丸の内 国際ビルが2025年3月閉館。池井戸潤、恩田陸、川村元気、宮部みゆきが書き下ろした非売品の閉館記念小冊子『国際ビルの物語』を限定配布

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/2/28

『国際ビルの物語』池井戸潤恩田陸川村元気宮部みゆき/水鈴社)

 東京・日比谷通りに面したそのビルは、皇居の堀にその姿を長きにわたり映してきた。1966年の竣工以来、丸の内を行き交うビジネスパーソンたち、観光やショッピングに来た人たちから親しまれてきた国際ビルが2025年、建て替えのために閉館する。

 演劇好きの人にとっては帝国劇場の入った「帝劇ビル」と言えば、その外観が眼裏に浮かんでくるかもしれない。隣接という形を取りながら、表からはひとつのビルに見える「帝劇ビル」と「国際ビル」は一体的計画で建て替えられる。およそ60年もの間、この場所で人々が行き交い、語らい、楽しむさまを見つめてきたビルには、訪れた人たちの記憶や思い出がきっと蓄積している。そのなかにはベストセラーを生み出してきた作家たちのものも――。

 池井戸潤恩田陸川村元気宮部みゆき。今の時代を代表する作家たちが、「ビルの最後の記念に」と著したエッセイ、掌編を書き下ろした冊子『国際ビルの物語』(水鈴社※非売品)が、3月6日(木)より国際ビル1階のエントランスホールで無料配布される(無くなり次第、配布終了)。

advertisement
『国際ビルの物語』より

「奈落はそこにある」と題された池井戸潤のエッセイは、帝国劇場に日本最大級の奈落がある、と聞いた著者が、その“奈落”を訪ねたときの話が綴られている。24メートルもある奈落はなぜつくられたのか? そんな謎を自身の足と目でひもときつつ、著者の思いが巡っていくのは国際ビルの地下にある飲食店街。昭和の面影を色濃く残すそこは、昔も今も仕事帰りの人々の憩いの場所。そのなかには池井戸作品に描かれた人物の姿に奮い立ち、ビールジョッキを掲げた人たちも大勢いたことだろう。エッセイをしめくくるひと言には著者ならではの観念が投影されている。

 恩田陸が綴ったエッセイ「丸の内に駆け込んでいた頃」は、近隣の生命保険会社に勤めていたOL時代の思い出から始まり、「ビル好き」と語る著者が、「国際ビル」のここかしこで見ることのできる美しい意匠について愛惜を以て語りゆく。冊子の写真にも収められた、ゆったりとしたらせん階段、なめらかな手すりのカーブ、目を見張るガラスブロックやタイル……。建築当時の時代背景、それを作りだした職人たちの気概に馳せる思いを映した文章からは“変わりゆくものと変わらないもの”が紡ぎ出される。

『国際ビルの物語』より

 そして国際ビルと同年代の執筆陣のなか、ひとり後の世代に生まれた川村元気の掌編小説「お向かいの私たち」では、そのビルで働く人々の姿がポップに描きだされていく。国際ビルで勤務する彼女と、丸の内仲通りを挟んだ新国際ビルで働く“私”。二人は幼い頃、東京郊外の団地で向かい合った棟に住んでいた幼なじみだ。目と鼻の先で働いているのに、二人が会うのは年に一度か二度。会うのはいつも国際ビルの地下にあるトルコ料理屋。そして彼女から「会おうよ」とLINEが来るのは決まって、“私”が“シンドイなあとなった時”。そんななか“私”は国際ビルの閉館を知ることになる。そこで“私”が取った行動とは……。当たり前にあったものが突然なくなってしまう。そんな瞬間に人から溢れ出す思いがみずみずしく捉えられていく。

 ラストを飾る一篇、宮部みゆきの掌編小説「野バラ咲いてる」は、18歳のとき初めて母に連れられて行った帝国劇場『ラ・マンチャの男』の記憶がメールの文章のなかに綴られていく。何十回となく帝劇で観た「ラ・マンチャ」。けれどちょうど10年前、この場所で起きた偶然が、語り手と恋人、そしてメールの宛先人の運命を変えていく。姿を消していくビル、そしてそのあとに建つ21世紀にふさわしい新しいビルの姿に思いを馳せながら、彼女が刻んでいく言葉……。それは国際ビルへのはなむけのようにも感じられる。

 冊子が配られるエントランスには、「国際ビルヂング」というプレートが掲げられている。佇んできた長き時間を彷彿とさせる仮名遣いの、このプレートが見られるのもあと少し。作家たちの思いが籠るこの一冊を手に、数多の人々に愛されてきた建造物の有終の美を心に刻んではいかがだろうか。

文=河村道子
写真=澁谷征司(閉館記念小冊子『国際ビルの物語』より)

【配布概要】
日時:2025年3月6日(木)11時~13時
場所:国際ビル 1階エントランスホールにて
東京都千代田区丸の内三丁目1番1号
※数に限りがありますので、無くなり次第配布終了します。
https://backstage.yurakucho-msd.com/moving/moving126/