【第3回】「セルフパブリッシング」って儲かるの?――『限界集落(ギリギリ)温泉』の著者・鈴木みそさんに聞いてみた!

更新日:2014/3/6

 「電子書籍」と一言にいっても、いろいろな種類があります。インプレスさんでは「ボーンデジタル」という、最初から電子書籍として作られる本をプロデュースしていくことが語られました。電子書籍にあったボリューム感やテーマを模索する動きは、その後、角川グループが開始したミニッツブックにも通じるものがあります。

 一方、著者自ら電子書籍を出版する「セルフパブリッシング」も本格化しています。アマゾンのKindleにおけるKDP(Kindle Direct Publishing)のように、これまでの自費出版よりも格段に簡単に本を出版できる仕組みが整ってきたからです。

 そこで今回は、このKDPを使って『限界集落(ギリギリ)温泉』というマンガ作品を販売し、大きな成果を上げている鈴木みそ先生にインタビュー。初公開となる次回作のラフもご紹介いただきました!

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紙と電子で値段が違う『限界集落(ギリギリ)温泉』

鈴木みそ
すずき・みそ●漫画家。1963年静岡県下田市出身。美術予備校時代から、編集プロダクションのライターとして雑誌作りに関わる。ゲーム雑誌などで、ゲーム攻略、記事、コラム、イラスト、をこなす。東京芸大油絵科除籍後、多忙すぎるプロダクションから独立。漫画を描く。

――電子書籍についておうかがいする前に、みそ先生と電子、デジタルの関わりについて教えてください。

みそ: もともとゲーム業界出身だったこともあり、Macを使ってイラストやマンガを描いたり、データで入稿するということをかなり早くから行っていました。1999年にアスキーから出版された『おとなのしくみ』の2巻がその最初だったと思います。

――それはかなり早いですね。

みそ: 僕自身が美大出身ということもあり、紙に描くのは好きなんですけど、でも、コンピューターを使うことでそれを上回るメリットがある。タッチ(書き心地)=描き手の喜びは圧倒的に紙がいいんですが、その後のカラー処理(塗り)はデジタルに軍配が上がるんですね。色を重ねても濁らないし、スクリーントーンやグラデーションも自由自在。しかも処理が早い! そうすると、これまでアシスタントを雇わないと間に合わなかった作業も1人でできてしまう。人件費でパソコン買えちゃいますからね(笑)。

――なるほど。制作コストにも大きく影響しますね。もう元には戻れない?

みそ: 実は次回作では敢えて戻してみようかなとも思っているんですけどね。デジタル化でコストは下げられるんですけど、アシスタントの人に「ここ、こんな風に」とお願いするだけで背景を描き上げてくれるのはやっぱりラク。そんな便利なパソコンはまだありませんから(笑)。原稿料がすべてアシスタントさんの人件費に消えてしまっても、その分、単行本を早く出すことができれば――。

――単行本がたくさん売れることが見込める、いわゆる大御所なら、それでOKということですよね。

みそ: そうんなんです。逆に単行本の部数が10万部前後、月刊誌に連載1本くらいになっちゃうと1人でやれるし、逆にそうしないと原稿料で食べていくことができない、ということになります。このあたりは、その次回作で詳しく掘り下げようと思っているんですよ。

中身は同じでも紙と電子でこれだけ違う

――気になる次回作のお話は後ほどじっくり……。今回まずお話をうかがう『限界集落(ギリギリ)温泉』――廃業寸前の温泉宿を、会社から逃げてきた元ゲームデザイナーが機転を利かせて再興していく――という奇想天外な物語ですが、紙の本が693円なのに対して電子書籍の第1巻が100円という価格設定にも驚かされました。紙の本はエンターブレインさんが出版社で、電子書籍は鈴木みそさん自身が出版元となっていますが、こうなった経緯を教えてください。

みそ: ネットで「電子書籍の出版の権利は(出版社との契約にその定めがない限り)作者にある」と知ったのがきっかけですね。「だったら僕もやってみたい」と。

 最初は全然売れなかった。でも、iPadが登場した時に、“自炊”した僕の作品をiPadに表示して見せてくれた人がいて、「読める! しかも綺麗!」と衝撃を受けたんです。「これは絶対みんな電子で読むようになるぞ」と確信しました。iBookstoreはなかなか日本でオープンしませんでしたけれど(笑)。

 実際に、日本でKindleがスタートする以前は、アプリで電子書籍を発売してもやっぱりほとんど売れないし、振り込みを受けるためには海外送金の手続きが必要だったりで、現実的ではなかった。だから私を含めて多くの作家が様子を見ていたんですね。

 でも5年後、10年後に自分の作品が紙の本で買って読まれる未来を想像することもできないわけです。そのためにはハードが普及し、電子書籍を気軽に買えるサービスが整う必要がある。海外の状況を見ても、それを実現するのはやっぱりアマゾンかなと考えていました。

――そちらもずいぶんと待たされました。

みそ: そうなんですよ(笑)。セルフパブリッシングを実現するKDPも、当初は支払いが30%で「数が出ないだろうに、それじゃなあ」と思ってたんです。そうしたら、意外と早く日本でも70%の設定も選べるようになった(注:70%の料率を選ぶためには、Kindleでの独占販売とするなど幾つか条件がある)。じゃあ、試しにやってみようと。

――価格と料率、重要ですね。

みそ: すごく重要です。『限界集落(ギリギリ)温泉』は全4巻構成ということもあり、1巻を読んでもらえさえすれば、残りは買ってもらえる――全部買っても1300円ですから、大人買いしてもらえる、と踏んだんです(笑)。個人的にも本屋さんで買うならともかく、デジタルデータを買うのにこの値段は高いなあと思っていましたから。有料アプリだって、いまは100円程度も珍しくないわけで。ホントは1巻は無料でも良いかなと思っていたくらいなんですけれど、Kindleではそれはできないんですよね。それと、100円だと料率が30%(残りの3巻は70%)になってしまうんですが、これで行こうと決心して。

――KDPに注目が集まっていた時期でもあり、『限界集落(ギリギリ)温泉』はKindleストアのランキングで1位になりました。

みそ: そうですね。それまでの実績からも目標はトータル100冊、まあ1000冊行けば御の字かと思っていたのですが、このまま行けば今年末には5万部くらいになりそうです。以前では考えられない数字です。

 最初の3日間で100人くらいの方が買ってくれて、それで一気に30位前後にランクインしたんですね。そうするとKindleのランキングを自動投稿するTwitterのbotなども反応しはじめる。その後さらに3-4日でベスト10に入り、それをブログにからめたところ、その記事をツイートしてくれた方が結構いてくれてベスト4に入った。そこから1週間で1位に。そうするとKindleアプリを起動したときに表示されるようになる。その後、2巻以降も順位がどんどん上がって、1位~4位までを『限界集落(ギリギリ)温泉』が独占、という日も続きました。

 ランキング1位だと1日あたり最大で600冊くらいは売れます。それくらいランキングの効果は高い。逆に言えば、ランキング上位に入らないと相当厳しい。私がゲーム業界出身で、アプリを販売している友人から聞く話と通じるものがあります。僕がラッキーだったのはタイミングもあって、大手出版社の大型タイトルがKindleに大量投入される前に参入できたことですね。現在もランキングは総じて高めです。『限界集落(ギリギリ)温泉』を通じて「鈴木みそ」がブランド化できた可能性もありますが、紙で強い本だからといってネットで強いという訳ではない、という面もあるかと。

 とにかくエキサイティングで、アマゾンからは週次でしかレポートが来ないもんですから、毎日毎晩ランキングをちまちまメモしていたんですよ(笑)。今ではランキング何位だと何冊売れているかがおおよそわかりますので、第1巻の100円×部数×30%、残りの巻は400円×部数×70%――残りの巻は1巻あたりの売れる数は減るのですが、3巻あるし、単価と料率が高いから、やはりこちらが大きい――とかけ算、足し算して、「おお! 今日は30万円分売れた!」とか、もう信じられない(笑)。