ラブホテル、そこは性と生が重なりあう人生劇場――直木賞受賞の名作『ホテルローヤル』文庫版が新カバーで登場【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/12/13

ホテルローヤル(集英社文庫)
ホテルローヤル(集英社文庫)桜木紫乃/集英社)

 北海道・釧路のラブホテルを舞台に、“生きること”と“性を営むこと”がゆるやかに重なりあう瞬間を綴った連作短編集『ホテルローヤル(集英社文庫)』(桜木紫乃/集英社)。第149回直木賞を受賞し、映画化もされている著者の代表作だ。

 そもそもラブホテルという場所は、本来なら日常と距離を置きたくなる「裏側」に位置する空間だ。

 けれど本作は、その匿名性の奥に潜む生活の在りように焦点を当てている。非日常のつもりで訪れた客たちも、そこで働く人々も、実際には“日常に追い詰められた誰か”にすぎない。だからこそホテルローヤルは、彼らの人生が一瞬だけあらわになる「小さな劇場」のように機能する。

■ラブホテルを訪れる人々の性、哀しみ、死の匂い――

 そこで展開される数々の性は、決してロマンティックなものではない。

 投稿ヌード写真を撮るため廃墟となったホテルを訪れたカップル(「シャッターチャンス」)。嫁いだ寺を維持すべく檀家の男性たちと寝る住職夫人(「本日開店」)。家計のやりくりに追われる日常をいっときでも忘れたい中年夫婦(「バブルバス」)。廃業を決意したホテルオーナーと、出入りするアダルトグッズ会社の社員(「えっち屋」)など。それぞれが背負う淋しさや貧しさ、息苦しさが行間からにじんでくる。

 とりわけ印象深いのは、高校教師と女子生徒の電車の旅を描いた「せんせぇ」だ。妻の裏切りを知った教師と、親に捨てられた生徒は、ある種の共感に結びつけられて行くあてのない旅に出る。それはほとんど道行きに近く、二人が身体を繋げない分、死の匂いが立ちのぼってくる。彼らの行動が、ホテルローヤルの運命を左右することになるのだが……。

■誰かに触れたいという切実な衝動を、静かに肯定するまなざし

 人は追い詰められたときや息が詰まりそうになったとき、誰かに触れたくなる。その衝動を、著者は静かなまなざしで肯定する。性は汚れや恥ではなく、生き延びるための小さな逃げ道であり、傷ついた心をわずかでも慰めるための行為である、と。そして、そこには一抹のせつなさが漂い、読む者の胸を打つ。

 この場所で客たちは一時的にしがらみを脱ぎ捨て、性に埋没する。けれどその性交も、結局は日常で積み重なった苦しみや願いの延長線上にある。非日常を味わいたくて来たはずが、日常を思い起こさせるという皮肉。あるいはおかしみ。

 さらに、ひとつひとつの短編がホテルの“部屋”のように並んでいることで、私たちはホテルローヤルそのものの歴史や、関わる人々の人生を見わたすことになる。経営者である家族の物語、ここで働く女性たちが抱える事情、客として訪れる人々の孤独。それらが折り重なって層をなし、目には見えない、だけどたしかに存在する“ぬくもり”が感じられてくる。誰かに触れられたい、大事にされたい。もしくはただ、孤独をやり過ごしたいという切望と共に。

 ホテルローヤル。そこは生と性のあわいにあり、傷ついた人々を慰撫する空間だ。利用者だけでなく、この物語を読む私たちがいっとき忘我し、再び日常へ戻る助走をつけるための――。

 ちなみに本作は現在開催中の集英社文庫の冬のフェア「ふゆイチ」ラインナップに選ばれて、カバーが改装されている。中比良真子氏による表紙の画は、まるでホテルローヤルの客室の窓から見える景色のように荒涼として、荘厳だ。

文=皆川ちか

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