめが起きているのに、それに割って入ることができなかった自分の弱さを責める、というのもありましたし、人間の生き方を考えさせる実にいい本だなと思っています。

ーー新装版が大人気になりましたね。

池上 マガジンハウスからのですね。さらに漫画入りにもなりました。ジブリの映画にもタイトルだけ使われていますが、あれはタイトルだけで中身は全然違います。タイトルに触発されたということですね。

ーーいいタイトルですもんね。直接的な。

池上 いいですよね。ちなみに終戦直後の日本では六大学野球が人気だったので、コペルくんが野球中継に熱中するというくだりで、初期の版では早慶戦が描かれていたんですよ。それが、プロ野球人気が高まってきて、途中の版から巨人阪神戦に中継が変わっています。小ネタですが(笑)。

本を読むだけではダメだと知った『読書について』

池上彰さん

ーー3冊目はショウペンハウエル『読書について』(岩波書店)。

池上 大学に入ったときはとにかく本が好きだけれど貧乏で。当時の岩波文庫は価格が★で書いてあって、★一つが50円、★★が100円、★★★が150円となっていて、貧乏学生としては★一つのものを全部読もうと片っ端から読んでいきました。そうしたらその中にこの本があって、本も好きだし「ああ、これは(自分に)ぴったりだ」と思って読んだら、衝撃的なことが書いてあったんです。それは「読書というのは結局、自分の頭の中が他の思想の運動場になっているだけだ」というもので。本を読んでいても、他人の思想が頭の中に入ってくるだけで、そんなものはなんの意味もないんだって書いてあったんですよ。

ーーなるほど。ちょっと衝撃ですね。

池上 つまり何が言いたいかというと、「読んでいるだけじゃバカになりますよ」ということですよね。読んだものを自分なりに消化、噛み砕いて、自分の頭でものを考えるっていうことをしなければダメなんだということが、ここに書いてあったわけです。衝撃的でしたね。この本は光文社から新訳の文庫が出ています。ちなみに岩波文庫はショウペンハウエルですけど、光文社文庫はショウペンハウワーになってます。ま、光文社の文庫のほうが新しい訳なんで読みやすいかもしれません。

学生時代に片っ端から読んだ経済学の本

経済学・哲学草稿
経済学・哲学草稿』(マルクス:著、城塚登、田中吉六:翻訳/岩波書店)

ーー4冊目はマルクスの『経済学・哲学草稿』(岩波書店)。

池上 これも光文社から新訳が出ています。マルクスには後期に『資本論』を書く前に初期マルクスといわれる時代があって、そもそも彼はヘーゲル哲学を勉強していたんですね。この本はヘーゲル哲学を吸収することから、やがて経済学に至るという初期のマルクスの思想遍歴がわかるものなんですよ。経済学の考え方であるとか、哲学のあり方とかが書いてあるので、大学1年のときにこれを読んで、いたく刺激を受けたんですね。

ーー経済学専攻でいらしたんですよね。この本はご自身で発見されたんですか?

池上 そうですね。あの頃は片っ端から経済学の本を買って読んでいましたから、その中で最初のうちに手に入れた本ですよね。

ーーそして最後も経済学者の本ですね。アダム・スミスの『道徳感情論』(村井章子、北川知子:翻訳/日経BP)です。

道徳感情論
道徳感情論』(アダム・スミス:著、村井章子、北川知子:翻訳/日経BP)

池上 アダム・スミスは『国富論』が有名ですよね。「見えざる手に導かれて~」というのだけを見ると、まるで新自由主義的な全てをマーケットにまかせておけばいいっていう経済学者のように思えますけれど、実はそうではないんです。この本は『国富論』の前に書かれているんですが、人間の感情であるとか、思いやりであるとか、共感力であるとかが大切なんだよというのを書いているんですね。だからアダム・スミスをきちんと理解するためには、『国富論』だけを読んで理解した気になっていてはいけないわけです。これも「人間としてどう生きるべきか」ということについて、分厚い本ですが非常にわかりやすく書かれています。最近、日経BPクラシックスから新訳が出たので、非常に読みやすくなっています。

ーー経済学の本とは縁遠かったのですが、池上さんにこうやって教えていただくと興味が出ます。

池上 実は今、東工大の教え子である卒業生や現役の学生と、毎月、読書会をやっているんですよ。その中でこの本を読みたいと学生からリクエストがあって、それでこの前、新訳を読んだばかりなんです。そのときはこの本の翻訳者の方にも読書会に来ていただいて、この本についてみんなで論じ合うということをやりました。東工大の学生って、ふだんは理系の横書きの論文しか読んでいませんからね。読書会では、縦書きの社会科学や人文科学の本を読みましょうと、東工大生が自分では絶対手にとらないような本を毎回、私が選んでいます。

書店にはほぼ毎日。気になる本はすぐに買う!

池上彰さん

ーーそれにしてもこの研究室にも本がうずたかく積んでありますね。読書家として知られる池上さんですが、そもそも一体、どういう着眼点で本を選ばれるのか、すごく気になるのですが。

池上 リアル書店に行って、とにかく店頭を見ていって、ピーンときた本や面白そうだなと思う本を、片っ端から買っておくようにしてますね。

ーー何にピーンとくるんですか?

池上 その時々によって違いますね。たとえばロシアによるウクライナの軍事侵攻では「地政学」が話題になってるなと思って書店を見ていると、地政学というタイトルの本に気がつくわけです。アマゾンだとキーワード検索しないと出てこないけれど、店頭では地政学を扱っているんだけどタイトルに地政学と入っていない本が結構見つかるわけですね。この本は地政学の内容なんだなと、リアル書店で初めて気がつく。そこで気になったら、とにかく買っておくんです。学生時代は貧乏だったので、この本を買おうかどうか書店で悩むわけですよ。「とりあえず今回はやめておこう、また今度考えよう」としていると、1週間後には店頭から姿が消えている…という失敗を積み重ねてきましたから、今は気になったらとにかく買う、と。

ーーちなみにお忙しい中で本屋さんにはどのくらいの頻度で?

池上 ほぼ毎日です。

ーーなんと! 滞在時間は?

池上 これはね、すごく短くて済むんです。つまり毎日行っているので、新しい本が入ったかどうかは瞬時にわかる。新しい本が入ってきたのを見て、買おうかどうか考える、それだけで済みますから。なのでいつも新刊書のコーナーと、新書と文庫のコーナーの3箇所くらいをぱっぱっぱと見るんです。

ーーちなみに大型書店には行かれるんですか?

池上 幸いなことに家のすぐそばに八重洲ブックセンターがあって。あとは池袋に行けば三省堂もあるし、行きつけは東京駅丸の内北口の丸善。この3つは大体マストですね。

ーー読む時間はどう捻出されてるんですか?

池上 なかなか本を書くのに忙しくなって、読む時間がなくなっているんですが…。名古屋の2つの大学で教えていて毎週必ず名古屋を往復するので、新幹線の中で本を読む時間を捻出しています。つまり自分を追い込むわけですね。昔から新大阪に行くときは、行きの分と帰りの分とそれぞれ1冊、さらに昔はしょっちゅう新幹線が止まったりしたので、そのときのためにもう1冊と、計3冊を持って行きました。大体はそんなに読めるわけがないですけどね。

ーーお読みになるのも早そうですね。

池上 いや、早くないですよ。最初はゆっくりゆっくりですね。著者の書くリズムというのがありますでしょ。それに段々慣れて、乗ってくると早いですよね。でも乗るまではすごく時間がかかりますよ。

ーー私は小説の場合に、半分までが長くてそこからは一気になんですが。

池上 わかります。それ、小説だけじゃないんですよ。いろんな論文もみんなそうです。やっぱり第1章を超えるまでは時間がかかりますよ。第2章くらいからだいぶリズムが上がるという感じです。

ーーなんと池上さんも同じで、なんだかとっても安心しました(笑)。今日は貴重なお話、ありがとうございました!

<第20回に続く>

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