呂布カルマが泣いた!? 現役ラッパーが話題のラップバトル小説『レペゼン母』の魅力を語る!

文芸・カルチャー

更新日:2022/9/30

呂布カルマ

 還暦すぎの母親と借金まみれのダメ息子が、ラップバトルで対決する姿をパワフルかつエモーショナルに描き、第16回小説現代長編新人賞を受賞した『レペゼン母』(宇野碧/講談社)。この作品を、MC(ラップのパフォーマー)バトルで無双の強さを誇る現役最強ラッパーのひとり、ACジャパン「寛容ラップ」CMも話題を呼んだ呂布カルマさんに読んでいただいた。

 ラッパー視点から、子を持つ親の視点から、そして母から生まれた息子の視点から本書を読み、「読書している間じゅう心がすごく動いた」と呂布さんは語ってくれた。

(取材・文=皆川ちか 撮影=川口宗道)

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――ラップバトルを題材にした小説はかなり珍しいのではないかと思うのですが、プロのラッパーである呂布さんの目にはどう映りましたか?

呂布カルマ(以下、呂布) 実をいうと読む前は不安もありました。ラップの世界ってそういうもんじゃないよ、という感想になったらどうしようと。だけどそんなことは全然なく、大変楽しくおもしろく読みました。主人公が美少女ラッパーとかではなく、60代のおかんラッパーにしている点が新鮮です。作者の宇野碧さんは、めちゃくちゃラップに詳しい方ですね。ラッパーの頭で考えているなあ、と感心することしきりでした。

――読んでいて分かりましたか?

呂布 分かります。ラップ描写はもちろん、バトルの裏側の感じもよく出ているんですよ。控え室で出場者たちがどんなふうに出番を待っているのかとか、ステージ上から見える会場や観客の様子、スタッフの動線までがリアルに描かれていて、なんでこんなに知ってるんだろうと驚きました。

呂布カルマ
編集部注)写真の本はプルーフです。発売されている単行本とは異なります

――主人公の明子は、息子である雄大の妻、つまり義理の娘にあたる沙羅の代役で、急きょステージに立ちます。その壇上で、自分のなかにラッパーの素質があることに気づくわけなのですが。

呂布 その流れがとても自然に描かれていますね。対戦相手の鬼道楽は以前に沙羅を、セクハラや下ネタ的なフレーズの連発攻撃で負かしています。それが明子には腹立たしくて、沙羅の敵討ちのような気持ちで勝負に挑む。自分が勝ちたいからじゃなく、自分の大切な娘を傷つけたやつにやり返してやりたい思いで動く明子は実におかん的で、彼女の人間性が伝わってきました。

――この前半の鬼道楽戦でまず、ラップの世界における女性観や女性ラッパーの立ち位置が丁寧に説明されています。セクハラともとれる言葉で攻撃するというのが普通にあるんですね。

呂布 「女性差別だ」と怒る明子の反応も尤もで、僕も女性と対戦するときは相手の女性的な部分を攻撃することがあります。ただ、それは手法であって、女性ラッパーも同様にこちらの男性性を攻撃してくる。そして観客もそういうものだと承知している。そういった共通認識のもとに攻撃しあっているので、たしかに独特の世界です。MCバトルをよく知らない人からすれば、炎上ものの掛け合いに見えるかもしれない。

呂布カルマ

――沙羅にそうしたように明子に対しても「ババア」「ブス」といったディスをしてくる鬼道楽に、明子は力強く反撃します。

呂布 この場面は痛快で感動的で、なにより明子がカッコいいですね。カッコいいか否かというのはラップではすごく重要で。もちろん負けるよりは勝つ方がいいのだけど、もっと大切なのはいかに自分らしさを見せるかとか、最後までカッコつけきることができるかどうかだと僕は思っています。

――勝ち負け以上に大切なのはカッコよさである、と?

呂布 そう。バトルに負けても、この人のライブが見たい、この人の作品を聴いてみたいとお客さんに思わせることができたら、ある意味勝つよりもいいんです。そもそもMCバトルの判定は観客がするものなので、勝敗は常に水もの。前の試合の内容や結果に左右されてしまいがちで、プレイヤー側からすれば、この判定は納得いかねえと感じることもしょっちゅうです。

――それは言い換えると、実力的には劣っている者であっても、その場の観客の心を掴んだら勝てる可能性もあるということで。

呂布 対ジーニー戦での明子がまさにそうですね。優勝候補の10代ラッパー、ジーニー相手に明子がとった戦法は、雄大と親子対決がしたいとステージ上でぶちまけることでした。それで観客の気持ちを煽って自分の味方につけた。あいつとこいつのバトルを見たいから、ここはこいつを勝たせよう、なんて判定もありますからね。そうやって観客側とMCが一緒になって物語をつくっていく。それもMCバトルの醍醐味なんです。

――そして明子はとうとう、雄大との親子対決に臨みます。

呂布 この2人のバトルの描き方は、それまでの鬼道楽戦、ジーニー戦とはまるでちがっています。韻も踏まず、作戦も飛んでしまって、明子も雄大もただ、相手への思いを吐きだすだけの状態になっていく。これってほんとうにそのとおりで、因縁のある者同士や深い関係にある者同士が戦うと、どんどんラップから離れていって口げんかに近いものになってしまうんです。

――MCバトルという、言葉で相手を攻撃する舞台装置があるからこそ、剥きだしの感情があらわれてくるのでしょうか。

呂布 自分で自分の放った言葉にはっとしたり、気づいたり。2人ともそんな境地に近づいていきますね。これもまたリアル。

――明子は雄大と戦いながら、昔のことを思い出します。小さかった頃の雄大との思い出などを。そして、もっと息子に向きあうべきだった……と後悔します。

呂布 このくだりがすげえ泣けて。僕も今、子育てをしてるのですが、明子の気持ちに非常に共感しました。分かる、分かるよ明子、と。自分も知らず知らずのうちに、子どもの心を傷つける態度をとってやしなかったろうか、と振り返りつつ読んで。親として思い当たることが、たくさん書かれてるんですよ。

――そんな明子と、もし呂布さんが戦うとしたら、どのようにして攻撃しますか?

呂布 いたわり戦略をとりますね。たぶん明子からすれば「ババア、こんなところにきてんじゃねえよ」といったディスがくると想定してると思うので、その裏をかいて、いたわりラップで攻めて向こうのペースを崩します。「自分のおかんに言えない感謝を おまえに代わりに伝えるぜ」って感じで。

――ディスるのではなくいたわる……そういう戦い方もあるのですね!

呂布 ラッパーの大多数は男で、つまり母親の息子なわけで。明子のような“お母さん”ラッパーほど戦いづらい相手はないんですよ。息子というのは母親に頭が上がらないものだから。読みながら、自分と母との関係も思い返しました。ラッパーとしても、子をもつ親としても、母から生まれた息子としても、明子はすごいと感じましたね。だから雄大には、おまえもしっかりしろ、と言いたい(笑)。

呂布カルマ

――本書にはさまざまに個性的なラッパーが登場します。彼らをどうご覧になりましたか?

呂布 これも感心したことのひとつなんですけど、実在するラッパーや、MCバトルで実際に起きた事件を上手くモデルにしたというか、オマージュして書かれていますね。漢 a.k.a. GAMI(注1)さんみたいな大物ラッパー、その名も“赤神”というキャラが登場するし、2018年の「戦極MCバトル17章」で物議を醸したAmaterasとBATTLE手裏剣のバトル(注2)を基にしたであろうエピソードも出てくる。ジーニーのような新世代ラッパーも、いかにもいそう。主役の明子が型破りなおかんラッパーであるぶん、周りを固めるラッパーたちはリアル寄りですね。

――実は呂布さんも、本書に大きなきっかけを与えたラッパーのひとりなんです。2018年のTV番組「フリースタイルダンジョン」で、ラッパーの椿さん(注3)と呂布さんが戦った回(判定は呂布さんの勝利)を見た作者の宇野さんは、「どんな女性だったら、強い男性ラッパーに勝てるんだろうか」と思って、そこから『レペゼン母』を着想したという裏話がありまして。

呂布 そうなんですか! でも、これだけラップに詳しい方なら、きっと俺と椿のバトルもチェックしているだろうし、鬼道楽戦なんて、ひょっとしてモデルは俺か……? という思いも頭をよぎったんですよ。

――呂布さんを倒せるようなフィメールラッパーを考えた末に、明子が生まれたんですね。

呂布 光栄です。どうか椿にも本書を1冊、贈ってやってください。きっと喜びますよ。

(注1)
漢 a.k.a. GAMI(カン・エーケーエー・ガミ)。2000年代より第一線で活躍し続ける、日本ラップ界を牽引するMCのひとり。「フリースタイルダンジョン」では“ミスターフルボッコ”の異名で人気を博す。

(注2)
先攻のAmateras(アマテラス)はラップの代わりに、「韻」と書かれたパネルの上で縄跳びをするパフォーマンスを披露。それに対し後攻のBATTLE(バトル)手裏剣は、バトル中にもかかわらずステージから退場。勝敗は判定不能として両者敗退となる。

(注3)
椿(つばき)。10代の頃よりラップをはじめ、フィメールラッパーとしてトップクラスの人気と実力を持つ。「フリースタイルダンジョン」に初の女性MCとして出場、呂布カルマとの一戦は大きな反響を呼んだ。

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