「私を救って」 母に怯え恋人に救いを求めたら…山本文緒が描く家族の闇

暮らし

2018/5/14

『群青の夜の羽毛布(角川文庫)』(山本文緒/KADOKAWA)

 家庭問題は、家族の心を殺していく。『群青の夜の羽毛布(角川文庫)』(山本文緒/KADOKAWA)は、そんな思いを抱かせる愛憎小説だ。本書には毒母と娘の奇妙な親子関係がリアルに描かれている。

 物語の主人公であるさとるは24歳になっても門限があり、何があっても夜10時までには家に帰らなければならない。そんな家族ルールを打ち明けられた恋人の鉄男は「どうして守っているの?」と尋ねる。

 本書内に描かれているこのような独自のルールは、現実でも毒親によって設けられていることが多いため、とてもリアリティーがある。実際に、毒親に育てられた筆者の家でも門限は夜10時であった。9時30分を過ぎると鳴り響く、けたたましい携帯の着信音と何通も送られてくる帰宅の催促メールは、ふとした瞬間に蘇ってくることがある。そして、結婚をし、親と距離が置けるようになった今でも、帰宅が遅くなると、誰かに怒られるかもしれないという言いようのない不安感が胸にこみ上げてくることもあるのだ。

 また、毒親の呪縛に縛られている家では、他人には口外してはいけない家族の秘密を抱えていることも多い。本書の中では、家に閉じこもることで家族への復讐を果たそうとしている父親が秘密の対象として描かれている。こうした秘密は家族の妙な結束を強くし、共依存関係を作るもとにもなる。共依存している家族は、誰ひとり幸せになれないまま、家族関係を続けていかなければならない。

 築いていく形を間違えると、家族は大きなしがらみのように感じられてしまうものだ。本書のような家族を作ってしまう可能性は誰にでもある。だからこそ、家族のボタンを掛け間違えないよう、心のコミュニケーションをとっていく必要があるのだ。

■恋愛と共依存は別物

 本書には、さとると鉄男の恋愛模様も描かれている。お互いを強く思い合うふたりの恋愛は、一見とても美しく見えるが、ふたりの関係は恋愛というよりも、共依存だ。

 鉄男はどこにでもいる普通の大学生のように見えるが、故郷で自分の帰りを待つ母親を嫌いながらも、見捨てられずにいる。自分では何もできない母親を甘い人間だと疎みながらも、心のどこかでは、自分が力になってやらないとダメだと思っているのだ。そして、母親に抱いているのと同じような気持ちをさとるに対しても持っており、自分が支えてあげなければいけないと感じている。共依存の毒親がいる家庭で育った鉄男は無意識のうちに、共依存の連鎖を続けようとしているのだ。

 一方、さとるは家族からの呪縛を逃れるため、鉄男を求めている。さとるが理想とする恋人は、自分を見捨てないでいてくれる相手なのだ。本書の中で何度も描かれる“この人なら私を救ってくれるのではないだろうか”というさとるの想いは、恋愛感情というよりも、依存心に近い。

 人を好きになると相手のために何かをしてあげたいという気持ちが込み上げてくる。しかし、こうしたときは、その気持ちの正体が愛なのか依存心なのかを区別することが大切なのではないだろうか。依存心から始める恋愛は、お互いの心を傷つけ、新たな傷を生み出してしまうだけだ。

 さらに、パートナーへの依存心は些細なことがきっかけで、憎悪に変わってしまうこともある。自分の心を喜ばせてくれるような相手は何にも代えられないほど、大切な存在のように思える。しかし、依存心から始めた恋は相手よりも自分自身が大切であるため、望みが叶えられないと、愛情が憎悪に変わってしまうのだ。

 鉄男とさとるの恋は、まだ始まったばかりだ。この恋は、出会って間もないのに結婚の約束を果たしてしまうような危うさを秘めている。だからこそ、彼らが依存心を捨て、裸の心で相手のことを愛せるような日が来ることを願いたくなる。

 家族の正しさや愛の深さを計るのは、不可能に近い。明確な基準がないため、正しい形が分からなくなり、人生に迷ってしまうこともあるだろう。そんなときは、自分が誰のための人生を歩んでいるのかと今一度、考えてみてほしい。自分の人生の舵をとれるのは、自分自身だけなのだ。

文=古川諭香