官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第67回】ゆりの菜櫻【お試し読み】『摩天楼に眠る獅子』

公開日:2014/12/16

「ハリーファ、君はどれだけ私の恋人を追っ払えば気が済むんだ?」

「恋人? 一夜限りだろうに。それにお前こそ、私の気を惹きたいがために、浮気の真似ごとをどれだけすれば気が済むんだ?」

「自意識過剰だな。悪いが、君の気を惹こうと思ったことなど、生まれてこのかた、一度もないが?」

「お前は意識していないかもしれないが、私は常にお前に誘惑されているぞ?」

 そう言いながら、ハリーファは断りもなくクリスの隣に座り、その頬に唇を寄せた。そしてそのままバスローブに手を掛けると、肩をはだけさせ、唇から顎、そして首筋に唇を這わせる。

 クリスはシャンパングラスを片手に、彼の好きなようにさせていたが、彼の唇が肩甲骨に到達したとき、冷ややかな声を出した。

「そこまでだ。私は君に抱かれる気はない」

「お前は私に抱かれたいはずだ」

「夢を見るのは寝ている時だけにしろ」

「いや、あの夜、お前は悦んで抱かれたではないか」

 ハリーファの言葉に、思わずクリスの麗容な眉がぴくりと動いてしまう。この男の言動に翻弄されるなんて真っ平だと思っているのに、つい態度に出してしまった自分の未熟さを苦々しく思うしかない。

 ハリーファもまた、クリスの僅かな変化に気が付いたようで、傲慢な笑みをその口許にたたえた。

「覚えているだろう? あの情熱的な夜を―――」

 忌々しい記憶が蘇ってくる。この男、ハリーファと再会した時の最悪の記憶だ。クリスはその端整な顔を僅かに歪めたのだった。

 
                ◆◆◆
 

 あれはちょうど二ヶ月前のモナコだった。学生時代、イギリスの寄宿学校で一緒だったハリーファと偶然、グラン・カジノで再会したのが運の尽きだった。

 プライヴェートルームでバカラを楽しんでいた時に、声を掛けてきたのがハリーファだったのだ。

 学生時代、それほど親しくした覚えもないが、お互い学校では有名人でもあったために、顔と名前が一致する程度には知っていた。

 しかしその程度であったにもかかわらず、ハリーファは久々に親友にでも会ったかのように親しく話しかけてきた。

 そしてそこで魔が差して莫迦な賭けをしてしまったのだ。

「私はバンカーに賭けよう。しかし、もしクリス、お前が勝ったら、この掛け金と同額をお前にも払ってやる」

 ハリーファが掛け金と言ってボードの上に置いたのは百万ドルだった。金持ちには慣れているはずのクリスの取り巻きからもどよめきが起きる。さすがはアラブの王子様というところだろうか。

「なるほど? で、私が万が一にも負けたら何を希望だ? 百万ドルか?」

「金はいらない。使い切れないほどあるからな。それよりもお前が大切にしているものが欲しい」

「マリブの別荘か? 今あそこが一番気に入っている」

「そんなありふれたものはいらない。欲しいのはお前だ。まずは抱かせろ」

 あまりの唐突な要求に、クリスは鼻で笑ってしまった。

「ふん、性急な求愛は嫌われる元だぞ?」

 しかしハリーファはクリスの態度に気を悪くするでもなく、それに対して、食えない笑みを零した。

「―――生憎、人から嫌われた覚えがない。嫌われるとしたら、私にとって、どうでもいい人間ばかりだから気にしない」

「勝手だな」

「勝手? そうだな、私には興味のない人間に合わせる理由がないからな。それを勝手というのなら、その通りだ」

「なら、勝手を言う私にも興味がないのだろう? 振り回すのはやめてくれないか」

「お前に勝手を言っているつもりはないが?」

 彼が澄ました顔で答えてくる。

「いきなり抱かせろと告げることのどこが勝手じゃないと?」

 クリスの秀美な眉が少しだけ跳ね上がる。それを目にして、ハリーファはクリスの機嫌をとることよりも、それさえも愉しんでいる様子で双眸を細めた。

「いきなりではないだろう? 賭けの結果によって、と言っている」

「何故、私の躰を賭けの対象にする?」

「学生時代から、ずっとお前を狙っていたからだ」

「え?」

 クリスがハリーファに視線を移すと、彼の黒い瞳とかち合う。その瞳に気を取られているうちに、ハリーファは優雅な仕草でクリスのネクタイを引き寄せ、そこにキスをしてきた。

 手の甲にされた訳でもないのに、それよりも官能的な痺れを感じ、まるで求婚でもされているような錯覚に陥る。

「私に抱かれてみろ。すぐに天国へ連れていってやる」

 

 

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