故人と話す、岩手県「風の電話」が舞台。“日本語に恋をした”イタリア人作家による奇跡の感動作が邦訳化!「海外にも、こういう場所が必要」

文芸・カルチャー

更新日:2022/12/1

ラウラ・今井・メッシーナさん

 岩手県大槌町には大切な人へ電話をかけようと、たくさんの人が訪れている公衆電話がある。ベルガーディア鯨山という庭園にある「風の電話」と呼ばれるこの白い電話ボックスには、電話線が繋がっていない。しかし2011年4月に設置されたこの電話によって、喪失を抱えた人々は電話を介して故人と対話し心を軽くし癒されている。

 実在の「風の電話」をテーマに書かれた小説『天国への電話』(粒良麻央:訳/早川書房)は、津波で母と娘を亡くし喪失を抱えたまま日々を過ごすゆいと、妻を病気で失い、娘と暮らす毅との3人が風の電話と関わることで紡がれる再生と希望の物語である。本書は日本を舞台にしているものの、著者はイタリア人のラウラ・今井・メッシーナさん。2020年に“Quel che affidiamo al vento”(原題)としてイタリア本国で刊行されるやベストセラーとなった本書は、今年6月に邦訳が早川書房から刊行された。

 日本語に魅せられて来日し、日本で暮らしてきたラウラさんに本書執筆について話を聞いた。

(取材・構成・文=すずきたけし)

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――ラウラさんは現在日本在住とのことですが、作家になるまでの経緯を教えていただけますか。

 イタリアのローマに23歳まで住んでいました。日本文化に触れたのは18歳の時で、当時イタリアでは日本のアニメブームがあって、漫画やアニメ、ゲームから日本の文化が広がっていって、基本的に日本のイメージはとても良かったです。だけど私の家はとても厳しくて、テレビを見ることも漫画を読むことも禁止だったので日本の文化に触れるきっかけはありませんでした。でもその時の私の元カレは朝から晩までアニメを見たりゲームをしたりしていた完全なオタクで(笑)、彼の誕生日に「日本語」をプレゼントしたら喜ぶんじゃないかなと思って、日本語講座の教室を見つけてプレゼントしました。

 その時プレゼントした講座で初めて日本語を見て、その瞬間、私は恋に落ちました。

――日本語に恋したということですか?

 そうです。日本語のひらがなとカタカナ、漢字のバランスがすごくエレガントでした。すっかり恋に落ちましたね(笑)。簡単に手に入るものは、その一瞬は嬉しいですけど後味が残りません。日本語には美しさだけでなく、複雑な難しさがあります。

――ひとつの漢字にもいろいろな意味がありますよね。

 そうです。もしかしたらそれが恋に落ちた理由かなと思います。漢字にはいろいろなストーリーがあるじゃないですか。そこから物語を想像しないといけない。だから日本語はすごく魅力的だし、今でもそう思っています。

――来日されたのはいつ頃ですか?

 それから日本語への関心が膨らみ続けて大学卒業前の1か月半、日本で過ごしました。けれどそのあとも大好きな日本に居続けたいと思い、大学を卒業した24歳の時に今度はICU(国際基督教大学)の研究生として1年間日本に滞在しました。イタリアの言い方で「チョコレートを1個食べたら、またもう1個食べたくなる」といった感じで、結局1年経てば、もう1年、2年経てば、もう1年と続いて、日本に住み続けています。

――いつぐらいから小説を書き始めたのですか?

 日本に住んで27歳になってから大学でイタリア語を教え始めたんですね。書くことは昔から好きだったんですけど、すごく厳しい家で生まれ育ったので、書くことはあまりにも不安定な職業なので何か仕事としてカタチにして見せたかった。だから大学の先生になりたかったんですね。結果的に自分の家族のためにも大学で教える仕事を持つことで自分に自信を持てましたし、書く時間も得られたので、小説を書いて出版社に送り始めました。

 今ではイタリアでもよく売れていますが、それまでの長いあいだも書きたい気持ちはずっと持ち続けていましたね。でも仕事は絶対辞めてはいけないと思います。仕事を辞めると世界と接するきっかけが大きく減ってしまいますから。

――これまで読まれてきたなかで印象に残っている本や思い出の本はありますか。

 ものすごくたくさんありますけど、日本の作家では小川洋子さんを大学時代に修士課程から博士課程まで10年以上研究していました。小川さんの小説は出来事があってもなくてもその部分部分すべてに意味がある。そこから自分の考えや感じていることが広がるというような感覚があって、日本文学だったら小川洋子の作品ですね。海外ではイスラエルのデイヴィッド・グロスマンやガルシア・マルケス。あとは学術的なエッセイを多く読んでますね。

 最近は、本をたくさん読むよりも自分の感じ方を豊かにするために一冊をゆっくり読んでいます。

天国への電話

――『天国への電話』についてお聞きします。実在する岩手県大槌町のベルガーディア鯨山にある「風の電話」をテーマにしていますが、この電話を小説として書こうと思った理由を聞かせてください。

 すごい場所だと思いました。実際に「風の電話」について聞いたのは、震災の年の夏頃でした。その時から実際に小説を書き始めましたけど、震災についての作品をすぐに書くのにはためらいがありました。長く日本に住むとそういった空気とか、その感じ方とか、思いやりを感じるようになっていきます。

 だから自分が準備できてから書こうと思ってました。外国人の視線からの日本のちょっとおかしなところとか、変なところのようなものは伝えたくはなかったんですね。だから日本人しか登場しない小説を書くまで時間が必要でした。結局震災から8年経って本になりました。

――故人と話す「風の電話」についてはどう思いますか?

 日本であっても、カナダでも、スペインでも、ポルトガルでも、こういうような場所が必要だと思います。だからこそ海外でもこの小説が受け入れられたのだと思います。イタリア人だけではなく、いろいろな国の人たちから「これを読んでから、自分の家の電話で亡くなった人と話しても不思議だと思えなくなったし、心が自由になった、明るくなった」と言われます。自分の娘を亡くしたある女性は、この本を読んでから洗濯するときの大きな音の中で亡くなった娘と話すようになって、すごく硬くなっていた心が柔らかくなり自分の気持ちについて話せるようになったと聞きました。

ラウラ・今井・メッシーナさん

――小説では、母と娘を亡くしたゆいと、妻を病気で亡くした毅とその娘はなが東京から岩手まで新幹線や飛行機ではなく、長距離を車で移動します。この距離と時間を過ごすことがとても儀式的な感じがしてとても印象的でした。主人公3人が岩手までクルマで移動する手段とその距離と時間というのは意識して書かれたのでしょうか?

 そう、わざとですね。目的までの距離を感じないといけないと思います。これだけ長い距離を真夜中とか朝の早い時間に車で長時間走ることは大変だけど、思い出は楽に作るものではない気がします。いちばん大変だったことは覚えているし、やっぱり苦労することが必要だと思います。

――喪失感とは大切な人が亡くなる寂しさだけでなく、例えば喧嘩したまま亡くなってしまうと永遠に故人と和解ができなくなるのもひとつの喪失だと思います。誰でもこうした喪失を経験するものですが、生きていく上でとても大切なものだと感じますか?

 大切ですね。受け入れないと生きることもできない。どんなことを始めても、いつか終わります。書いてから思ったのですが、みな生まれつき死の種が心の中に入っているんですね。成長すればするほど死の種も同じように育っていく。だから受け入れないとダメだと思います。西洋で死は強く否定されています。例えば「天国への」というような死を連想するタイトルはたぶんイタリアでは使われない(『天国への電話』はイタリアでは「私たちが風に託すもの」“Quel che affidiamo al vento”というタイトル)。私はどんな小説を書いても、死についての部分が大きいのですけど、プレゼンテーションやインタビューでも、できるだけ死について言わないように勧められています。だけど日本では死はもっと健康的です。お墓も近くにあるし、家に仏壇もある、お盆もある。日本人にとって死は重い感じではなくて、もっと深いものだと思います。死と付き合っている。そしてカワイイと思います。

――カワイイとは?

 例えば、お盆の精霊馬のように、お祭りや伝統的な装飾の「カワイイ」感じが、辛い死との関わりの緩衝材になっている部分はあるのではないでしょうか。そうしたカワイイも含めて日本人は死との付き合い方がとても健康的だと思います。

――最後に、『天国への電話』で日本人の感情を描く際に気を付けたことや感じたことなどはありましたか?

 私が日本人の大好きなところは感情の大切さや恐ろしさを知っているところです。知っているから使いすぎない。無駄にしない。そして感情をコントロールして相手のスペースを意識します。イタリアでは相手に自分がどれぐらい共感しているか大げさに見せるけど、結果として相手のスペースや感情は守らない。たくさんの植物がひしめき合っても成長することはできないけど、スペースに余裕があれば成長できる。そのような違いを日本人には感じます。

ラウラ・今井・メッシーナさん

ラウラ・今井・メッシーナ
イタリア・ローマ出身。2005年に来日し、国際基督教大学で修士課程を、東京外国語大学で博士課程を修了。博士(学術)。2014年に作家デビューし、これまでに小説4冊、エッセイ2冊を発表。2021年には日本の昔話や伝承を基にした子ども向け創作文学作品としてGoro Goroを出版、ラウラ・オルヴィエート賞(イタリアの児童向け文学賞の6-12歳の部)を受賞。近著は、同年発表のLe vite nascoste dei colori(色たちのひそやかな生)。本作『天国への電話』は、2020年にイタリアで刊行後、8万部超のベストセラーとなり、30か国以上で翻訳されている。作家として活動するかたわら、都内の複数の大学でイタリア語講師としても教鞭を執る。アーティストのクリスチャン・ボルタンスキーが世界中の人々の心臓の音を集めたアーカイブをモチーフに、香川県の手島を舞台にした最新刊『L’Isola dei battiti del cuore』が海外で発売中。

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