まつもとあつしの電子書籍最前線Part1(後編)ダイヤモンド社の電子書籍作り

更新日:2018/5/15

 

相乗効果と選択肢の広まり 
 
加藤:『もしドラ』は紙の本がこれまで220万部が売れ、電子書籍が12万回ダウンロードされています。この数字をもとにして「電子書籍は紙の5%しか売れない」といった紹介がされることがあるのですが、まったく別の例もあります。 
 
『適当日記』は2007年に出た作品で、紙の本は2万部後半までは売れていましたが、電子書籍が出て話題になったことで、またそちらも伸びていったのです。「紙の本のリバイバルが起こった」のは間違い無いとみています。 
 
――いわゆる「カニバリズム(共食い)」が起こるわけではない、ということですね。 
 
加藤:「電子書籍が売れると紙の本が売れなくなる」といった議論は、経験を通じて全然そんなことはない、と断言できます。先ほどのマーケティングの話にも通じるのですが、電子書籍によって「話題の量」が増えるわけです。客層も現状被っていない。Twitterでは「他の人に読んでもらいたくて紙の本も買いました」といったコメントも見かけます。 
 
――相乗効果がある。 
 
加藤:これは作品のテーマも良かったのですが、『もしドラ』が出てから、ドラッカーの『マネジメント』の発行部数が、10万部から73万部に伸びています。『もしドラ』読者の3人~4人に1人がお買い上げ頂いた計算です。 
 

 
『もしドラ』が話題にあがることで、底本が売れる好循環も生まれている。 
『マネジメント』P.F. ドラッカー/ダイヤモンド社 

 
――紙と電子で中身を変えるといったことはされてますか? 
 
加藤:弊社の作品ではないのですが、DReaderを採用頂いているサンマーク出版さんの『一歩を越える勇気』は、エポックメイキングな取り組みをされています。 
無酸素でエベレストなどに単独登頂を行う、栗城史多氏のこの作品では、その模様を撮影した動画を電子書籍内でみることができます。紙の本では表現し尽くせない臨場感と説得力が生まれた事例だと思いますね。 
 

 
元ニートの栗城史多がコネや資金もないところから、単独登頂を成功させるまでの軌跡が綴られる。
 
実は、この担当編集の方からこの本の電子化にあたって動画も再生できないか、という相談をもらいました。それを受けて動画機能も追加したという経緯があります。料理の本など、これから本の作り方が変わると思いますね。本を作っている段階から動画など電子化に向いた素材を押えていくことになるでしょう。 
 

 
われわれも、例えば『もしドラ』については、今後アニメファンの方向けのバージョンに、声優さんの映像特典を追加するなど、客層にあわせた商品企画を進めていきたいと考えています。 
 
――せっかくアニメ化、映画化されても、紙の本では帯や表紙を変えるくらいまでしかなかなか対応できませんでしたが、新商品として様々なバリエーションが展開される可能性が広がった、というわけですね。
 
加藤:その過程の中では「これまで本を読まなかった」人たちにどうやったら作品を届けることができるのか、というチャレンジも含まれてくるはずです。電子書籍によって、そのための工夫の余地が拡がりました。 
 
「新しい読書体験」のため進化するDReader 
 
――その工夫のなかには、リーダーの進化を必要とするものもあるわけですね。
 
加藤:はい。DReaderは「この本ではこういうことがやりたい」という要望を受ける形で進化してきました。『適当日記』では「脚注って視線やページの移動が伴うので面倒くさい!電子書籍ではこんな風に表示されるといいよね」というアイディアから、ポップアップ型の脚注機能が追加され、その後に続く作品でも利用可能になっています。 
 

 
決済はApple IDによるものだけを採用している。「クレジットカード情報の入力など手間が掛からないことが大事」と加藤氏。
 
本棚アプリ「ダイヤモンドブックス」では、本棚の本に引いたマーカーを一覧表示させ、そこからそのページにジャンプしたり、気になるフレーズをTwitterにつぶやけるなど、単なる本棚を越えた機能を備えています。おそらくいま世界で一番進化しているアプリじゃないかと自負してます(笑)。
 

 
こちらもダイヤモンド社だけでなく、大和書房・PHPと共同で中谷彰宏文庫と銘打って、著者ごとの
「全集アプリ」も展開中です。先ほどのニッチな商品というところとも関連しますが、収録点数が多ければたとえば研究者向けの10万円の全集アプリというのも珍しくなくなっていくのではないでしょうか?仮に1000セット売れれば1億円の売上げになるのですから。
 
――加藤さんは以前はアスキーにおられましたが、独自リーダーや本棚アプリの開発に至った経緯などと、これまでの経験が関連していたりするのでしょうか? 
 
加藤:はい。実は学生のころからLinuxの開発者メーリングリストにも参加するなど、開発に携わるのは大好きなんですよ。それが高じてアスキーに入ったんですけれど(笑)。そこで学んだことは、著者の方と同じように「技術者はクリエーター・アーティストなんだ」ということですね。そういう発想で技術者の方とは向き合っています。
 
DReaderを一緒に作り上げて頂いた高山さんとも、実はそういう形で仕事が進められるような契約を交わしています。そのため、機能追加も非常にスムーズにお互いが当事者意識とモチベーションをもって取り組める形になっていると思いますね。打ち合わせで、「それ良いね、欲しいよね」となったら、その場でプログラムを組み始めるということも珍しくありません(笑)
 
とはいえ、ビューワーの開発もだいぶ落ち着いてきましたので、先ほど触れた「電子書籍からの新作」にも取り組んで生きたいと考えています。わたしはこれからは本は電子から生まれるのが主流になるはずだと思っているくらいなので。部数の制約無く、面白そうだったら直ぐに動けますし。その上で『もしドラ』のように紙の本も売れていくような相乗効果も期待できるはずです。