【人付き合いに悩んだとき】『日本人のすごい名言』④夏目漱石「吞気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。」

暮らし

2019/11/11

『100年後まで残したい 日本人のすごい名言』(齋藤孝/アスコム)

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名言は心の砦とりでになります。雪崩れのように心が崩壊するのを食い止め、漏電のように常にエネルギーが消耗されていくのを防ぎます。
「はじめに」より

人付き合いに悩んだとき

夏目漱石「吞気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。」名言年齢:114歳

『吾輩は猫である』(夏目漱石・著 岩波文庫)より

※名言が発表された年を「生まれた」年として、2019年現在何歳になるのかを示しています。

 言わずと知れた名作『吾輩は猫である』の書き出しは、「吾輩は猫である。名前はまだない」。日本人なら誰でも暗唱できる一文でしょう。

 日本を代表する文豪の一人、夏目漱石のデビュー作である本作は、中学校の英語教師である珍野苦沙弥のもとへやってきた猫を語り手に、珍野家とその周辺の人たちの人間模様を風刺的に描いた作品です。俳句雑誌『ホトトギス』に発表され、当初短編読み切りだった第1話が好評だったため、断続的に書き継がれて全11話となりました。

 苦沙弥先生のもとへ集うのは、美学者の迷亭、理学者の寒月、哲学者の独仙、詩人の東風といった一癖ある知識人たち。文明批評を交えながら、軽妙洒脱にユーモラスに語られるのは結婚観、女性観、権力批判などのとりとめもない話、それから小事件の数々です。筋らしい筋はありませんが、ちりばめられた説話は落語のように面白い。

 漱石は子どもの頃から落語や講談に親しんでおり、「話芸」をワザとして身につけていました。さらには漢学と英文学の素養があり、それらをベースに文化的な感性をいかんなく発揮しているのです。

 さて、この長編小説の最後はどうなるのかご存じでしょうか。

 最終回の第11話は、迷亭と独仙が苦沙弥先生の家で囲碁をしているところから始まります。寒月、東風も一緒によもやま話が続きます。いつものようにみんな言いたい放題。そして日は暮れ、「さすが呑気の連中も少しく興が尽きたとみえて」、一人また一人と帰っていきます。すっかり寂しくなった座敷で、吾輩は「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。」と感想を漏らすのです。

 これまで人間をばかにしたように見ていた吾輩が、人間の悲哀や人生のはかなさを悟ったようになります。そして最後は、人間のマネをしてビールを飲み、酔っ払って水瓶に落ちて死んでしまうのでした。

■妬み心に効く「正負の法則」思考

 悩みなんてなさそうで呑気に見える人も、それぞれに何かを抱えているものです。「自分はこんなに苦労しているのに、あの人は苦労も知らず幸せそうにしていてムカつく」と思うことがあっても、内情はわかりません。人に言えないつらさを抱えているかもしれません。

 美輪明宏さんの『ああ正負の法則』(PARCO出版)という本があります。私はこの本のタイトルも名言だなぁと思っているのですが、世の中の出来事にはすべて「正負の法則」があり、どの人もプラスとマイナスがだいたい同じになっているということです。

 マイナスばかりの人はいないし、プラスだけの人もいない。幸福のスケールが大きい人は、それに対応する大きなマイナスを抱えています。

 遊郭のすぐ近くで、料亭、金融、質屋を営む家に育った美輪さんは、さまざまな人たちの人生の裏街道とでも言えるような面を見てきました。

 健康で美しいけれど、家が貧しく女郎として売られる娘たち。お金持ちだけれど、病気の家族を抱えている人たち。冷静に観察するうち、「正負の法則」が漠然とながらわかってきたといいます。

 歴史上の偉人や、芸能人、有名人を見ても、大きな正があれば大きな負もあるというのは納得できるのではないでしょうか。ですから、むやみに人をうらやんだり、妬んだりする必要はないのです。

 自分自身のことにしても、悪いことは続かないと考えることができます。逆に、いいことばかりも続きません。だから、意識して「負の先払いをする」のが、昔から考えられている知恵です。プラスを自分のところに貯めこまず、人に施しをする。人のためになることをする。あえて損をとって、バランスをとるようにするのです。

■相手の心の底を思えば、人付き合いの悩みは軽くなる

 表面だけで人を見ないことが大事です。「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」は、そういうものの見方に気づかせてくれる名言です。

 相手を妬んだり、翻って卑屈になったりすると人間関係は改善せず、悩みのもととなります。「あの人も本当はいろいろあるのかもなぁ」「つらいことを乗り越えてきたのかもなぁ」と思えば、相手に対する見方が変わり、人付き合いの悩みも軽くなります。そして、見方が変わることで関係性も変わっていくはずです。

 また、この名言は、誰しも悲しみ、つらさを抱えているけれども、呑気に見えるように過ごしているのだと読み替えることもできます。呑気に見せて、周囲を和ませるのです。ピリピリしている人の周りにいると、萎縮したり不安になったりで、本来の力が出しにくくなります。一方、呑気にしていれば、周囲のエネルギーを奪うことがありません。

 人に苦労を悟らせず、「いつも呑気でいいなぁ」と思われる人はたいしたものです。「いつも大変そう」と思われるより、そういう人になりたいですね。これは、「負の先払い」の考え方にも通じます。「呑気に見せて周囲を和ませる」という人のためになることをして、大きなマイナスを防ぎ、バランスをとるのです。

なつめそうせき●小説家、英文学者。1867生-1916没。英国留学後、東京帝大の講師となり英文学を教える。1905年『ホトトギス』に発表した『吾輩は猫である』が評判となり、東京朝日新聞社の専属作家に。代表作に『坊っちゃん』『こころ』など。

<第5回に続く>