私、カープのために会社やめました 【第3話】カープとWワークで三刀流!?

カープ女子

2015/8/26

今年はカープ>ジュエリー>モデル

こんにちは、身の回りでカープをゆるやかに確実に浸透させることが趣味になりつつあるカープ女子の古田ちさこです。

前回の野球の楽しみ方は入門編でしたので、そのまま初級、中級、番外編と続けたい気持ちを抑えまして! 今回はその前提となる私の日常について、日々カープを応援しながらカープ以外の時間はどう過ごしているのかを書かせていただきたいと思います。

1話目で触れたように、私がメインの仕事にしているのはアルバイトという形で働いているジュエリーショップの販売員です。

一方で、学生時代に始めたモデルの仕事は、あくまでジュエリーの合間にスケジュールが合えば受ける、というスタンスをとっています。

月単位で言うと、10日間はジュエリー店に出勤し、それより少し少ない頻度でモデルのお仕事です。モデルの場合は時間が不規則ですが、早いと午前中で終わるので午後は観戦に費やすことができます。

球場へ行ったりバーで観戦したり、ジュエリーの日以外は基本的に試合を何かしらで観戦しています。友人と食事中でもカープの試合経過をチェックするのは暗黙の了解、「今カープどうなってる?」と気にしてもらえたり……ありがたい限りです。(笑)

私がジュエリーにこだわるのには理由があります。

そもそも学生の頃、アルバイトをしていた飲食店で接客の魅力に触れ、接客業の中でもより華やかな販売員に憧れるようになりました。

まずは短期アルバイトで腕だめし、と夏場だけの水着売り場でバイトを始めたところ、お客様のお話を聞いて、その人に合ったものを見つける楽しさ、お買い物にはときに誰かの後押しを欲しがっているだけの問いかけがあることを知りました。

ハデな柄の水着でもばっちり似合っているなら全力でおすすめしました。

笑顔で帰っていくお客様を見て、すてきな夏の思い出ができるだろうなと思うと、誰かの後押しができる素晴らしさを感じました。

夏が終わる頃には「私は販売員になろう」と決めていました。

ただ、水着の場合は毎年買う人は少なく、お客様の性別や年齢も限られがちだったこと、自分が接客したお客様に“また会いたいな”という気持ちから

「次はジュエリーにしよう」

と思ったのです。

ジュエリーはメンテナンスが必要なものでもあります。

私のお気に入りジュエリー!

大事なお洋服をクリーニングしたり、車を車検に出すのと同じで、ちょっとしたお手入れで輝きを取り戻すこと、大きな破損を防いで永く使い続けてもらうことができます。

私が今働くお店ではスタッフ皆チェーンの絡みとりやクリーニングのお持込みが大好きです。(笑)

本来の美しさがかげってしまっているジュエリーが息を吹き返す瞬間は、扱うものとしてたまらなく快感です。

そして日ごろ愛用いただいているお客様とお話できる時間がまた嬉しい。
メンテナンスは申し訳なさそうにお持ちいただくことも多いのですがどんどん持ってきて欲しいです♪

性別や年齢を問わず、幅広いお客様を相手に。
その人の人生に何度も関われる存在でありたいからこそ、私はジュエリーの販売員にこだわっていたいんです。

12年間、私を揺さぶり続けるモデルという仕事

一方で、モデルの経験からもまたたくさんの学びがありました。

モデルと一口にいっても様々なジャンルやステージがあり、はっきり言ってテレビや大きなショーに出ているようなモデルさんというのは私にとって別世界の人です。

プロダクションに入って、雑誌の専属モデルや企業の広告塔になるようなモデルさんというのは、私にとって目指すのもおこがましい存在で、生まれもったものも放つオーラもちがいます。

私は自分の容姿に自身がない子供時代を過ごしました。

小学校低学年のころ、いじめられたことが原因にあるのかもしれません。
いじめの理由は忘れましたが母いわく、当時服用していた薬の副作用で他のこよりもだいぶ鈍かったとかなんとか…。
こどもの頃のことなので、きっとささいなことですよね。

高学年になる前には病気も治って友達も増え、自然といじめもなくなりましたが、自分に自信のあるこどもではなかったと思います。

そういえば絵と作文と髪質はよく褒めてもらえたので好きでした。“褒めてのばす”って大事です。

そんな私がティーンエイジャーになりどうなったかというと、とにかく化粧が濃い人になりました。(笑)

低い鼻はノーズシャドウ、ニキビにはコンシーラー、眠そうな目には濃いアイシャドウを重ねつけまつげも装備、とにかくコンプレックスを隠しにいく戦法。

肌こそ控えめに焼いていたものの、いわゆるギャルでした。

なので実は一番最初に経験した撮影は渋谷でお買い物中に声をかけられたギャル雑誌のスナップです。(笑)

当時17歳。想像以上にムチムチした自分の太ももを見てただショックだった記憶しかありません。(笑)

しかしその後、たまたま行った美容室で“サロンモデル”というお仕事に出会います。

身長も156cmでちんちくりんな私が今までやってこられたのは、基本バストアップでメインは髪というこのジャンルがあったからこそです。

私が自分メイクで必死に隠していたコンプレックスは、プロのメイクさんの手で“個性”として強調してもらえました。

それからは社会人になってからも、新しい自分を知りたくて見つけたくて、お休みが合えば撮影を入れて、時にははしごすることもありました。

午前と午後で1本づつ、15時位に終わったら友人と待ち合わせてお買い物をして夜は飲みに行く…という休日の過ごし方が多かったです。

いろんな現場に行くと、ただただもうそこにいるだけで綺麗…というモデルさんも沢山見て、自分はそうじゃない、と気づいたときは今思えばちょっとした転機でした。

世の中には綺麗なひとは沢山いて、綺麗に撮りたいと思えばむしろ私でなくてよいのだろうなと。

それでも依頼がもらえるのだから、綺麗に写ろうとすましていないで、雰囲気や表情を豊かにしようと意識するようにしていました。

モデルのお仕事のワンシーン。

それ以降、大きいカットで載ることが増えたり、現場で知り合ったカメラマンさんから大きな広告の仕事をもらうこともあり、モデルのお仕事が本格的に楽しいと思えるようになりました。

それでも、ジュエリーの仕事を辞めようとは思いませんでした。

モデルの世界は上を見ればキリがないほど綺麗な人がいて、そんな人たちが生活に制限を設けて、さらなる努力をしてチャンスを掴んでいく……。

私はある程度モデルとしての自分を見切っていて、舞い込んだ依頼に応じることしかできなかったんです。

だから私は私らしく、地に足をつけて会社は続けながら、美意識の向上を目的に、時折モデルの仕事をしているのがちょうど良いと判断しました。

なのでプロのモデルではないけれど、気づけば12年も続けています。

もちろん良い事ばかりではありません。

堪えたのは昨年カープ女子という言葉が流行って色々メディアに出た際に、「売れないモデルがカープにあやかって売名している。」とツイッターに書かれていたことです。(笑)
今は笑えますがだいぶ凹みました~。正直ちょっと泣きました。(笑)

でもそれもしょうがないことです。
当初職場に迷惑がかからないようにとジュエリーショップの仕事を伏せていたのですが、職業にモデルと出てしまったことで、知名度なんてない私はそりゃ「誰やねん」となりますし、私だって大好きなカープが売名に使われたら不快です。

3年前から『アスリート』のコラム書いてるんだけどな…とか、ブログちょっと見てもらえたらカープ愛が伝わると思うのに…なんて思いもしましたが、そこは違うんですよね。

もともとカープ以外の分野で名が知られていればそうはならないと思うのです。
歌手の島谷ひとみさんや、お笑い芸人のアンガールズさんなどみんなが知ってる有名人がカープを好きと言ってくれていたらむしろ嬉しいものです。

ちゃんと好きでさえあれば、度合いは人それぞれなので関係ありません。

私が中途半端な立場なのがいけませんでした。

とはいえ、カープが好きだということを世に発信できる時代がきて本当に嬉しいです。

地に足つけていたいからと会社を辞めなかった私が、カープのためにはあっさり辞めてしまったこと。(笑)

自分でもびっくりですが後悔したくない度合いが勝ったのだと思います。

勤務日数を減らしてあらためて入社させてもらえたジュエリーの会社でやりがいを感じ、コンプレックスをなくして個の魅力に気づかせてもらえたモデルの仕事で自信をつけ、今日も私はカープを応援しています。

あっという間に夏が終わろうとしています。
神宮の生ビール半額ナイターで酔っ払いながら花火を観たことがいちばん夏らしかったかなぁ。

カープはAクラスの壁に苦戦しています。

残りの夏もカープの応援も悔いのないように!!

古田ちさこ
ふるた・ちさこ●1985年12月20日、千葉県出身。広島東洋カープ好きが高じて、今春会社を退職。都内のジュエリーショップでアルバイトをしながら、応援のため全国を駆けまわる。その情熱が話題を呼び、『広島アスリートマガジン』『マイナビニュース』でコラムを連載。『ヴェートーベンとカープ女子のキミの瞳に鯉してる』(とちぎテレビ)にもレギュラー出演中。一家全員カープファン。サウスポーが好き。Twitter(@chisakofuruta)でつぶやくほか、ブログも随時更新。

企画協力=内野ムネハル
写真=飯岡拓也