「まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍」 【第17回】cakes(ケイクス)でコンテンツのネット購買をとことん考えた

更新日:2013/8/14

cakes=コンテンツプラットフォーム

まつもと :そのモデルを出版社でやろうというお考えはなかったのですか?

加藤 :こういうビジネスは出版社とは違う主体がやったほうがいいだろうなというのはあります。いろんな出版社と一緒に仕事をしていく必要がありますから。

まつもと :出版社同士ってライバルでもあるわけですからね。

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加藤 :あとやっぱり、既存の流通を考えるとコンテンツの値付けとかも難しいんですよね。定額制をはじめとするWebに特化した取り組みをフルパワーでやるなら、今のやりかたがいいんじゃないかなと思いました。

まつもと :cakesなら、ボーン・デジタル(生まれながらのデジタル情報)を扱うから、そういったしがらみを考えなくてもいい?

加藤 :考えなくても良いというのは誰がですか?

まつもと :cakesや、そこにコンテンツを提供する人達が、ですね。

加藤 :なるほど。実際は、既存の本とも絡む部分も多いのですが、cakesにコンテンツを出していただく時点ではたしかにそうですね。cakes自体は全体の売上げの60%を原資に、各コンテンツの「PVシェア」と私たちが読んでいる指数に応じてそれを分配するモデルです。だから、何を載せてもいいと思っています。cakes自体はコンテンツプラットフォームで、僕自身もいろんな人にコンテンツをそこに載せていただいてメディアを運営します。

加藤 :さらに、メディアアグリゲーションという領域で、出版社のコンテンツをここに出しませんか、というお願いをしているところなんです。たとえば雑誌で――かべさんはもともとは雑誌の編集をされていたんですよね?

かべ :はい、やっていました。

加藤 :雑誌ってすごく一生懸命に作るのに1週間とか1ヶ月とかでなくなってしまうじゃないですか。すごくもったいなくないですか?

かべ :たしかに!

加藤 :だったらWebに出したらいいじゃないかなって。さっき言ったように短いコンテンツとしてとてもWebにふさわしいものですから。そのマネタイズの場としてcakesを活用しませんか、という提案もしています。

まつもと :雑誌社のサイトで記事を掲載するということはやってますが、それとの違いはやっぱりマネタイズという面だということですね。

加藤 :そうですね。基本宣伝のために無料で記事を公開しているところがほとんどですし、広告ではあまり利益があがらないんですよね。いまWebの世界には極論すれば「企業が宣伝のために運営しているサイト」と「個人が趣味あるいはその延長線上でやっているサイト」の2種類しかない。つまり、プロが本気で作ったものを「売る」場所がないんですよね。コンテンツにはいろんな種類があっていいし、僕自身もフリーの考え方もWebにおいて重要だと理解していますが、宣伝と趣味の間、本来真ん中にあるべき売り場がないというかなり特殊な状況にいまのWebはあると一方では思うわけです。

まつもと :いままでいろんな人がそこに売り場を作ろうとチャレンジしてきました。それこそ、新聞社も世界的にWebで記事コンテンツを売るために苦心しています。一方で、少し前にはコンテンツの少額決済を瞬時に用意できるGumroadも話題を集めたことも思い出されます。でも、それらは多くの人に使われるには至っていませんね。

加藤 :Gumroadはおもしろい仕組みですが、マーケティングの機能を備えていませんね。津田(大介)さんや佐々木(俊尚)さんなら自分でできるかもしれないけれど、限界はあります。新聞社の取り組みもかかるコストを考えるとなかなか難しい面がありますね。ネット版の申し込みに10ステップ以上必要だったり――cakesは2ステップですが――とWebの利便性にはまだ遠いかなという感じもします。たぶん、コンテンツの当事者が最適解を提供するのはなかなか大変なんだろうなと、経験上思いますね。
例えばcakesで雑誌のコンテンツをご提供いただくことで、宣伝もできるしマネタイズも行えるわけです。同じことは実は本でも行えると思っています。すでにいくつかの出版社さんに参加いただくことが決まっていて、過去に出た本の内容を連載しませんか、という話をしているんですよ。

cakesのコンテンツ画面。広告なしですっきりしており、ページ送りもなく内容に集中できる

まつもと :お、それはいいですね。僕もやりたいかもです(笑)。

加藤 :よろしければぜひ(笑)。ダイジェストとか、連載しながら著者インタビューを交えつつ、新作のPRへ繋げていくということも可能だと思います。いろんな活用ができるはずです。先ほど言った既存の本と絡む部分もあるというのはそういう意味です。

まつもと :なるほど。

加藤 :cakesで連載したコンテンツを本にする、という話もすでにいくつかあります。書き下ろしで1冊の本を書くのって、著者も編集者も大変なんですよね。

まつもと :大変です。

加藤 :下手をすると何年もかかったりしますからね。それを週1回で〆切を設けて、そこに読者からの反応もあるかもしれないし、場合によっては儲かるかもしれない。マーケティングの機会にもなるわけです。

細分化する嗜好に応じたリコメンドを

まつもと :従来のWeb媒体でもそういう場はあったわけですが、それとの違いは?

加藤 :まずひとつは、単純におカネが儲かるかも、という部分。従来のWebでも原稿料があったりする場合もあるとは思いますが、うまくいくとそれより多くなる可能性もある。もうひとつ大きな違いは、集まっている読者ですね。

まつもと :ああ、なるほど。媒体固定の読者ではなくて、もう少し広く、お金を払って読み物を楽しみたいという人達が集まっているということですね。そういう人達が自分のコンテンツにアクセスしてくれる可能性がある。

加藤 :そうです。コンテンツっていまどんどん読者がセグメント化されていっていますよね。BLなんかが顕著ですが、ほんとに細分化されている。そして、ひとつひとつのコンテンツ自体はコンパクトになってきてますから、読者への届けかたがどんどん難しくなっているんです。『もしドラ』の時も、媒体や読者毎にコピーや打ち出し方を変えてマーケティングを行う必要がありました。
cakesではコンテンツがアルゴリズムによって、それぞれの人に応じて自動的にソート(並び替え)されるようになっているんです。

しかもよく見られるコンテンツほど枠が大きく表示されます。クリックしたらどれも拡げてみることができるんですが。

かべ :おおー。

まつもと :個人ごとにクリック数を見ているということですか?

加藤 :見ています。自分の好きなコンテンツ――それもまだ読んでいないけど好きだろうものが上に来るようになっています。それを読むことでさらに嗜好が学習されていって、自分に合ったトップページになるようになっています。読者にとっては「好きなものを素早く読むことができる」、そしてクリエイター側には「コンテンツを届けるべき読者に届く」というメリットがあります。

まつもと :多くの電子書店ではランキングがまず表示されますけど、ずいぶん違った印象を受けます。

加藤 :そうですね。でもそうするとやっぱりランキング上位や新着のものばっかり読まれるというということになってしまう。アルゴリズムは統計学者から提供を受けたものを使っていて、今後もカスタマイズしながら磨きをかけていこうと思います。

まつもと :最近の傾向だとストアをソーシャル化して、ユーザーの集合体の関心(インタレストグラフ)を使ってリコメンドをしようという動きもありますけど、そういうものではないということですね?

加藤 :ソーシャルグラフは、現時点ではあえて使っていないんですよ。コンテンツの好みにソーシャルグラフはそぐわないなと思っているんです。例えば分かりやすいところではアダルトコンテンツとかを、クリックしづらくなっちゃうじゃないですか(笑)。

かべ :たしかに(笑)。

加藤 :たとえばFacebookでみなが「いいね!」しているものって、ホントに好きで押しているとは限らなくて、ある意味「賢そうに見える」ものだったりしますよね。

まつもと :分かります(笑)。

かべ :つきあいで、とか(笑)。

加藤 :実はサイトのほうもFacebookログインの機能をつけようかと考えた時期もあるのですが、まだソーシャルからは完全に分離したほうがいいなと思い直して外したんです。もしかして将来はあるかも知れないけれど、いまは少なくともみんなそういう「気分」じゃないよな、と。

まつもと :そうですね。武雄市の図書館問題などを見ていてもそう思います。

加藤 :みんなが自分の趣味嗜好を適切にソーシャルグラフで共有するのが一般的になればまた別ですけど、現状はね。でも個人のベースでもこんな風にきれいにソートされますから。

さらに、マーケティングという観点からは、クリエイター側の2つめの収益源でもあるのですが、「マーケティングフィー」というものも用意しています。

先ほど、『もしドラ』でもさまざまなマーケティングにかかわったという話をしましたが、市場がセグメント化されてくると、コンテンツを誰よりも熟知している編集者や著者といったクリエイターがマーケティングに深くかかわる必要が出てきます。セグメント化された顧客のそれぞれに対して、別々のトーン&マナーで対話しなくてはいけないためです。

まつもと :わかります。本の隅々まで、それこそそれが生まれる企画の過程までを体験していないと難しいと思います。

加藤 :そういう経験もあって、当事者たちが宣伝するしかない。であれば機能としてビルトインしようと思ったわけです。具体的には、cakesではクリエイターは、宣伝したいコンテンツに対してユニークなURLを生成できます。それを使ってTwitter等で宣伝し、そこからユーザーがコンテンツを購読すればそれに応じた配分が、先ほどの60%を原資にした配分に加えて(別枠で)行われるという仕組みです。

かべ :ふむふむ。アフィリエイトみたいな感じですね。

加藤 :ただ、そういう著者がつぶやいたリンクをクリックした記事を見ると、記事の途中で「有料です」と表示されたりしたら、イラッとしますよね(笑)。

まつもと :しますね。

加藤 :リンクをクリックしてくれるのは著者のロイヤルカスタマーなんですよね。その方たちにこれが表示されてしまう、となると、ちょっと躊躇してしまうクリエイターが多いはずです。僕は経済学の「インセンティブ・コンパチブル」という考え方が好きなんですが、著者自身がそのURLを使ってTwitterなどに投稿を行いたくなるし、それを見た読者もRTしたくなるようにならないとこのマーケティングは成功しません。

まつもと :といいますと?

加藤 :すみません。詳細はオープン後にくわしくお伝えしますが、無料で「ちら見せ」したりするのが便利にできるようになっているんです。

まつもと :ほうほう。気になります。

加藤 :著者は読者へのサービスとしてURLをつぶやくことができて、それを見た人も、他の人に有益な情報としてシェアしたくなるような、そんな仕組みです。有料サイトだからこそ、こういうものが必要だと思うんです。
僕はシステムっていうのは、インセンティブが最適化されているほうがよいと思っていて、cakesを週ごとの契約単位にしたのもそれが理由なんです。月単位だと、初月無料という形がよくとられますが、そうすると「月末より月初に入った方が得だな」となってインセンティブが歪んでしまうんですよね。やっぱり読みたい! と思ったときに入ってもらいたいですから。

かべ :たしかに私、「来月頭に入ろっと」って思ってそのまま忘れちゃうことあります(笑)。