謎が解けたら、つぎの謎へ 真鍋真さんインタビュー(後編)『きみも恐竜博士だ! 真鍋先生の恐竜教室』、『鳥になった恐竜の図鑑』

文芸・カルチャー

公開日:2023/4/29

国立科学博物館(東京・上野)の「恐竜学者」として親しまれ、子ども向けの恐竜本の著作・監修・翻訳などをたくさん手がける真鍋真さん。後編では、そんな大人気の真鍋さんの特別授業から生まれた『きみも恐竜博士だ! 真鍋先生の恐竜教室』(岩波書店)についてお聞きします。また『鳥になった恐竜の図鑑』(学研)を取り上げ、“恐竜の一部は鳥へと進化した”という考え方が定説となった今、この20~30年を振り返り真鍋さんが研究の躍進をどう感じていたかを率直に伺っています。

標本を見ながら話そうよ 『きみも恐竜博士だ! 真鍋先生の恐竜教室』

きみも恐竜博士だ! 真鍋先生の恐竜教室

著:真鍋 真

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出版社からの内容紹介

大人気の真鍋真先生の実際の授業が本になりました!トリ肉で骨の標本を作ったり、現代の鳥類や爬虫類と比べたりしながら、恐竜の秘密にせまります。真鍋先生が新種「マイプ」を発掘したアルゼンチンでの調査など、最新研究も解説。恐竜が気になりはじめた人にもわかりやすく、もっと知りたい人の関心も深まる新しい入門書。

――『きみも恐竜博士だ! 真鍋先生の恐竜教室』は、子どもたちが真鍋さんの授業を体験できる本。すべての漢字にふりがなが振られ、低学年でも読めるのがいいですね。どのように生まれたのでしょうか。

『きみも恐竜博士だ! 真鍋先生の恐竜教室』より

 

恐竜好きのお子さんを持つ編集者から、「恐竜の絵本と図鑑、大人向けの読み物も充実しているけれど、絵本と図鑑をつなぐような子ども向けの読みものがなかなか見つからない。小学校低学年の子から楽しめる、新しいタイプの恐竜の読みものを作れないか」と相談されたことがきっかけです。

思いついたのは、「子どもたちに博物館の展示室に来てもらって、標本を目の前で確認しながら、何回か連続授業をして、本にまとめられないかな?」ということでした。でもちょうどその準備をしていたときに、世界的な新型コロナウィルスの流行が始まり、やむなくオンラインで参加者を募ってスタートすることになりました。

――発掘クイズ、質問コーナー、標本作りなどワクワクするものがいっぱい。鶏の骨を使った骨格標本の作り方は、なんと「手羽先・手羽中のお酢煮」「鶏もも肉のお酢煮」の料理を作るところから紹介されています。

『きみも恐竜博士だ! 真鍋先生の恐竜教室』より

 

発掘クイズのページは、編集者が砂の中に骨のフィギュアを埋めて撮影したんですよ。質問コーナーは、参加者から実際に寄せられた質問が元になっています。

標本用の料理レシピは、僕がたまたま新聞で見つけたレシピをアレンジしたものです。実際に作ってみると、酢のおかげできれいに骨から肉が離れるんですよね。しかも料理としてもおいしい(笑)。「これはいいな」と思って紹介しました。

――参加者の子たちも実際に作ったのですか。

ええ。みんながんばって、小さな骨まで標本にしてくれましたよ。実際に教室の参加者が作ってくれたものが本に掲載されているのでぜひ見てみてください。恐竜の子孫のひとつであるニワトリと、恐竜の前あし、後ろあしとどこがどう同じで違うのか……。

『きみも恐竜博士だ! 真鍋先生の恐竜教室』より

 

コロナ禍で仕方なく、次善の策としてのオンライン講義でしたが、やってみるといいこともたくさんありました。自宅から参加しているので子どもたちがリラックスしているんです。質問のときも、その子が想像していた答えじゃないと、納得できない顔を素直にみせるのが新鮮でした(笑)。大人数の講義だと、人前で質問するだけで緊張して、納得できないのに「ありがとうございました」と言って終わっちゃったりするので。

結果、インターネットでも双方向の交流ができることに気づかせてもらいました。そのうち状況が少し落ち着いてきたので、オンラインと対面のハイブリット型で授業を進め、そのライブ感が本にも再現されていると思います。

また、ちょうど南米・アルゼンチンのパタゴニアで、メガラプトル類の新種の化石を発掘してきた直後だったので、「発掘調査ってどんなことをすると思う?」「こんな苦労をして、マイプっていう新種の肉食恐竜が見つかったんだよ」という最新ニュースも紹介することができました。

マイプの発掘の様子 撮影:真鍋真

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カナダ留学で、世界の地層と化石と研究者がつながる! とワクワク

――真鍋さんは、子どもの頃から恐竜博士になりたかったのですか。

それが、そういうわけではないんです(笑)。どちらかというと東京生まれの東京育ちで、生き物にすごく興味があったとか、飼っていたとか、ましてや勉強が好きとか得意だったわけでもない。ただ旅行が好きで、海外に行きたいと思っていたので、英語は意識して勉強していたんですけどね。将来どんなふうになりたいという目標はぜんぜんなくて。

進学先の大学を決めなくちゃいけない時期なのに、何を勉強したいかが決まらない。ただ、当時の時代もあったでしょうけど、通っていた都立高校の地理や地学の先生たちが「夏休みにイギリスに行ってこんなところを見てきたよ」と楽しそうに話すのを見ていて、「将来は、僕も高校の先生になって、夏休みに海外に行ったりしてもいいかな」と思ったという不純な動機で(笑)、大学の教育学部に入ったんです。

地質学を専攻すると、そこに古生物学者の長谷川善和先生(現・群馬県立自然史博物館名誉館長)がいらっしゃって、当時は長谷川先生のもとに全国から生徒が集まっていて化石マニアみたいな同級生が何人もいたんですね。「これは敵わないな、化石(を研究テーマにするの)はやめておこう……」と思ったくらい。卒論のテーマは関東山地の形成史でした。

――なぜ大学院に進み、研究を続けることになったのですか。

大学4年生のときに1年間、カナダの大学に留学したことがきっかけです。留学先で、「関東山地の秩父のあたりは約2億4千万年から約1億年前は海で、だんだん隆起して山になったのが化石を見るとわかるんだよ」と英語で話すと、カナダのロッキー山脈の研究をしている子たちが「同じ化石が出てくるから、うちも同じだよ!」と言って、すごく盛り上がるんですね。

それは示準化石(*)というもので、世界中にある同じ種類の化石を手がかりにその地質年代を推定するもの。日本とカナダに同じものがあって当たり前なんだけど(笑)。関東の山中で地味に採取したり観察していたことが、ロッキー山脈を研究している子たちに普通に話が通じて、「同じ、同じ!」と盛り上がれたことが単純に嬉しくて。

“学問に国境はない”と言いますけど、世界中の人たちと研究の話ができる。自分の実体験として、すごく楽しかったんです。自分の世界がどんどん広がっていくと感じられたんだと思います。それでもうちょっと大学院に行って研究してみようかなあと思ったんですね。

示準化石(*):地層が堆積した地質年代を推定する手がかりになる化石。三葉虫、フズリナ、アンモナイトなど。分布が広く、個体数が多く、その種類の生存期間が短いことが重要。

 

ひとつ謎が解けたら、つぎつぎ新しい謎が出てくる

――地質研究からいつ古生物研究へ?

1980年代初め、僕自身も研究者としてかけ出しの頃は、まだ日本各地で恐竜の化石がすこし出はじめたばかりで、「日本にも恐竜がいたんだ!」という驚きが日本社会にも広がりはじめていた頃でした。大学で、長谷川先生に「恐竜、やってみない?」と声をかけられたのはその頃です。当初は就職先も心配で、「2、3年やってみようかな」という気持ちでした。

大学を卒業後、アメリカ・イェール大学理学部の修士課程に進んだのですが、ジョン・オストロム先生との出会いはとても大きかったです。オストロム先生は、鳥とデイノニクスの骨格を比較して、恐竜は完全に絶滅していない、デイノニクスみたいな恐竜がその後鳥に進化したのではないか、という「鳥類の恐竜起源説」を論文で発表した人。僕はオストロム先生の元でたくさんの化石を見て、ああでもないこうでもないと考えたり、自分で発見したりする喜びを知ることができました。その後イギリスのブリストル大学にも行って、同じく化石を観察したりいろんな人と話をしたりというのが、今につながっています。

2020年、南米で発掘調査中の真鍋さん。アルゼンチンの研究者フェルナンド・ノヴァス博士と、技官マルチェロ・イサシ氏 撮影:坂田智佐子

 

――研究者になり発掘調査をする中で、印象深い化石は何ですか。

いろいろありますが、まず思い出すのは、福井県の白亜紀前期の地層から出てきた1本の歯の化石です。小さいけれどティラノサウルス類に特徴的なD字型をしていたことから、1999年に論文で「ティラノサウルス類はアジアから始まり、だんだん白亜紀末期の北アメリカのティラノサウルス・レックスのような大型のものに進化していったのでは」と発表しました。

でもそのときはまだ、白亜紀前期のアジアの地層で、他にティラノサウルス類の存在を証明するものが見つかっていなかったので「歯1本でそんなに大きいこと言うなよ」じゃないけど(笑)、欧米の研究者からは批判的な意見の方が多かったんです。

でも数年後、中国の徐星先生が「きみが正しかったことを、私が中国の化石で証明してあげる」と言ってくれました。それが中国・遼寧省の白亜紀前期(約1億2600万年前)の地層から発見された、ティラノサウルスの祖先の「ディロング」の化石でした。2004年の徐星博士の論文記載で、白亜紀前期のティラノサウルス類はD字型の歯をもち、羽毛の生えた小型恐竜であることが確認されたのです。

ディロングはティラノサウルス類としてはじめて、羽毛の痕跡が見つかった恐竜になりました。かつてはティラノサウルスに羽毛が生えているなんて、考える人はほとんどいなかったと思います。ティラノサウルスのルーツに小型恐竜がいたこと、恐竜と鳥のつながりがわかってくると、今度はさらに、じゃあティラノサウルスのもっと最初の起源はどこにあるのか、という新しい謎が出てくる。研究・発見が進み、真実に近づくほど、さらに新しい謎がつぎつぎあらわれるのは、まったくおもしろいことだと思います。

 

中国の羽毛恐竜と『鳥になった恐竜の図鑑』

鳥になった恐竜の図鑑

監修:真鍋 真 川上 和人

出版社からの内容紹介

恐竜は完全に絶滅してしまったわけではなく、その一部は鳥に姿を変えて、現在も進化を続けている。恐竜と鳥類の関係を語る重要な化石などの豊富な写真資料、精緻なイラスト、最新の研究が満載。「鳥類恐竜起源説」をわかりやすく、ていねいに紹介。

――『鳥になった恐竜の図鑑』は、真鍋さんと鳥類学者・川上和人さんがお二人で監修されたものですね。

そうですね。鳥のからだを覆っている羽を「羽毛」と言いますが、現在の生き物の中で生えているのは鳥の仲間だけ。けれど、恐竜の中にも、羽毛が生えているものがいた。最初に見つかった化石は、1996年に中国で発見された白亜紀前期の獣脚類シノサウロプテリクスで、頭から背中、尾にかけて羽毛のあとが残っていました。

『鳥になった恐竜の図鑑』より

 

本書は、恐竜に詳しくない人でも楽しめるようにと、“読む図鑑”をテーマに企画されたものです。羽毛恐竜の発見から、羽毛の形や進化、恐竜の羽の色がどうやってわかるようになっていったかなどの研究内容もわかりやすくまとめられています。

――恐竜と鳥のつながりがよくわかるのに加えて、鳥に興味があるという人にも、おもしろい視点がたくさんありますね。

まさに川上さんが監修された現代の鳥についてのページは、求愛行動や争い、子育てなど「恐竜はどうだったのか」を想像し比較しながら読むと、また違った視点が得られて新鮮ですよね。

『鳥になった恐竜の図鑑』より

 

――近年のアジアでの標本発見が、世界の恐竜研究に大きな影響を与えていますね。

1996年のシノサウロプテリクス発見以降、世界各地でいろいろな種類の羽毛恐竜が発見されています。そしてその8、9割が中国から発見されているんです。

また日本でも、海の底に堆積物がたまってできた海成層と呼ばれる地層からカムイサウルス(通称 むかわ竜)が発見されたことで、これまで恐竜ではあまり注目されてこなかった、海の地層の発掘が注目されています。もしかしたら今後、大きな発見が、日本の海の地層から生まれるかもしれません。

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「恐竜の段階で羽毛が?」という驚きと、真実に近づく喜び

――「鳥類の恐竜起源説」を裏付ける発見が相次いだ、この20~30年間、研究者としてはどのような気持ちでしたか。

やっぱり1996年の羽毛恐竜の発見はすごく大きくて、僕らも中国で新しい化石が見つかるたびに「恐竜と鳥ってこんなに境目がなかったんだ」とわかってきて驚きの連続でした。

『鳥になった恐竜の図鑑』より

 

実は、僕は最初の頃、羽毛恐竜を信じてなかったという意味ではなく、「羽毛ができてきたのは、鳥になってからだろう」と思い込んでいたんです。それが、シノサウロプテリクスの羽毛つき化石が発見されたというので「(恐竜の段階で羽毛が生えているなんて)本当かな」というのが率直な感想でした。

羽毛はかなり短いものだったので、「こんなに短いのを羽毛って言えるのかな」「羽毛と決めつけない方がいいんじゃないかな」と。けれど、そのうち他にも「これは羽毛としか言いようがない」という化石がどんどん出てきたので、「わあ、本当に、恐竜の段階で羽毛が生えていたんですね!」って……(笑)。

さらに「翼はさすがに鳥に進化してからでしょう」と思っていたら、翼のある恐竜の化石も発見されちゃった。そうすると、「鳥になってから進化したものって、何かなあ?」と首をひねるくらいなんですが、パッと目につく部位はほとんどないんです。もう鳥になる以前に“鳥の形”が完成していたというか……おそらく現代の鳥のように「翼で力強く羽ばたく」ということまではなかったでしょうけれど、恐竜の時点で“鳥の姿”になっていたことはほぼ間違いないだろうと言える化石がたくさん出てきています。

今の子どもたちは、生まれたときから“恐竜は恒温動物、温血動物”で、“鳥と恐竜がつながっているのは当たり前”。ですから、僕のような戸惑いや感動はないのかもしれません。ただ僕は、“爬虫類である恐竜のからだはウロコに覆われていた”と言われていた、子どもの頃の恐竜像とはぜんぜん違う生き物だったんだなあ、と感慨深いです。単純な驚きと、どんどん進化の謎がわかって一歩一歩真実に近づいていくという意味では、「うれしい」という言葉に尽きますね。

これから先も、「新しい化石から何が見つかるかわからないぞ」とワクワクする気持ちは変わらないと思います。

©田中健一

大量絶滅期を生きている私たち

古生物・恐竜ファンにはたまらない取材でした。「恐竜博2023」では最大の目玉標本「ズール」はもちろん、どの化石も「この子は……」と親しみを込めて解説する真鍋先生の姿に愛情を感じました。

「恐竜博士」と呼ばれるようになって四半世紀以上。真鍋さんの歩いてきた研究者としての歴史は、そのまま日本の恐竜研究の歴史とも重なります。今回の記事ではたくさんは触れられませんでしたが、アルゼンチンの著名な恐竜学者ノヴァス博士たちとの共同研究や発掘調査が、どんなふうに楽しく大変で、発見に満ちていたかを生き生きと語る真鍋さんから、「まだまだ地球には、新しい謎や発見があるに違いない」という未来への希望が伝わってきました。

同時に「恐竜博2023」の最後では、大量絶滅期を生きている私たちへのシビアなメッセージも込められていました。地球は約46億年の中で5回の大量絶滅時代があり、そのうち直近が恐竜の大量絶滅。6600万年前の隕石衝突による生態系の変化で、鳥に進化した一部を除いて、恐竜たちは姿を消しました。今、地球上では、人間の活動の影響で第6の大量絶滅期が始まっていると言われます。

真鍋さんは言います。「恐竜博を見にきてくれて、恐竜が大量絶滅した時代を知っている私たちは、現在進行中の第6の大量絶滅に無関心ではいられないはずです」と。ものすごいスピードで進行する生き物たちの大量絶滅が、今後どのような生態系の変化を引き起こすのか。地球の歴史から学び、今ある生態系を大切にすることの重みを真鍋さんから感じました。

インタビュー前編はこちら

インタビュー・文: 大和田 佳世(絵本ナビライター)
編集: 掛川 晶子(絵本ナビ編集部)

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