官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第60回】麻木未穂『【お試し読み】恋するフレグランス~調香師の甘い条件~』

公開日:2014/10/14

 今日は、メイクはしてもらえるということで、いつもと同じ基礎化粧とアイブローのみ。服は買うかどうか悩みに悩み、結局、香水の発表会で着る黒いテーラードジャケットと膝丈のフレアスカート、襟の開いた白いブラウスにした。

 ポケットが多くて使い勝手のいいショルダーバッグは、一万円。靴は、足の形が悪いため決まったブランドしか履くことができず、季節も場所も選ばない黒のパンプス。
 自分を一言で表現するなら、「地味」。

 依子がいるのは一流ホテルのコネクティングルームで、背後に扉があり、取材をするのはそちらの部屋だ。開いた扉の向こうから明るい照明がこぼれ、何人かの声がしきりと聞こえる。さきほど、三十代半ばとおぼしき女性編集者が、取材内容の確認に来た。

 編集者は「必ずしも予定どおりに進むわけではありませんので」と言ったあとモデルのところに行き、彼女にはなんだかいろいろ説明した。

 依子は、隣のいすに置いたショルダーバッグから企画書の入ったクリアファイルを取り出した。テーマは、「働く女性のフレグランス~わたしだけの香り~」。

 香水好きのトップモデルが香水と自分の人生観について語ったあと、依子が香りを創る側としてインタビューを受けるというものだ。対談ではないのが、唯一 の救いだった。あんな美人と共通する話題が、自分にあるとは思えない。第一、自分は「香水を創っている」のではなく、「香料を開発している」のだから。

 企画書には、詳しい内容やコンセプト、担当者、タイムテーブルのあとに簡単な質問事項がついていた。どうしてこの仕事を選んだのか。やりがいを感じるときは。女性ならではの視点。挫折しそうになったこと。調香師にもっとも必要なものはなにか。

 この仕事を選んだのは、有機化学を生かすことができて、かつ、研究部門のある会社に片っ端からアプローチをし、唯一採用されたのがこの香料会社だったから。

 去年までは香りをひたすらおぼえ、イミテーションを作り、足りない材料の発注や上司のレシピにあわせて原料を調合していた、今年になってやっと香料の開発に携わるようになり、やりがいを感じるほどの仕事はまだしていない。

 女性ならではの視点を感じたことはない。

 いますでに挫折しかかっている。

 調香師にもっとも必要なものは……。

 依子は顔をあげ、モデルたちに目を向けた。フェイスメイクをおえた男性がモデルの後ろにまわってヘアメイクに移ると、モデルの横顔が見えた。

 さすがはプロだ。いろんな色を重ねられたはずなのにすべてがとけあい、ややきつい印象を与えるエキゾチックな顔立ちにフェミニンな柔らかさが加えられている。

 口紅は、依子だったら決して似合わないモカベージュ。地味な依子があんな色をつけたら、よけい地味になってしまうが、はっきりとした目鼻立ちと大きめの唇にはちょうどいい。

 編集者がやってきて、モデルのメイクをチェックしたあと、彼女とともに背後の部屋に消え、男性もメイク道具を持って彼女たちについていった。広い室内に一人で取り残されると、今度は別の緊張と居心地の悪さがやってきた。

 部屋には、すでにいろんなにおいが充満している。室内を飾るシプレーノートのオードトワレ、背後の部屋にいるスタッフの体臭、編集者がつけていた有名ブ ランドの名香、芳香剤、ヘアケア用品、目の前に置かれたコーヒーから漂う2‐フリルメタンチオール。緊張すればするほど部屋中のにおいが気になっていく。 ベルガモット、ゼラニウム、ゲラニルニトリル、4‐メチル‐3‐デセン‐5‐オール、C10H16……。

 

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