官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第36回】乃村寧音『楽園ヒーリング』
更新日:2014/3/5
到着してすぐ、ホテルの高層階の部屋から黒のビキニに着替えて併設のプールまで降りてくると、そこにはパンフレットの写真にあるみたいな楽園の風景が広がっていた。
プールは海に面した場所にあり、階段で浜辺に下りることもできるようになっていた。浜辺はプライベートビーチで、人も少なめだ。落ち着いて過ごせそうだった。
椰子の木を渡るそよ風、どこか甘いフルーツの匂いが混ざったような空気。
わたしはプールサイドのバーでトロピカルドリンクを貰い、ぼんやりと海を眺めながら飲み始めた。
(甘い……)
ドリンクはしびれるほどに甘いのに、しっかりとアルコールの味を含んでいた。
(あーわたしって、南の島に来ちゃったんだなぁ)
夕暮れに近い時間帯の美しい海を眺めながら、わたしはなぜか悲しい気分になっていた。でもその悲しみは、日本にいるときと違って、甘い感傷的なものを含んでいるような気がした。自然に涙が出てきて、わたしは自分でも驚いた。
(これが、南の島効果ってやつなのかな。安易な癒しって感じだけど)
わたしは波の音を聞きながらビーチベッドに横たわり、そのままぼんやりとしていた。
「こんにちは、七香さん」
頭上で男の声がした。
わたしはゆっくりと顔を上げた。真だった。もうすでに海で泳いできたのか、髪や体が濡れている。Tシャツを着ていたときから想像はついていたけれど、痩せていながらも程よく筋肉がついた敏捷そうな体だった。
「あれっ、どうしたんですか。何かあったんですか」
わたしの顔を見ると、真は驚いた声をあげた。
「泣いてなんかいないです。あくびをしただけ」
振り払うように言った。でも無理をしてしゃべったのでかえって涙声になってしまった。
「そう、それならいいけど……。ねえ、なんか俺、迷惑がられてるのかな。でもせっかくだからちょっと話でもしませんか?」
真がわたしの顔を覗き込んだ。甘い瞳の奥に吸い込まれそうでドキッとした。日焼けした腕が逞しい。ビーチベッドのパイプを掴む手の甲がちょっと骨っぽくて、こんなに華奢でもやはり男なんだ、と感じた。
「……べつにいいけど」
答えると、真はにっこり笑った。
「良かった。こんなところにひとりでいたって、俺もつまらないしさ」
「じゃあナンパでもすればいいじゃない」
わたしは視線をそらして憎まれ口を叩いた。ドキドキしてしまったこっちの心を見透かされたくなかった。
「あはは。でも、見渡す限りカップルと家族連れしかいないし、それに、ナンパするのでもひとりじゃやりにくいんだよね。女の子のグループをひっかけたかったら、こっちも男友達とかと一緒じゃないと」
「ふうん、そういうもんなんだ」
わたしは妙に感心した。真面目な学生生活を送った上、海水浴やスキーへは常に西村と一緒だったので、そもそもナンパされた経験がなく、何も知らないのだ。
「へえ、七香さんってなんか面白い」
「どうして」
「しっかりしてるみたいだけど、けっこうとぼけてる」
「とぼけてなんかいないよ」
わたしはちょっとムカついて言い返した。
「怒らないでよ。可愛いってことだよ。あの男らしい花梨先生の友達とは思えないな」
「余計なお世話よ」
真にそんなことを言っていると、いつの間にか涙は止まっていた。
「ね、こんなところにばかりいないでさ、せっかくだから海のほうへ行ってみようよ。夕焼けも、海も、すごくきれいだよ」
真が先に立って歩き出したので、わたしもなんとなく追いかけた。確かに空の色がとてもきれいで、海もまるで透き通るように輝いていた。
真に誘われて気がついたけれど、わたしはわざわざ「そこ」へひとりで行きたくなかったのかもしれない。夕焼けに輝く海辺を、ひとりで歩きたいなんて思えなかったから。
(そうか、これが寂しいって感情だったのかな)
わたしは思い出した。誰かがいないと、誰かが一緒じゃないと寂しいということ。
トロピカルドリンクの酔いが気持ちよく回っていて、それからしばらくの間、わたしと真は遠浅の海で無邪気に遊んだ。
真は職業柄か如才なく、あまり乗り気じゃないわたしを上手く乗せて遊ばせてくれた。見た目よりも気が利いて大人っぽい。年上の女の扱いが妙に上手いのは、やはりいつも女性の中にいるからだろうか。
適度な距離感。そして癒し。
ふと、酔いが醒めた気がした。
わたしは真と離れたくなって、一緒にはしゃぐのをやめた。いくら南の島だからって、いくら酔っていたからって、そこまでわたしは落ちちゃいない、と思った。さっきの涙もきっと何かの間違いだ。
わたしは海を離れて、浜辺で砂の城を作ることにした。
すると、わたしの様子を見ていた真が側に来て手伝い始めた。わたしは無視して勝手に作った。口も利かなかった。それなのに、真は一生懸命手伝ってくれた。
そのうちに、ずいぶんと巨大で立派な砂の城ができてしまい、なんだか異様なものにしか見えなくなってしまった。
「あははっ、なんかすごいね、何これ、バカみたい」
わたしは面白くなって、笑ってしまった。
「ほんと、ついつい大作になっちゃったね」
真も笑った。そしてわたしを見つめて言った。
「七香さん、やっと笑ったね」
2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊
一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。
登録不要! 完全無料!
WEB小説マガジン『fleur(フルール)』とは……
日々を前向きに一生懸命生きている、自立した大人の女性がとても多くなった現代。そんな女性たちの明日への活力となる良質な官能を、魅力的なキャラクターと物語で届けたい――そんなコンセプトで2月22日に創刊された『fleur(フルール)』。男女の濃密な恋愛を描いた「ルージュライン」と男同士の恋愛(BL)を描いた「ブルーライン」のふたつのラインで配信される小説の他に、大人気読み物サイト『カフェオレ・ライター』主宰のマルコ氏による官能コラムや「キスシーン」をテーマにした作家のオリジナルイラストなどの連載も楽しめます。
ルージュライン Rouge Line
『本能で恋、しませんか?』
――男女の濃密な恋愛が読みたい貴女へ。
ココロもカラダも癒され潤って、明日への活力が湧いてくる――。
ルージュラインは、日々を頑張る大人の女性に、恋とエロスのサプリメント小説をお届けします。