時代を行き来する物語がもたらす、切なさとやるせなさの正体『発現』/佐藤日向の#砂糖図書館㉕

アニメ

公開日:2021/9/4

佐藤日向

みなさんは、子どもの頃の記憶が突然フラッシュバックすることはないだろうか。

子どもの頃の記憶でなくても、幼少の頃に経験した、特段印象的というわけではない日常の思い出を「あ、なんだかこの景色見たことある」とふとした瞬間に思い出すことがある。

だが、こうしてなんでもない日常を思い出せることこそが、何にも変え難い幸せなのだろう。今回紹介する阿部智里さんの『発現』という作品は、そういった感情を今の私の心に強く残していった。

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本作は昭和40年と平成30年、2つの時代を行き来しながらも共通して「彼岸花と死体の少女」が突然見えるようになった家族の様子を描いている。戦争のある世の中とない世の中での世間の評価や、推奨される生き方の違い、2つの時代を行き来するからこそ見えてくる、時代の変化によって生まれる人々の葛藤。それらのぐちゃぐちゃした想いが「トラウマ」という形で次世代へと”発現”していく様子に、不気味さだけでなく、切なさとやるせなさを感じた。

本作がやるせなさを感じさせる1番の理由は、「昭和40年」のパートに登場する、自殺した主人公の兄が感じていた劣等感や罪悪感、そして「自分は悪くない。むしろ感謝される行為だったはずだ」と思い込もうとする入り乱れた感情が、「誰にでも起こりうる出来事」という形で丁寧に書き記されていたからだ。きっと、強い想いというのは、時代さえも越えて残り続けていくのだろう。

あえて本作をジャンル分けしようとするとホラーやオカルトになるのかもしれないが、様々なテーマや思考の種が随所に散りばめられているため、ただのホラーと思って購入した私には、読了後重く響いた。

特に印象的だったのは、本編の後に記載されてる作者の阿部智里さんと中島京子さんの対談で語られていた、阿部さんの言葉だ。
「人間は自分が他者に嫌なことをされた時、それを語ることはするけれど、自分が他者に嫌な行為をしてしまったことを語る時には、どうしても口が重たくなると思うんです」

この言葉を見て、思わずヒヤッとした。他者から受けた嫌な行為は周りに話せるし、長い時間を経ても覚えている。だが、自分が他者に嫌な行為をしてしまった場合、何故そんなことをしてしまったのかという気持ちと、自分は正しかったと正当化する気持ち、そしていつか周りにバレて責められるのではないかと気にしてしまい、延々と心の中に燻っていることがあると思う。

きっと、本作に登場する幻覚を見た人たちも、こういった感情から派生して、幻覚が見えるようになってしまったのかもしれない。だからこそ「誰にでも起こりうる出来事」のように書かれていた、と感じたのだろう。

私がもし本作を10代の頃に読んでいたら、受け取り方が違っていたと思うし、逆に30代になって読んだら、また感覚が変わると思う。貴方がどんな風に本作で感じるか、是非手に取って体感して欲しい。

さとう・ひなた
12月23日、新潟県生まれ。2010年12月、アイドルユニット「さくら学院」のメンバーとして、メジャーデビュー。2014年3月に卒業後、声優としての活動をスタート。TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(鹿角理亞役)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(星見純那役)のほか、映像、舞台でも活躍中。