こんな年下イケメン貴族と平民の私が結婚!? 絶対に裏があるでしょ!/『後宮妃の管理人 ~寵臣夫婦は試される~』①

文芸・カルチャー

2019/12/13

勅旨により急遽結婚と後宮仕えが決定した大手商家の娘・優蘭。お相手は年下の右丞相で美丈夫とくれば、嫁き遅れとしては申し訳なさしかない。しかし後宮で待ち受けていた美女が一言――「あなたの夫です」って!? 後宮を守る相棒は、美しき(女装)夫――? 12月13日には最新2巻が発売!

『後宮妃の管理人 ~寵臣夫婦は試される~』(しきみ彰:著、Izumi:イラスト/KADOKAWA)

序章 家臣夫婦、ここに誕生

『号外 玉商会の一人娘、聖旨賜る!

 

 玉(ぎょく)商会の一人娘、玉優蘭(ゆうらん)は皇帝陛下より、後宮妃嬪の健康管理及び美容維持という役割を賜る。

 併せて玉優蘭、珀(はく)家嫡男たる珀皓月(こうげつ)と婚姻す。珀氏は皇帝陛下の側近の一人、右丞相の位を賜る臣下の一人。

 これ則ち、黎暉(れいき)大国史上初となる、家臣夫婦誕生の瞬間である。

 家臣夫婦のこれからの動向に期待す。』

 

 そんなことが書かれた時報紙が都にばらまかれ大国中に広まったのは、雪融けが始まった春の頃だった――

 
 

第一章 珀夫婦の馴れ初め

 全ての始まりは、分不相応な見合い話からだった。

 

 都・陵苑の一等地に構えられた珀邸の客間にて、玉優蘭は外面用の笑みを浮かべていた。

 彼女が両膝を揃えて行儀良く座っている理由はただ一つ――一領地を治める貴族から、見合い話を持ちかけられてしまったからだ。

 優蘭は商人だ。新規顧客を開拓するための人脈を広げることも、仕事のうちである。だから今回の見合いも、その商売の糧になったらと考えていた。相手が貴族なので、その気持ちはさらに強い。だから表情の変化一つも取りこぼさぬよう、じっくり相手のことを観察していたのだが。

 その相手である珀皓月は、柔らかい微笑みをたたえながら向かい側の席に座っている。

 その美しい顔(かんばせ)を、優蘭はこっそり確認した。

 ……本当に綺麗な顔をしてるわねえ。

 肌は色白で、髪は射干玉(ぬばたま)のように美しく長い。瞳は切れ長で、まるで黒真珠のようだった。睫毛も長く、時折伏し目がちになる姿がなんとも言えず美しい。その上左の目尻に黒子なんてあるからか、凄まじい色気を漂わせていた。男物の礼服である方領を身につけていなければ、異性だと判断できなかったかもしれない。

 ただ一つ気になるのは、その笑みがあまりにも完璧な点だろうか。まるで人形のようで、何を考えているのか分からないという恐ろしさがあった。

 そこまで確認してから。

 優蘭は視線だけを下に落とした。自分のことを観察しようと思ったのだ。

 今の優蘭は、趣味とは違う色鮮やかな襦裙(じゅくん)を着て、貴族の姫が使うような肩掛けである披帛(ひはく)を身にまとわせている。売れ行き好調な商会の一人娘とは言え、二十八歳になる女が着るには派手過ぎだ。分不相応と断言できる。

 そしてそれは、相手の美丈夫さと相まって余計浮いて見えた。

 ……うん、やっぱり不釣り合いだわ。

 居心地が悪いが、仕方がない。これから入るかもしれないお金のことを考えれば、多少気がまぎれるというものだ。

 優蘭が何故そんな見合い話に飛びついたのか。それは至極単純、相手の身分がとても高いからだ。

 珀家。それは、北側にある柊雪(しゅうせつ)州を治める大貴族である。当主は元宰相で、現在は領地にこもりその敏腕を振るっている。そして次代当主である皓月は、右丞相と呼ばれる二人いる宰相職の一人だ。大抵若手が務める職務だが、その職務に就いた大抵の人間はそのまま左丞相――最高位の家臣のこと――へと出世する。つまり、将来が既に約束された出世株ということだ。

 それだけならまだしも、こんなに美しい容姿をしているのだから引く手数多だろう。婚約者だっていてもいいくらいだ。そうでなくてもまだ二十六歳という華々しい時期なのだから、浮いた話くらいあるはず。

 だから優蘭は、そんな相手が嫁き遅れの自分に見合い話を持ちかけてきたことを心底訝しんでいた。

 この国では、女は二十二歳を過ぎて独身なら嫁き遅れとされる。それだけならまだしも、皓月は二歳年下だ。年上の女を嫁にしようとするなら相手が相当美人の場合だが、優蘭は化粧をしてそこそこ綺麗に見えるぐらいの見目である。なのでその線はなかった。

 となりで饒舌に喋る父と珀家当主とのやり取りを聞き流しつつ、優蘭は考える。

 こっちの目的は上流階級の人脈を作ることだけど、向こうの目的はなんだろう。

 一番に考えられることは、金銭的に切迫しているという点だ。だが客間に案内されるまでに廊下を観察したが、特にそんな様子はなかった。落ち着いた雰囲気の良い屋敷を見れば、豪遊してお金がもうないということでもなさそうである。

 なら他に何があるのかしら。皓月様が特殊な性癖を持っているとか?

 さらに深く考えようとしたところで、珀家当主と優蘭の父が立ち上がった。

「それでは私たちは別室で話をしていますので、あとはお二人でどうぞ」

 ……え。

 顔が引きつりそうになるのをなんとかこらえた優蘭に、父は無言でこくこくと頷き、瞳で圧を送ってきた。

 どうやら「あとは優蘭が頑張って!」と言いたいようだ。

 止める間もないまま二人が去っていくのを笑顔で見送った優蘭は、ちらりと皓月の様子を窺った。

「……どういたしましょうか?」

 一応聞いてみる。すると皓月は、にこりと微笑んだ。綺麗な笑みには華がある。

「はい。お二人が席を外してくださったことですし……本題に入っても構いませんか?」

「……分かりました」

 やっぱり裏があったのね!

 優蘭はぐっと腹の下に力を込め、待ち構える。

 すると皓月は、となりに置いてあった巻物を優蘭に手渡してきた。

「まずはどうぞ、こちらをご覧ください」

「はい。拝見いたします」

 恐る恐る開いていくと、薄紫色の紙が見えた。優蘭はぴたりと停止する。一瞬、頭が真っ白になった。

 ……紫、色?

 紫色の紙というのは、詔令文書に使われる紙だ。

 詔令文書というのは皇帝が自身で下した命令や布告、官員の封贈など、とにかく皇帝名義で記される文書のことで、民間では聖旨と呼ばれている。実物を見るのは初めてだが、知識はあるので分かった。だが優蘭が言いたいのはそういうことではない。

 なんでそんなものが、今私の手元にあるのよ……。

 優蘭は冷や汗をかいた。嫌な予感しかしない。だがここから開かないという選択肢はないので、少し勢いをつけて全部開いてみることにした。

 内容はこうだ。

『詔令文書

 此度、玉優蘭に与える役目をここに記す。

 一、余の家臣たる珀皓月と婚姻せよ

 一、余の妃嬪の健康管理及び美容維持の担い手となり、後宮を管理せよ

 これら二つの役目を、身を正して全うせよ。

 以上』

 最後にしっかり皇帝の印である玉璽(ぎょくじ)が押されていて、優蘭は気が遠くなった。

 なんだこの、めちゃくちゃな内容の詔令文書。

 端的に言って、偉そうだ。いや、実際偉い。だがその「了承して当たり前」という言葉遣いが、優蘭の癇に障ったのも事実である。

 数回ゆっくり呼吸をして再度文面を見たが、内容に対する見解は欠片も変わらない。同時に、頭の芯がすうっと冷めていくのを感じた。

 会ったこともない相手に恋だの愛だの言われるより、こういう合理的な理由のほうが楽でいいわ。分かりやすい。

「つまり今回の見合いは……皇帝陛下が決めたことだということですか?」

「そういうことになります」

「婚姻前提のお話だったと」

「そう、ですね」

 皓月からの返答を得た優蘭は、頭を回転させる。

 この婚姻は、平民の私に後ろ盾となる貴族をつけて周りからとやかく言われないようにするためのものよね。

 聞いたことも見たこともない特殊な役職なので、根回しをしたいのだと思う。それは別に構わない。

 ただ問題は、その理由だ。

「一つ、質問がございます。陛下が私にこのお役目を命じた理由は、なんでしょう?」

「……理由、ですか」

「はい。私の知識が正しければ、後宮を管理するのは皇帝陛下であり皇后殿下です」

「はい」

「そして後宮に多くの美女を集めまとめ上げるのは、それだけの権力と財力があるということを周囲に知らしめるためでもあります」

「その通りです」

「ならば、私にこのお役目を与える理由はないのではないでしょうか?」

 このとき初めて、皓月の様子が変わった。ゆったりと余裕のある態度を取っていた彼が渋い顔をするのは、なんだか不思議に見える。

<第2回に続く>