まつもとあつし 電子書籍は読書の未来を変える?(後編)

更新日:2013/8/14

本の賞味期限と電子書籍

仲俣:ネット上で本が買えるようになるのとは対照的に、リアル書店の品揃え自体が乏しくなっていることも見逃せません。とにかく在庫の回転が早くなってきていて、欲しい本が置いてない。これはたぶんアメリカ的な言い回しなんですが、本の賞味期限は、ミルクより長く、ヨーグルトより短い、っていう表現があるらしいんです。つまり本が店頭に置かれている時間は、1週間よりは長いけど、1カ月よりは短い――日本でも、実際に多くの本はそうなってきている。一週間どころか、もっと早く返品されてしまう本もあります。

――確かにそうですね。

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仲俣:自分が若い頃を思い出すと、手元にお金がないのでいまは買えないけど、いつか絶対に買いたい本というのがありました。何年もの間、本屋に行ってときどき触るだけで、いつかこの本を買ってやろう、と思った。そういう経験は、ある世代までの人にはきっとあるはずです。

――ありますね。好きな作家や思想家の全集とか……。

仲俣:そういう、「いつか買いたい本」を可能にするのんびりした時間の流れが、いまの書店にはないんですよね。むしろ古本屋に行ったほうが、若い時に買えなかったり、挫折した本を何十年ぶりに読もうと思わせるような、長い時間の流れ、ゆっくりした時間の流れが残っている。その点で、新刊書店は、いまはとても中途半端です。少し前の新刊を買おうと思ったら、もう返品されている。昔の本をじっくりさがそうと思うと、それももう置いてない。出てすぐの本をジャスト・イン・タイムで買うだけの場所になりつつある。ようするに、消費者にとってリアル書店はある面では、使いづらいものになってしまっている。それを代替したり補完する役割を、電子書籍は果たせると思います。

電子書籍は「積ん読」も変える

仲俣:もう一つは「積ん読」の問題です。「積ん読」というのは、自分がかつて、「いつか読もう」と思って買った本の履歴ですよね。それはようするに、「何かをしよう、学ぼう」と思った意欲の記録であり、もしかしたらその挫折の記録でもある(笑)。

紙の本の「積ん読」は量がたまると大変なことになりますが、電子書籍によって「積ん読」がもっとしやすくなれば、本をトリガーにしたアクションも、起こしやすくなると思っているんです。というのも、部屋の片隅で埃を被ってしまう紙の本とちがって、スマートフォンや電子書籍端末のなかに、つねに置いておける。タイミングをとらえて、いつでも新鮮な気持ちで再び取り組めるわけです。自分が過去に買った本が、デッドストックになるのではなく、いつでもアクティブ化できるような潜在的なフックになる、というか。

――『スマート読書入門』でも後半「ブクログ」について、ページを割いているのは、そこに通じる話ですね。Web上にバーチャル本棚を作り、まだ読めていない本も一覧することができる。何かをしたい・学びたいという時に、専用の本棚を作って、買わないまでも、気になる本をどんどん登録しておくことが、バーチャルではできる。

仲俣:Kindleのサンプルは無料で最初の1章分程度が落とせるので、事実上、無料の「積ん読」が可能になっています。同じことが日本語の電子書籍でも可能になれば、膨大な「積ん読」をすることができる。その結果、実際の読書も活性化すると思います。

電子書籍が売れると、リアル書店や紙の本の売上が減ってしまう、という考え方もあるけど、逆かもしれない。読みもしない本をたくさん買って、「積ん読」する人というのは、大量の本を買ってくれる可能性が高い人たちです。電子書籍の普及で紙の本のマーケットがただちに小さくなるとは、僕は思っていません。むしろ本に対する潜在的な需要や欲求が活性化されて、紙とデジタルの双方で顕在化する可能性のほうが高いと思っています。