家事と育児に追われた20代… 子育てが落ち着いて羨ましがれるけど/『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』④

暮らし

公開日:2020/1/30

女の生き方に正解なし! 恋愛、結婚、キャリア、子作り、不倫…。どっちの道を進んでも、どっちも案外つらいもの。A子とB美、どっちが幸せ? 生き抜くためのヒントが見つかる、女たちのリアルな本音対決!

『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』(鈴木涼美/マガジンハウス)

 私の友人の中で、彼女は最も早く結婚した女の子のうちの一人だった。彼女の式に出たのは私たち同い年の友人がまだ学生や社会人1年目だった頃で、当然彼女の結婚は、かなりセンセーショナルなニュースとして同級生の間を駆け抜けた。「あいつ、独身やめるってよ」と。

 彼女の結婚相手の属性も私たちが驚いた要素の一つだった。それまで学校内で目立ったイケメンや、少し年上のお金と女経験が豊富そうな男とばかりデートしていた彼女が結婚式で引き連れていたのは、邪気のない笑顔で着慣れないタキシードに完全に着られている、安定とか穏やかとか日常とかそういう言葉が似合って、刺激とか色気とかそういう言葉とは無縁の研究職の男性だった。

 周囲の女子たちは100%の笑顔で彼女の結婚式に出席したが、そこには別に羨望だとか憧れだとかそういった気持ちは微塵(みじん)もなくて、むしろ早々に独身から降りてしまった彼女への同情と、純粋な驚きと、全然羨ましくないことへのちょっとした安堵が混ざったような、不思議な気分で祝っていた。

「仕事し始めて1年もたたずに結婚したし、みんなにはデキ婚でもないのになんで? っていう感じで受け取られたかな」

 彼女は彼女で周囲のそういった反応を冷静に受け止めているようだった。

「それは私もわかる。実際、結婚式の途中で、自分の友人のテーブル見て寂しくなったし、みんながまだまだいろんなイベント一緒に過ごすんだろうに、私はもう誘ってもらえなくなりそう、とか、仲間じゃなくなる、とか、不安の方が大きかったくらい。周囲は仕事も出世したり転職したり、資格とったり語学やったり、どんどんスペック上がってくのに、私は子育てに追われて置いてかれるんだろうなっていう」

 確かに彼女の残りの20代は彼女の想像通り、あるいは想像の上をいく多忙さに埋め尽くされた。二つ違いと年子で計3人の子供が生まれ、旦那は安定して稼いではくれたが、別に大きく収入が上がるわけでもなく、5人家族に合わせた広さの家に住むために、都心にほど近かった自宅を、千葉の松戸に変えてなんとか予算内に収めた。

 長男が小学校に入っても一番下の子はまだ手が離せない状態だったので、結局彼女が高校や大学の女友達と頻繁にお茶や食事ができるようになったのは、33歳の時、一番下の子が小学校に入学してからだった。

「今となっては、すでに子育て終わってる、みたいな感じでこれからなんでもできるじゃん、みたいに羨ましがってくる友達も多いけど、私が子育てしてる間、フェイスブックとかで死ぬほどいろいろやってるのを見てたから、なんとも言えないよね。友達と海外なんて一回も行かないまま結婚しちゃったから、週末韓国女子旅、とかも夢の世界に見えてた」

 最近になって、周囲の子供がいない友人、あるいは未婚の友人からは、「早くに結婚し、子供をしっかり作った立派で賢い友人」として神的に高い評価を受けている。おそらくそれは友人らからすれば本音であって、若いうちから人生を長く見据えた選択をした彼女は、あまり何も考えずに35歳手前になってから早く子供産まなきゃ、とあたふたしている女子たちからすればほとんど神のごとく先見性があったように見えるのだ。

 彼女自身、ようやく旦那やママ友と協力して自分の時間が作れるようになり、週に1回や2回であれば夜遅くまで外出することもできるようになった。今後結婚や出産をしなくては、と焦る34歳は心に余裕がないが、すでに両方クリアしている34歳はまだまだ若く、ほとんど20代と似たような服装も遊びもできる。

 ただ、その決断を単純に羨ましい、賢いと言われると彼女自身はやや腑(ふ)に落ちないところがあるらしい。

「独身の子2人と、去年結婚した子の計4人で温泉行くってなって、ようやく女子会に私が戻ってきて嬉しいよとは言ってくれたし、20代の頃さんざんこういうのやってるの横目に子育てしてたから、誘ってくれるのは本当に嬉しい。でも、やっぱ大学生の頃のノリでみんなとは行けないなって思う。子供産んでない子と、子供3人産んだ女と、どれだけ身体が違うか。今は裸見せることには抵抗しかない。みんな、太ったとか劣化したとか軽く言うけど、男の子2人女の子1人にお乳あげてたら、もう独身の頃とはフォルムが全く違うよ」

 彼女の話を聞いていると、将来を見据えた素晴らしく賢い決断であっても、どうしたって取り戻せない時間もあるのだな、と、独身で過ごした愚かな自分の20代を、少しは肯定してあげたくなった。遊びや女子会や好きな服は、子供が育ってからでも十分に手に入るかもしれないけど、温泉でお互いの身体チェックをして軽口を叩くような時間は、少なくとも同い年の主婦にはもうないらしい。

<第5回に続く>