官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第69回】草野 來『びしょぬれラブ☆銭湯~番台から愛をこめて~』

公開日:2014/12/30

 見ず知らずの人に交じって裸になることに最初は抵抗感があったけれど、お客さんたちはみんな自然に堂々と裸でいる。年配の方も小さな子も、気軽に言葉を交わしあって、微笑みあっている。そんな和やかさもいい。

 数回も行くうちに、すっかりヱビス湯が気に入った。高い天井も、広い露天風呂も。いつもちょうどいい温度で、少しぬめり気のあるお湯も。ただひとつ、気になる点を除いてはここのお風呂が大好きになった。

 たまにフロントに若い男の子が座っているときがある。

 切れ長の目をした細身の青年で、年の頃は二十代前半から半ばくらいだろうか。きつめの顔立ちに薄い琥珀(こはく)色の肌、首すじまで無造作に伸びた感じのこげ茶色の細い髪。こういう場所にはそぐわないというか、銭湯には似つかわしくないというか……ありていにいうと無駄に美形。

 夜シフトのアルバイトなのだと思う。この“バイトくん”が店番をしているときは、どうもロビーでのんびりできない。私はイケメンとかハンサムといった人たちが昔から苦手な性分で、芸能人でもないのに男性で美貌の人を見るとつい、構えてしまうところがある。

 だから、そのバイトくんがフロントにいるときだけは湯上がりにロビーでくつろぐこともなくそそくさと帰るけれど、それ以外ではヱビス湯へ通うのが毎晩の楽しみになった。

 

 そんなある日の土曜の昼前。カバンに入れておいたはずの社員証がどこを探しても見つからなかった。 裏面はカードキーになっていて、これから出社する予定だった。あれがないとビルに入れない。

 明日の朝までに台風予測のデータ分析をしなければいけないのに。

 どこに忘れたのだろう。昨日の自分の行動を思い返し、ヱビス湯の脱衣所のロッカーに置き忘れたかもしれないと推理した。

 電話をかけると若い男性が出て、たしかに社員証の忘れ物があるとのこと。いまから行ってもいいというので急いで身支度をした。休日出勤なので平日よりもいくぶんラフなシャツワンピースにデニムという格好で、普段は結っている髪を軽く梳(と)かし、化粧も薄めにしてヱビス湯へ向かった。

 入り口は開いているけど、まだ暖簾がかかっていない。

「ごめんくださーい」

 声をかけても返事がない。

 ビィーン、ギィィーと庭の奥の方から鈍い音が聞こえてくる。迷ってから、音のする方へと行ってみる。ちょっとした空地のように広い庭で、石壁に木材がたくさん積まれていて、男の人がこちら側に背を向けて電動ノコギリで木を切っていた。無心に、一心不乱に、といった様子の後ろ姿で、話しかけるのがためらわれた。

 ノコギリのスイッチを切って、その人が振り向く。私がいるのにようやく気づく。「……だれ?」

 無駄に美形なバイトくんだった。眉をひそめて私を見る。鋭い目つきを向けてくる。

「あの……先ほど電話した者です。こちらで忘れ物を預かっていただいてると」

「あ、これですか」

 彼はシャツの胸ポケットから社員証を取り出して、「名前を伺ってもいいですか?」と言う。

「一応、忘れ物を取りにきた人には全員そうしてるんで」

「空井(そらい)ゆらです」

「はい、たしかに」

 社員証をしげしげと眺め、私の勤務先を彼は口にする。

「“ウェザー・リサーチ”って、気象会社なんですか?」

「ええ。気象情報を扱っています」

「じゃ、“お天気お姉さん”をされてるんですか?」

 この人……天然なのかしら。それとも私をおちょくってるのかしら。顔のいい男には調子のいい人が多いから。

 だけど彼は至極まじめな表情だった。濃い緑色のバンダナを頭に巻いて、ワーキングシャツにジーンズ、手には軍手、足には黒長靴。身体を使って働く人そのものといった佇まいで、なぜかフロントで見るよりもしっくりしている感じがする。

「気象予報士ではありますが、弊社では番組制作には携わっていないので、お天気お姉さんはしておりません。私は主に観光会社やイベント会社に天気を卸す担当をしています」

「気象予想士の世界もいろいろなんですね」

 

 

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