紫式部『源氏物語 九帖 葵』あらすじ紹介。源氏、人生のターニングポイント。正妻の死と幼妻との結婚

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/23

 古典の名作として、誰もがその名を知る『源氏物語』。名前は聞いたことがあっても、詳しい内容はわからない、読むのが難しそうと思われがちですが、平安時代の貴族の恋愛物語に興味はありませんか。本稿では、波乱の展開を含んだ第9章「葵」を解説し、あらすじを簡潔に紹介します。

源氏物語 葵

『源氏物語 葵』の作品解説

『源氏物語』とは1000年以上前に紫式部によって書かれた長編小説です。作品の魅力は、なんといっても光源氏の数々のロマンス。年の近い継母や人妻、恋焦がれる人に似た少女など、様々な女性を相手に時に切なく、時に色っぽく物語が展開されます。ですが、そこにあるのは単なる男女の恋の情事にとどまらず、登場人物の複雑な心の葛藤や因果応報の戒め、人生の儚さです。それらが美しい文章で紡がれていることが、『源氏物語』が時代を超えて今なお世界中で読まれる所以なのでしょう。

「葵」で、源氏の人生は大きな局面を迎えます。一つは、正妻・葵の上の死。元服(成人の儀)をした12歳から10年間連れ添ってきた源氏にとって、年上で美しく気位の高い彼女は妻として扱いにくい存在でした。しかし、その死に直面し葵の上の存在感は大きなものになっていったのです。それには、葵の上との子の誕生も影響していたのでしょう。この子は後に夕霧と呼ばれる男の子で、今後どのように成長を遂げるのかにも注目です。

 もう一つは、源氏が育てていた紫の上と名実共に夫婦となったこと。当時の結婚は、男女が三日続けて夜を共に過ごすことで成立します。この章で、源氏と葵の上は夫婦の契りを交わします。まだ幼さの残る紫の上はそのことに大きなショックを受けて塞ぎ込んでしまいますが、葵の上亡き後の正妻格になっていくのです。

 また、源氏の愛人・六条御息所と葵の上の「車争い」は、教科書にも掲載される非常に有名な場面です。愛人と正妻の修羅場、子の誕生と正妻の死、幼妻との結婚と、見どころの多い章です。

これまでのあらすじ

 亡き母に似た父の後妻・藤壺への恋慕を諦められず、半ば強引に契りを交わした結果、藤壺は源氏の子を身ごもった。藤壺はこの密通を隠し通し、帝との子として出産して帝の妻という地位を確実なものとした。一方で、源氏は藤壺の遠縁で、藤壺によく似た少女・紫の上を囲い込んで愛育し、少女から大人の女性へと賢く美しく育つ紫の上に満足していた。

 そして、ある月の美しい春の夜に出会った女性・朧月夜と恋に落ちる源氏だが、この恋が今後の運命を左右することになるのだった。

『源氏物語 葵』の主な登場人物

光源氏:22~23歳。

六条御息所(ろくじょうのみやすどころ):29~30歳。源氏の愛人。

葵の上:26~27歳。源氏の正妻。

紫の上:14~15歳。藤壺の姪にあたり、少女から大人の女性へと成長した。

『源氏物語 葵』のあらすじ​​

 源氏の父である桐壺帝が譲位し、兄・朱雀帝の御代になった。桐壺帝と藤壺の子が次の帝として春宮(とうぐう)になり、源氏はその後見になった。春宮の本当の父が自分であることが露見することを恐れながらも、源氏は相変わらず藤壺を思う日々を過ごしていた。

 源氏の年上の愛人・六条御息所は、このところの源氏との関係を嘆き、斎宮(神に仕える皇女)となる娘と共に伊勢へ下ることを考えていた。

 そんな折、正妻・葵の上の懐妊が判明する。つわりに苦しむ妻を慰めていくうち、長年打ち解けることがなかった夫婦の関係も少しずつほぐれていくように見えた。つわりの慰めにと出かけた賀茂祭で、葵の上と六条御息所の車がぶつかり合う車争いが起きる。権勢を誇る左大臣の娘である葵の上の車に、六条御息所の車は無惨に潰された。この一件で惨めな思いを募らせた六条御息所は、生き霊と化し妊娠中の葵の上の前に現れ苦しめた。そばで介抱する源氏はその正体を知り、六条御息所への気持ちが冷めていくのを禁じ得ない一方で、葵の上への今までにない愛情を感じ、これまでの関係を悔やんでいた。危険な状態の中、葵の上は男の子(後の夕霧)を出産するが、数日後に急逝してしまう。夫婦の情愛を感じていた源氏にはとても辛い別れとなった。

 喪に服する間、会わずにいた紫の上はとても大人っぽく成長していた。夫婦となることを意識せずにはいられない源氏に対し、紫の上は相変わらず幼さの残る様子だった。しばらくは碁や言葉遊びの相手をして過ごしていたが、堪えきれず遂に一夜を共にする。今まで父のように慕っていた源氏と、夫婦となったことにショックを隠しきれず塞ぎ込む紫の上をいじらしく思う源氏だった。

<第10回に続く>

あわせて読みたい