彼との“名前のない関係”を昇華させてくれたのは、あの日読んだ恋愛小説だった【読書日記1冊目】

文芸・カルチャー

2019/6/17

2017年9月某日

 空港泊をして、朝イチの便で九州は別府に来ている。

 2015年の5月に新卒で入社した会社を退職して、かくかくしかじかで2015年の7月から1カ月ほど、全国から別府に集まった表現者たちと一緒にタコ部屋のようなボロアパートで“すし詰め”状態で生活していたことがある。そんな私にとって別府は、混沌を以て回復へと導いてくれた思い出の街だ。

 人と人との距離が近くて、100円くらいで入れる温泉が街のあちこちにあって、飲食店と温泉と風俗店が共存している妖艶な街。少なくとも年に2回は別府に足を運び、温泉に浸かって好きだったお店でご飯を食べて帰る。そんなことを繰り返して、季節はもう2回巡った。

 久しぶりに来た別府にも山があって、硫黄の匂いがして、温泉の熱で温まった地面に猫が気持ちよさそうに身体をのばしていた。猫のリゾート地みたいだ。変わらない馴染みの風景にとても安心する。呼吸をするだけでじんわりと汗が出てくる。私は近くのコンビニでアイスコーヒーを買って、潮の匂いを頼りに海のほうへ歩いた。

 いつもは1人で来る別府だけれど、今回は福岡に住んでいる大好きなお友達と現地で待ち合わせすることになっている。彼女は今の私の感性の8割をつくってくれたような人で、何一つ接点がなかったのに、共通の友達が「合いそう」と引き合わせてくれて以来仲良くなって、かれこれ4年ほどの付き合いになる。

 私と彼女の根底に流れている価値観はかなり近いものの、アウトプットの仕方が真逆と言って良いほどに違う。私が彼女に惹かれ、会うたびに申し訳なく思うほどにいろんなものを受け取る。でも、彼女も同じように言ってくれるから今のところは安心している。そんな大事なお友達と大好きな別府を旅行するのをずうっと楽しみにしていたのだけれど、図らずも「傷心旅行」になってしまった。

 2カ月くらい前の2017年7月。それこそ2年くらい片思いをしていた人が結婚したことを知った。彼とは“名前のない関係”が続いていて、しかも東京にいることが少なかった彼と会えるのは2~3カ月に一度だった。

 会いたいと連絡して「今日会えるよ」と言われても家に来るのは結局深夜2時とか3時で、私は深夜0時を回ったころから化粧を直し始めて眠い目をこすりながら彼を待ち、深夜でも煌々と光り輝く下北沢の王将で天津飯を食べる彼を眺め、家に移動してお茶を淹れて飲む時間が何にも代え難いほどに幸せだった。私は四六時中彼のことを考えていたけれど、彼が手に入らないことはわかっていたので「子どもを産ませてほしい」とお願いしたこともあった。

 そんな私の恋愛模様は同世代の女の子たちからは白い目で見られた。それって遊ばれてるじゃん、もっとちゃんとした人と付き合ったほうがいいよ、自分を大切にしなよ、花の盛りをそんな男に費やすのをやめなよ、時間の無駄だよ、という紋切型のアドバイスはもっともかつ逃げ場がない正論で、だからこそ私は心細い気持ちになった。

 彼はとてもよくモテる人で、彼が出るイベントに行けばいつも私より若くて才能のある女の子に囲まれていた。そういえばセックスしたのも3回きりだったし、「セフレ」とさえも言い難く、それ以外にも彼と私の関係を説明できるようなものはない。一緒に眠っていたはずの布団に残った彼の温度はすぐに冷えてなくなり、匂いも30分ほどでわからなくなってしまうことがかなしくてたまらなかった。それでも、私と彼との間には、あの場にいる私しかわからない“何か”があると信じていた。

 でも、そのうちに彼は結婚してしまった。「病気の両親を安心させるため」と言っていたけれど、私や他の女の人たちへの言い訳なのかもしれないし、たくさんの女の人からその人を選んだという事実に変わりはない。海岸の砂浜を歩きながら、友人を待つ。身体の重みの分だけ砂が沈んだ。

 1時間くらいそうしていると、福岡から友人がやってきた。半年ぶりの再会、とっさにハグをする。身体を離すと、その子はカバンの中からいそいそと一冊の本を出して手渡してくれた。

「これ、今ののんちゃんに必要だと思って」

 そう言って渡されたのは、よしもとばななさんの『High and dry(はつ恋)』(文藝春秋)だった。

 ピンク色を基調としたポップな装丁はかわいらしくて、よしもとばななさんの作品には静謐で重厚なものが多いと勝手に思っていたから意外だった。帯にも「私にはめずらしく、とても幸せな小説を書きました」という、よしもとばななさんの言葉が書かれていて、早くも心が温まった。

 私はお礼を言って、その本を大事にカバンの中に仕舞い、海を見ながら半年分の積もる話をして離れていた間の清算をした。それから、別府の街を歩きながら好きなお店を紹介したり、温泉を巡ったりした。案の定、すべてがキラキラした時間で、私はこのときの温度や触感や匂いを目一杯覚えていようと思った。彼女との特別な友人関係は「友達」と呼ぶにはもったいなくて、少し恋愛に似ているところがあるなと思った。

 民宿に戻ってから、彼女は私よりも早く眠りについたので、私はもらった本を読むことにした。布団の中で小さくスマホの明かりをつける。

『High and dry(はつ恋)』は、主人公・14歳の夕子ちゃんと、夕子ちゃんが通う美術教室の先生をしているキュウくんとの“恋”についてメインに描かれた本だ。“恋”としたのは、ふたりの関係が恋と呼ぶにはあまりにピュアでささやかすぎるものだからだ。

 キュウくんと夕子ちゃんは年齢が離れすぎているし、性的な関係もない。それに、キュウくんにはほつみさんという好きな人がいて、ミホさんという人にもものすごく好かれていた。夕子ちゃんの告白を受けて、キュウくんは夕子ちゃんへの恋心を自覚しながらも、手放しに距離を縮められずにいる。客観的に見ても、夕子ちゃんとキュウくんの関係は、いわゆる恋とは言い難いうえに夕子ちゃんにとっては分が悪い。それでも、14歳の夕子ちゃんが自分の気持ちにまっすぐ向き合っていく。

 夕子ちゃんは作中でいろいろなことを感じ、悩む。長く一緒にいるとドキドキがなくなっていって、それまでの恋とは違うものになっていくこと。自分の知らない「肉体関係」というものを持っていたふたりの女性へのかなわなさ。そういう、恋にまつわる小さな“つまずき”や気づきに丁寧に向き合って、自分なりの恋の手触りを確かめていく。主人公は14歳だけれど、大人になった私たちでもわからないことに、わからないままにしておいてあることに答えを見つけていく姿がとても眩しかった。恋については正解がなく、自分自身で決めていいのだと思えた。

 でも、私がとりわけ感情移入をしてしまったのは、夕子ちゃんではなくミホさんだった。

 ミホさんは、キュウくんのことがずうっと好きで、キュウくんに彼女がいようといまいとゆるぎない。ミホさんについてキュウくんが〔すごく精神が強くて、いつでもどんなときでも待っていて、好きでいてくれて、必ずやらせてくれるから〕と話した一文を見て、私は何だか自分のことを言われているようで、おかしくなって声を殺しながらも布団の中で身体を小刻みに震わせた。それでも、キュウくんはミホさんについて「一緒にはなれないけれど尊敬しているし、嫌いなところはない」と言う。

 キュウくんにとっては、夕子ちゃんも、ほつみさんも、ミホさんも大切な存在なのだ。これだけ聞くと、ただのわがままを言っているようにも聞こえるけれど、キュウくんはとても誠実でまっすぐに彼女たちへの想いを口にするので嫌な感じがしない。私が好きだった人も、結婚した人や私や私以外の女の人にも同じように思ってくれているといいなぁと思った。

 そういえば、“名前のつかない関係”についての悩みを少し年上のお姉さん友達にしたとき「『彼女』の箱に仕分けられなかっただけで、好きに優劣はないのよ」と言ってもらったことがあったなぁと思った。

 読み終わった直後、帯文の「とても幸せな小説」という言葉を噛み締める。彼との記憶も、とても幸せなものに変わっていた。思い出は血管を巡り、身体じゅうが幸せな記憶で満たされていく。

 隣では相変わらず大好きな友達が寝息を立てている。今すぐにハグして感想を伝えたい気持ちをなんとか抑えて、眠れるように努めた。明日は彼女を鉄輪の蒸し湯に連れて行くんだ。

文・写真=佐々木ののか バナー写真=Atsutomo Hino

【筆者プロフィール】
ささき・ののか
文筆家。「家族と性愛」をテーマとした、取材・エッセイなどの執筆をメインに映像の構成・ディレクションなどジャンルを越境した活動をしている。Twitter:@sasakinonoka