『働くおっぱい』「お尻の谷間を診察された」/紗倉まな

エンタメ

公開日:2018/12/20

 さて、私は相変わらず世間に股間を見せつけながらも、2018年が終わりに近づきつつある感傷にひたと浸っておりますが、皆様はいかがお過ごしですか。

 パリピのマネージャーに「たまには力を抜いて、コラムらしく一年を振り返ってみれば?」と陽気なアドバイスをいただいたものですから、ちょびちょび酒を嗜みながらのアテに使えるような、年内の思い出話でもお話ししていこうかなぁ、なんて思っております。

 *

 と、その前に、とりあえず一年の総括から。これはあくまで主観的な見方になりますが、自身の今年を一言で述べるとすれば、まさに「凪」でありました。

 今年はいつにも増して保身的になり、荒い波が来た時のことを予測しては、必死に船の縁にしがみついていたのだけれど、目の前では、穏やかに一定の規則で波打つ海原が広がっているのみで、時折、水しぶきが顔にかかる程度の運航でありました。

 そう感じてしまうのは、昨年が「最低。」の映画化などの煌めいた一年であったこととの対比なのかもしれませんが、働くおっぱいとしては、これが平常運転という感じでございます。

 荒波に打ち付けられつづけると船酔いしてしまうし、うっかり波に引きずられて身を放り出しかねないけれど、“凪状態での航海”の中にあって、どれだけ船が進んだのかまでは読みとりづらかったという部分もあったように思える。

 とまぁ、総括を先に述べたところで、ちょっとすっきりした。それでは、ここからはゆっくりと今年を振り返っていこうかな。

 まずは盛大にずっこけた回数(フィジカルな意味で)の発表。~ドラムロール~ ……三回!!

 内二回は、階段から滑り落ちるというアプローチによるもの。お尻を強打して、蒙古斑のような、カフェオレ色の痣を作った。

 まぁこれがなかなか消えない上に、打った場所が悪くて参った。というのも、お尻の“谷間”の部位なのだ。つまり、私は器用なことに、お尻をオープンにしたままの状態で強打したということになる。何もこんなところで変な器用さを発揮しなくてもよかったのに……。痛すぎて純粋に泣いた。

 転んで二か月が経っても、一向に薄まる気配のない痣に、AV女優生命の危機を感じた夏。私は勢いよく美容クリニックに駆け込んだ。

「…どれですか?」光るほどに日焼けした、イケイケゴーゴー系の兄ちゃん先生が私の尻の痣を探す。

 うつ伏せになった状態で、尻を突き上げて診察を受けるのは、これ以上何も恥がないと思っていた自分でも結構恥ずかしかった。先生がお尻の左側を指さして、ぱしゃりと写真を撮り、私に見せてくる。

「これですか?」

『それはホクロなんですけど…』

「じゃあ……どこだ……」

 話に聞いたところ、この病院で尻の痣の診察を受けに来たのは、私が初めてだったそうだ。

 戸惑いながらも懸命に尻を見続ける先生の視線に、ついに耐えられなくなる。

 実はその前に、私は皮膚科に行っていた。

「う~ん。うちはそういう、痣を薄くする薬とか特にないんだよねえ。血行促進剤を一応処方しておくけど。美容クリニックとかに行ってみた方がいいかもね。専門の薬とかありそうだし!(byおじいちゃん先生)」と言われ、ネットで「痣 消えない 美容 皮膚科」と検索したら、このクリニックが真っ先に出た。

 しかし私は今、この場において、妙にというか、すごく浮いている。尻も浮いている。きっと診察が終わったら、「その日の変な患者ネタ」にされて、ぷぷぷ~と笑われるのだろうな。

 私は恥を捨て、がばっと尻を両手で割り、開帳させた。

「あーー!これね!!!」

 先生、ようやく痣を発見。アスタリスクの付近にある痣を見ては唸る。

「うーん。そのうち薄くなると思うよ」

 あっさり一言。もはや他人事。

「レーザーを当てることもできるけど、それだと逆に目立っちゃうと思うんだよなあ」

 ふむ、そうなのか……。

『本当に薄くなりますかね?こんなに痣が残ったことって今までになくて』

「うーん」

『……』

「だってまだ一カ月でしょう?」

『いや二か月です』

「アッ…!うん、でもね、僕もここに火傷があるんだけど」

 と手の甲を見せる。

「これも半年たったら薄くなったんだよ!」

『あぁ、はい』

「だから大丈夫だよ!」

 ネットで検索してもなかなか解決法がヒットしなくて絶望的な気持ちになっていたけれど、適当な先生の、力強いグーサインが、そのときの私の唯一の心の灯になった。

 結果、半年以上たった今、辛うじてカフェオレ色に少し牛乳を足したような色合いへと薄まりつつある。

 AVの撮影でもこの割れ目にできた痣は消しにくく、しかもこすれる箇所なので、毎シーンごとに尻の痣を消し続ける作業(絵の具のパレットの上で混ぜ合わせたりしながら、ゴッホの油絵のように、様々な色味のファンデーションを斑に肌に載せて消していく)が非常に面倒くさく、そんなところに痣を作っている人が周りにはいなかったから共感も得られなく、情けなくて心が痛くなった。

 *

 こんな感じで、いろんなカテゴリーで発表を続けていこう。

 酔っ払って失敗した回数。……なんと、一回! 昨年は数え切れない程だったから、それと比べれば、我ながらだいぶ成長したと思う。失敗談は、この場ではモザイクをかけておく。

 リバウンドしたのは四回ほど。一時、52キロから47キロまで減ったが、紆余曲折経て今は50キロ付近を彷徨っている。

 一番しんどかったAV撮影の内容は“21P大乱交”。

 構成比率は、二十人の男性vs私。生きていて絶対に通らない道を五回くらい通った気分になった。

 イチモツと人の視線が多すぎて、謎にコミュ障ぶりを発揮してしまい、イチモツ一本一本の個性を見失って、全て同じに見える現象に陥った。

“刀”たちとの名勝負。

 頭に、ちょんまげみたいにイチモツを載せられたりもした。イエス、私はサムライ。しかしながらこの名勝負は、自分の体力を二十分割に……つまりは分散することができず、一人一人との重なりそれぞれに全力のエネルギーを費やしたので、結果、相当に疲れて終わった。この作品、どうか売れてほしい。

 AV撮影のことでいえば、お尻の痣ができた月に、悲劇がおきる。なんと、「尻物フェチ」作品の撮影が抜擢されてしまったのである。はー。おったまげー。

 ゆえに、今年身につけたAV撮影内での技術といえば、“トルネード手コキ”でも“高速パイズリ”でも“グラインド騎乗位”でもなく、「お尻の痣を上手く消せるようになった」ということだろう。エロくない特技が身に着いたが、実用性には長けている。この先、誰かが現場で痣を作ってくることがあったら、ファンデーションパレットを開き、私の腕が鳴ることと思う。

 2018年、自宅での事件簿でいえば、ベランダにアシナガバチの巣ができて、世帯主の座を奪われたことが一番印象に残っている。

 アシナガバチが居心地よく住み始めてしばらくすると、アシナガバチの幼虫を狙って今度はスズメバチがやってきた。双方がバチバチの抗争をはじめ、そのバトルを潜り抜けながら洗濯物を干すのが至極大変だった。

 もう帰ってくださいよ~~森に。木に。どこかに。

 隣の家の人のベランダを覗いたら、作りかけの城(巣を吊るす支え?みたいな棒)が二つくらいあるのが見えた。何かしらの事情により、制作を断念したらしい。

 頭上は壮絶なバトルフィールド。トラvsホワイトタイガーのような構図。洗濯物を這って干すことで腰が痛くなっても、無駄な殺生で心が痛くなるのは嫌なので、しばらく放置しておいた。

 一ヵ月が経った頃、空洞となったアシナガバチの巣と、スズメバチに食い散らかされた残骸がベランダの床に転がっており、勝負の行方を明確に示していた。

 スズメバチよりもHPは低いものの、頑張って生き残ったアシナガバチたちは、物件の条件が悪くなったらしく、こちらが頼む前にどこかに引っ越しをしてくれた。

 襲撃後、なんだか寂しそうに巣のあたりを巡回していたアシナガバチの哀愁が忘れられなく、少し気になっておっかなびっくり調べてみたら(関係ないけど、名前で検索した瞬間、虫の画像がででーん!って大きく表示されるの、本当に心臓に悪いよね)、恐ろしいことに、スズメバチは何度も同じ巣を攻撃するそうな……。執拗。執念。こわっ。壮絶な弱肉強食を目の当たりにし、自分が人間でよかったと胸をなでおろした。

 続いて、無駄な散財をした部門での第一位……。こちら。「ダニシートをアマゾンで発注しまくる」である。

 ソファに座っていたときにお尻を数か所さされて、私は憶測で、原因がダニであると見込んだ。

 痣に加えて虫刺されだなんて、尻を見せる風上にも置けないじゃないか、と私は気を狂わせたあと、ソファを布製から革製のものに買い直し(布よりも、合皮・本革・ビニール素材の方がダニが通過しづらくなる=刺されにくくなるんだそう)、続けて、アマゾンでダニシートを段ボール一箱分相当爆買いした。

 ハチは許せたけど、ダニに刺された赤い斑点を見たら、「無駄な殺生はやめよう……」という小さな良心は殺されたのだ。てなわけで、あと数年はダニ対策ができそうなほどにストックがある。ちなみにお勧めは「ダニ捕りロボ」。ダニでお悩みの方はぜひこちらを使ってみてください。

 画面越しにハマった娯楽部門の発表である。

 空前の海外ドラマブームが、私の中で巻き起こり、ものすごい時間を費やす結果となった。

『ウォーキング・デッド』『プリズン・ブレイク』に続き、『ロスト』『ファーゴ』『ビッグ・リトル・ライズ』『ボードウォーク・エンパイア』にハマりまくった。目の下にクマをつくりながらも、全シーズンを視聴するという熱狂ぶりだった。私にもまだ何かにハマる熱量があったことに喜びを見出した一件だ。

“夢中”は楽しい。海外ドラマを推してくる人に嫌気がさしていた人間が、今度はこのドラマを推す側の人間になってしまったのである。

 ……と、まだまだ書けそうな気がしてきたが、とりとめもないので、この辺りでやめておきます。

 くだらないことほど、痛烈な記憶として残っているのが不思議というか、モヤモヤするというか、自分の脳みその皺の数なんて大したことがないんだろうなと実感して嫌になるけど、きっと死に際も、こういった類のことしか私は思い出さないのだろうなと思う。そして今、新年に向けて舵を切り直そうと、凪る海に嵐を呼び起こそうとしている次第である。

バナーイラスト=スケラッコ

執筆者プロフィール
さくら・まな●1993年3月23日、千葉県生まれ。工業高等専門学校在学中の2012年にSODクリエイトの専属女優としてAVデビュー。15年にはスカパー! アダルト放送大賞で史上初の三冠を達成する。著書に瀬々敬久監督により映画化された初小説『最低。』、『凹凸』、エッセイ集『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』、スタイルブック『MANA』がある。

twitter: @sakuramanaTeee
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