官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第78回】かほく麻緒『女王蜂の王房~貴峰丸編~』

公開日:2015/3/26

 「何が駄目なんだ。いつもいつも、こうしてほしいと、ねだっているだろ」

 深々と差し込まれた彼のもの。恐怖におののきながら、その奇異な光景を見つめ、私は言葉を失った。けれどもすぐに、彼が腰を動かす。引き抜きかけ、差し入れる。

「ひっ、あっ、駄目っ、怖いわっ、怖い……!」

「怖ければしがみついていろ。今日のお前は、まるで生娘のようだな」

 目の前で腰を揺する貴峰丸が、にやりと笑った。怖いと思った。そして、愛おしいと思った。私はまた、涙を一粒こぼし、それから彼に強くしがみついた。

「あっ……あっ、あっ」

 貴峰丸の腰の動きに合わせて、堪えようのない声が上がる。蜜の香りがしている。貴峰丸の香りも嗅ぎたいと思った。だから先ほどと同じように、すん、と鼻をすすったのに、貴峰丸の香りは感じられない。

 そうだ、私、雄の香りが分からないんだわ。

「あっ、貴峰丸……っ、ん、ああっ」

 ずしん、ずしん、と深く強く突かれるたび、頭のてっぺんまで痺れのようなものが駆け巡る。どぷどぷと蜜が際限なく溢れ出す感覚がある。しかし……ああ、どうして。頭が……痛い……。

 体の中心を突かれ、衝撃を受けるたび、脳天まで駆け上がる痺れが痛みへと変わっていく。ずしん、ずしん、ずしん、ずしん、と痛みの重さが増していく。

「駄目……あ、痛い……んっ、あっ」

 けれども貴峰丸は動きを止めない。まるで壊れたぜんまい仕掛けの玩具のように、同じ前後運動を繰り返す。私を、犯し続ける。

「やめてっ、あっ……貴峰丸っ、痛いっ、痛いっ、ああっ」

 堪らず、彼から逃れようとするも、いつの間にか私はがっしりと彼の腕に抱え込まれており、どうにもこうにも動けない状態であった。

 痛い。痛い。痛い。助けて。痛い……!

「……めのう?」

 ああ、貴峰丸。痛い、痛いの。頭が痛い。痛くて痛くて、割れそうで。もうやめて。私を助けて。どうか私を助けて。

「めのう」

 と、次の瞬間、ぐわん、と頭を揺すられたかと思うと……。

「おい、めのう。大丈夫か?」

「ん……」

 目の前に、また、貴峰丸がいた。

 どういうことだろう、と訳の分からないまま、未だ続く頭の痛みにぎゅっと顔をしかめる。どうしたことだろうか、この頭の痛みは。それから、この状態は?

「姫。怖い夢でも見たのか? ひどく顔色が悪い」

 頭の痛みに顔は歪みつつも、半ば放心状態で貴峰丸の姿を見れば、彼はきちんといつものように服を着込み、凜々しく涼しい表情で私を見ていた。先ほどまでの彼ではない。やはりあれは夢。夢だったのだわ。

 夢だとして、どうしてあんないやらしい夢を見てしまったのか。夢から覚めてもまだ、体は熱を持っており、足の間もぼってりと熱で熟れたような感覚がある。羞恥で、頭に熱が上り、ぐわんとまた大きく頭痛がした。

「おい、めのう?」

「あの、何でも……」

「何でもない、ということはないだろう。どこか痛むのか? 具合でも悪くなったか?」

 ほんの少し眉根を寄せ、貴峰丸が私の顔を覗き込む。そういえば、貴峰丸に抱き起こされている。上体をしっかりと抱き寄せられ、私は今、彼の腕の中にいた。ああ、そうだわ、私夢の中でも彼の腕の中に……。

 嫌だ。私は頭を振った。するとまた、余計に頭が痛む。どうしてあんなに、はしたない夢を見てしまったの。嫌だ、嫌だわ。私、一度もあんな行為などしたことがないのに、どうして雄と交わる夢など見てしまったの。

 私はまだ王女であり、女王ではない。女王蜂以外の交合は禁忌であるのだから、きっと夢の中でさえも罪だ。あんないやらしく穢らわしいことは、罪に違いないのだ。それなのにどうして私は、あんな夢を……!

「めのう、体の具合を言え。顔が真っ青だ」

「貴峰丸……」

 絶望的な気持ちになりながら、私を見つめる彼の視線を受け止める。いつも通りの彼。強く険しくも見える表情で、じっと真っ直ぐに私を見ている。青みが かった髪、隻眼の瞳、彫りが深く通った鼻筋、薄い唇。そうだ、夢の中の貴峰丸は貴峰丸ではなかった。もっと色っぽく艶やかで、切なく甘い顔をして私を抱い た。貴峰丸ではない、貴峰丸では……。

「私、頭が……痛くて……」

「頭? だからうなされていたのか?」

「え? うなされていましたか?」

「ああ、ひどく苦しそうだった。今も痛むか?」

「今は少し、和らいできました。ありがとうございます、もう、大丈夫です」

 貴峰丸に支えられていた体をゆっくりと起こす。彼はさっと私の背を支えてくれたのだけれど、薄地の寝間着越しに触れた彼の手の感触に、夢の中の出来事をまた思い出し、頬が熱くなった。

「でも、どうしてこんなに急に、頭が痛くなったのか、分かりません……。ありがとうございます、貴峰丸。あなたが来てくれなかったら、もっとうなされていたかもしれません」

 誤魔化すように、やや早口で言いつつ、貴峰丸が来てくれなければ私は夢の中であのままどうなっていたのだろうと、ふと恐ろしくもなった。

 貴峰丸はいつも私のそばにいてくれる存在だ。彼は、この蜂の王国の王女として生まれた私の、教育係として仕えており、何くれとなく世話をやいてくれてい た。朝起きる時間から、勉強の時間、休憩時間の過ごし方、入浴の時間、眠る時間、所作はもちろんのこと、会話をしていい相手、行動していい場所、それら全 てを貴峰丸が取り仕切るものだから、それはもう教育係としての範疇を超えているような気がしてならないのだけれど。それでも貴峰丸はきっと私のことを考え てしてくれているのだろうから、窮屈とは思えど、彼を嫌いになることはなかった。

 ただひとつだけ、貴峰丸について気に入らないことがあるとすれば、喜怒哀楽の分かりにくい仏頂面が時折怖い、といったところだろうか。

「横になるといい。おそらくまだ大丈夫だ」

「まだ?」

 言われるままに横たわりながら、問い返す。貴峰丸は、きゅっと唇を引き結び、すぐには返答せず黙って私に布団をかけてくれた。

「貴峰丸? どういうことですか?」

「大丈夫だろうと言いたかっただけだ。気にするな」

 気にするなと言われても気になってしまう。横になったまま、貴峰丸の顔を見上げていると、彼はすっと視線を逸らした。貴峰丸が私から意味ありげに視線を逸らすなど、普段はほぼないことなので、やはり何かあるのだろうと勘ぐる気持ちが起きてしまう。

 貴峰丸はしばし黙ったまま、私の視線を横顔で受けていたのだけれど、何かを諦めたように、ふうと短くため息をついた。そして私と視線を絡ませる。

「めのう。女王の死期が近い」

 

 

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