目と爪しか見えない少女と会話が成立する驚き――何かがやってくることを待っていた/住野よる『この気持ちもいつか忘れる』④

文芸・カルチャー

更新日:2020/9/24

この気持ちもいつか忘れる CD付・先行限定版

著:
出版社:
新潮社
発売日:

平凡な日常に退屈し、周囲や家族とも適度な距離をとって生きるカヤ。16歳になった直後、深夜の人気のないバス停で、爪と目しか見えない少女と出会う。日常に訪れた「特別」に喜び、真夜中の邂逅を重ねるうち、カヤたちはあることに気づき――。
『君の膵臓をたべたい』の著者・住野よる氏の新作『この気持ちもいつか忘れる』(新潮社)は、氏が敬愛するバンド・THE BACK HORNと、構想段階から打ち合わせを重ね、創作の過程を共有し執筆したという作品。
「小説家×ミュージシャン」という史上初のコラボ作品を、全5回で試し読み配信。

この気持ちもいつか忘れる
『この気持ちもいつか忘れる』(住野よる/新潮社)

 恐れ、悩んでいて、しかし結論はふいに出た。

 馬鹿か。

 自分はなんて間抜けなんだ。

 悩むようなことじゃない。

 やるべきことは一つしかない。

 毎日、自分が何を考えていたのかに思い至る。

 待っていたはずだ。

 毎晩毎晩、こんな寂れたバス停に来ては、何かがやってくることを、つまらない自分に反吐(へど)が出ながら、待っていたんだ。

 それが予告もなく突然起こった。それだけ。

 せめて、何が起こっているのかを確認するんだ。それもせずに、今ここを出て、後悔しながら先を生きて何になる。

 息をもう一回大きく吸って、同じ分だけ吐き出した。

 恐ろしい想像も十分にしながらだった。正直、足がすくんでいた。ゆっくりと、相手に感づかれないような慎重さを持って、振り向く。

 闇の中。

 人らしきものは、いなかった。

 動物らしきものも。

 ただ、そこに、何かがあった。何か、分からなかった。

 凝視する。

 暗闇の中、淡く緑色に光る小さな物体が、浮いていた。

 この待合室の中に、何かを照らす光源はない。だからつまり、自ら光を放つ何かが浮いていた。

 ベンチの上、数十センチのところに二つ。ベンチの座る部分から少し上に、十。地面近くに、九、いや、二つは重なっているようにも見える、それならこちらも十。

 上の二つと、他の二十は、形が違う。動きも違っている。上の二つはなんだろう、楕円形(だえんけい)に近い。アーモンドのような形をしていて、並んだそれらは時々同時に消える。他のものはというと、少し小さく丸い。それらはもぞもぞと規則正しい虫のように動く。

 こいつらが、言葉を発したのだろうか。

 見ていても、小さな光が危害を加えてくる様子はなかった。勇気を出して、それらに近づいてみる。

「どうしたの?」

 また、同じ声が聞こえてきて、全身の皮膚がざわめく。

 進めかけた足を止める。声は、正面から聞こえてきていた。明らかに、俺の行動に対して発せられた言葉だった。

 意味のある言葉を投げかけてきている。会話、出来るのか?

 ごくりと唾を飲み込んで、声を、こちらからかけてみることにした。

 言葉に迷う。

「誰の、声だ」

 俺が声を発したことに対する反応があった。人が息を吸う時の音が聞こえた。それから二十の小さな丸がもぞもぞと動いて、上部の十は少しだけ位置を上に移して並び順を変えた。高いところにある二つは、先ほどより大きくなり、楕円形から真円に近付いていた。

「どうして?」

 女性の声が、驚いているように聞こえた。上の二つが、信号機の点滅のような頻度で消えたり現れたりを繰り返す。

 疑問の意味が分からずに黙るしかなくなると、再度息を吸う音が聞こえた。

「私の声が、聞こえる?」

「……聞こえる」

 上の二つが、また大きくなる。小さな二十のうち、上部にあった十、その半分が上の二つに近づいていき、縦に並んだ。

「どうして、突然」

 声と共に、上の二つがまた何度か点滅を繰り返す。パチパチと。

 パチパチ。

「あなたは、生きてるの?」

「い、生きてるけど、そっちは」

「まだ、生きてる」

 会話が成立する。

 生きてるかどうかを訊いてくるということは、こちらを幽霊だと思っているのだろうか。一方、光だけでは、声を出している奴が生物なのかどうかなんて分かるわけないが、曰(いわ)く、相手も生きているらしい。

 仮に、何かしらの生命体なのだと考えて質問してみる。

「どこにいるんだ?」

「どこって」

 ここに。と、その声は答えた。だから、どこに?

「その、虫かなんかなのか?」

「虫? 人だよ」

 どう見ても、人には見えない。ぞろぞろと、光が連なって揺れている。

「人には、見えない」

 正直に伝えると、少しの沈黙があった。不愉快に思わせたのかと思ったが、考えていたようだった。

「私には、あなたは人に見えるけど」

「人だ」

「あなたに私は、どう見えてるの?」

 説明してやる。俺に見えているものをそのまんま。俺の胸くらいの高さに二つの楕円形の光、ベンチの座る部分より少し上に小さな連なる光が十、地面近くに同じようなものが十。

「なるほど」

 どういう反応が返ってくるものか、予想も出来なかったのだけど、納得するような声が聞こえた。そうして上の二つが、同じタイミングで縦に揺れる。

「あなたが見ているのは、私の目と爪だよ」

「目と、爪?」

 突拍子もない回答に、思わず息を飲んだ。

 再び、凝視してみる。

 言われてみて、よく見れば、上の二つには、光の中に層があるような気もしてくる。白目と黒目のように。

 時々消えるのは瞬き? 大きくなるのは見開いているから?

 さっきの縦の揺れは頷(うなず)きか。

 爪、は、十ずつあるのが手と、足?

 目と爪だと仮定すれば、その他の部分が闇の中に透けているということだ。体勢としては座っているということだろうか。

 透明人間、ということかと、思った。しかしそれを伝えると、すぐに「普通の人だよ」というレスポンスがあった。どこがだ。どこが、普通なんだ。そもそも本当に人なのかも分からない。

<第5回に続く>

この記事で紹介した書籍ほか

この気持ちもいつか忘れる CD付・先行限定版

著:
出版社:
新潮社
発売日:
ISBN:
9784103508328