西尾維新デビュー20周年記念ロング・ロングインタビュー 20タイトルをキーに語る、西尾ワールドの変遷(第3回)

文芸・カルチャー

更新日:2023/3/2

キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘
キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』(西尾維新/講談社)

 昨年、作家生活20周年を迎えた西尾維新が、セレクトした20タイトルとともに、その道程を振り返るロング・ロングインタビュー。第3回は、『悲鳴伝』『掟上今日子の備忘録』『美少年探偵団』『少女不十分』――設定も作風も長さも文体もまったく異なる、この4作品について。自ら設けたさまざまな「縛り(ルール)」を楽しみながらクリアしていく作家のマインドとスキル。驚いた読者も多いのではないか。

(取材・文=吉田大助)

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ロングインタビュー 第3回

⑧『悲鳴伝』

――13歳の少年が「人類の敵・地球」と戦うヒーローものにして、西尾維新史上、最長巨編。あまりに壮大で奇想天外な設定は、逆転の発想とある使命感から生まれた。

悲鳴伝
悲鳴伝』(西尾維新/講談社)

──2012年10月25日午前7時32分31秒から54秒までの23秒間、のちに「大いなる悲鳴」と呼ばれることになる音の災害によって人類の3分の1が絶命する。実はその悲鳴は、地球による人類への攻撃だった。どんなことにも心を動かさない性質の持ち主である13歳の少年・空々空(そらからくう)は、「地球撲滅軍」にスカウトされ、地球と戦うヒーローに祭り上げられ……。人はここまで想像の羽を広げられるものなのか、と度肝を抜かれた作品です。物語のこのスケール感は、人類の敵は誰だ、地球だ、という発想から始まっていったものなのでしょうか?

西尾 主人公ありき、空々くんありきのお話だった気がします。ヒーローものを書こうとしたんですよね。「〈物語〉シリーズ」の阿良々木くんは非常に感情的で、感情のまま人のために動く正当な主人公に育ってくれました。ならばそうではないタイプの人間のお話も書きたいと思い、ある種の原点回帰で「戯言遣い」まで戻り、「戯言遣い」にも心なしあった感情的な側面をごそっとなくした存在が、空々くんです。

──ヒーロー像を決めた後で、敵を決めた、と。

西尾 逆転の発想だったんだと思います。ヒーローは地球を守ろうとする傾向があるけれども、地球が人類の敵だったらどうするんだろう。小説の中でも書きましたけれども、文明ができて以来の歴史は、地球と人類の対立の歴史と見ることもできる。環境破壊に目を向けてみた時に、地球にとってみれば人類から「攻撃」を受けていると感じているかもしれないと思ったんですね。それに対する地球から人類への反撃が、「大いなる悲鳴」だった。地球が悲鳴をあげるとか、人類は地球の敵で地球は人類の敵であるという発想は、今のほうがわりと納得しやすいかもしれません。しかし納得できなかったその当時だからこそ書いた小説で、今からこういう小説を書くのはもう難しいかと思います。ただ、一番大きな要因は分厚い本を書かなければいけない、ということでした。

──どういうことですか(笑)。

西尾 講談社ノベルス愛の強さゆえに、自分が読者だった頃のような分厚い「レンガ本」を出したいという気持ちを抱いたんです。分厚い本を書くためには、敵が強大でなければなりません。そうやって着想を膨らませていった結果、ここまでスケールが巨大になっていったんだと思います。

──講談社ノベルス版は2段組で528ページ、厚みはなんと2.9センチ。シリーズ全10巻を並べると壮観の一言です。なお、2022年10月に講談社文庫版が刊行されました。こちらは1段組で768ページ、厚みは同じく2.9センチでした。

西尾 電子書籍でも出ていますので、そちらでもお楽しみいただければ。電子書籍の何がいいって、ぶ厚さや冊数にかかわらず、たくさんの本を持ち歩けるじゃないですか。本棚を持って旅する、という人類の夢を叶えてくれましたよね。旅の中で本を読むのが好きなので、最近いい読書ができてないぞっていう時は、トートバッグに10冊ぐらい本を詰めて読み終わるまで帰ってこない、ということをよくやっていたんです。電子書籍の導入により旅の荷物は劇的に減りました。その一方で、本棚を持って旅ができるからこそ、どの本を読んだものかという悩みが旅先で生じてしまう。物理的な制約は制約で必要なのかもしれないなぁと思ったりします。読みたい本がたくさんあるというのは嬉しい悩みですね。

⑨『掟上今日子の備忘録』

――スピード重視の推理小説として発想したのが、1日で記憶がリセットされるという忘却探偵。近年はトラベルミステリーとしての一面も。

掟上今日子の備忘録
掟上今日子の備忘録』(西尾維新/講談社)

──これまでのインタビューでも見てきましたが、西尾さんは折に触れて「これぞミステリー!(われぞミステリー作家!)」という作品を発表しています。『掟上今日子の備忘録』もまさにそれだったのではないかな、と。

西尾 「〈物語〉シリーズ」が『終物語』まで進んで一段落し、「伝説シリーズ」も折り返し地点は超えたかなというところで、おっしゃる通り推理小説に特化した一冊をという発想で書いた小説が、『掟上今日子の備忘録』だったと思います。

──全5話収録の短編集です。名探偵の掟上今日子は、眠るとその日の記憶がリセットされてしまうという性質の持ち主。守秘義務遂行にはうってつけですが、依頼を受けたらその日のうちに解決しなければ仕事が成り立たない。この強烈な個性は、お話をこしらえていくうえで相当きつい縛りになったのではと思うのですが……。

西尾 推理小説としては一番書きやすいですよ。もともと今日子さんは、とにかく事件を解決する、しかもスピーディーに事件を解決することに特化した名探偵を登場させようと考えたキャラクターでした。前々回のインタビューで「物語の3分の2までは前日譚でいい」と主張しましたが、それとは逆の構図にしたかったんですよね。今日子さんの場合、前日譚抜きで事件に臨み、事件を解決する以外、何もしない。記憶がリセットされるということは前回の事件を引きずったりしないということでもあり、事件解決をメインに据えた短編向きの主人公であるとも言えるわけです。ちょっと難しかったのは一回一回記憶がリセットされてしまう今日子さんのワトソン役をどうするかでした。ワトソンがいると記憶が継続してしまいますので。ならば、今日子さんに依頼し続ける常連客がいればいいんじゃないか。さまざまな事件の当事者であり依頼人であり助手でもある存在として生まれたのが、隠館厄介だったんです。

──激烈に不運なんですよね。トラブルを引き寄せてしまうし、事件に巻き込まれるばかりかなぜか犯人として疑われてしまう。そこで「探偵を呼ばせてください!」と叫び、今日子さんに依頼するという基本形があります。

西尾 彼も今や「冤罪王」の名をほしいままにしてますからね。まさかそんなことになるとは。成長、という意味ではシリーズを重ねるうちに彼こそがぐんぐん成長を遂げました。今日子さんにはそういう意味での成長はないですから、いい対比にもなっているかなと思います。

──「忘却探偵シリーズ」は第14作『掟上今日子の忍法帖』まで刊行済み。ニューヨークに舞台が移っています。第8作『掟上今日子の旅行記』は3月に文庫化がアナウンスされていますが、こちらはパリが舞台です。

西尾 最初は事務所を構えて地に足のついたところがありましたが、だんだんトラベルミステリーという面が出てきました。

──「伝説シリーズ」あたりからその傾向が強まったように思うんですが、登場人物たちがいろんな土地へ移動するようになりましたよね。旅行という要素やそれに紐づく身体感覚が、小説の中に入り込んできている。

西尾 それは入ってますね。もともと飛行機や電車に乗っているとお話をうまく考えられるという感覚があったので、次は何を書こうかなという時は、旅行に出かけることが多かったんです。行きたいところへ行き、旅をしながら好きな本を読んで、執筆もする。読書と執筆と旅行が一体化していった結果、トラベルミステリー作家になりました。

──ジャンル名ではなく、本当に旅をしながら書く作家、という意味ですね(笑)。

西尾 トラベルミステリースタイルを確立させてくれたのは、電子書籍だったりスマホだったりしますけれども、執筆という面ではポメラ(※テキスト作成機能に特化したデジタルメモ端末)を推したいんですよ。ポメラは旅先で非常に便利な、作家を支えてくれる素晴らしいギアです!

──旅に出ることで普段とは違う発想を手に入れたいという感覚なのでしょうか?

西尾 それもありますが、単純に知らないことを知るのが好きなんですよね。行ったことのない場所で、初めて見るものを見て、考えたことや感じたことをそのまま書きたい。本当は、秘密にしておきたいんですけどね(笑)。それでも黙っていられない何かが、どうしても小説に出てしまうんです。

⑩『美少年探偵団』

――チームで学校内の事件解決に挑む、5人の美少年たちを描いた明るくポップな青春ミステリー。文庫書き下ろし。

美少年探偵団
美少年探偵団』(西尾維新/講談社)

──主人公は、私立指輪学園中等部二年生の瞳島眉美。10年前に一度だけ見た星を探すため、校内のトラブルを解決する謎の集団「美少年探偵団」に依頼すると……。2015年に新設された文庫レーベル・講談社タイガの創刊第1弾にラインナップされた作品です。

西尾 「〈物語〉シリーズ」では1対1の関係を書くことが多かったので、チーム、団体戦を書こうというような発想だったように思います。「伝説シリーズ」も途中で団体戦を書くようにはなっていましたけれど、もっと殺伐としない仲のいい団体戦を、と(笑)。2段組でもなく分厚くもない、文庫書き下ろしで発表する小説なので、ポップに明るい気持ちで読めるようなシリーズをと心がけました。

──第1巻の「夢(を見る)」というモチーフもみずみずしいというか「少年」的で、良質なジュブナイルという感触がありました。「少年であることは、夢を見ることではあるけれど、しかしその意味するところは、決して夢を諦めないことではない──何度でも夢を見ることなのさ」といったセリフの真っ直ぐさも魅力的で。仲間と一緒にいることの楽しさも伝わってきます。

西尾 書いていて楽しいお話でしたね。ただ、チームを書くのはなかなか難しかったです。油断すると一人ずつにスポットを当てたくなってしまいますから、あくまでチームとして事件と向き合い事件を解決するという点は常に気を配っていました。ただ、この5人は果たして本当に実在する5人なのか? 瞳島眉美の目が良すぎるがゆえに見えてしまった、願望を込めた幻覚のような存在なのではという可能性が、書いている途中まであったんです。結局、10冊プラス1冊まで続きましたし、アニメ化もしていただきましたから、そちらに話を進めなくて良かったなと思っています。

──読者としても、良かったです(笑)。

⑪『少女不十分』

――小説家の「僕」が、10年前に遭遇した誘拐事件について告白。“無心に書く”という技法を手に入れ、第2期西尾維新の始まりを意識した作品。

少女不十分
少女不十分』(西尾維新/講談社)

──ノベルス版の刊行は2011年9月。〈この本を書くのに、10年かかった。〉というオビ文も象徴的でしたが、デビュー10年目に発表された一作です。

西尾 10年も小説家を続けられるということ自体が幸運でしたし、一つの区切りとなるタイミングで何か書こうという出発点だったと思うんですが、記念碑的な1冊をという決意で書いたというよりは、筆の向くままに書いたところがあります。これ以前の小説も、先がどうなるか自分でもわからずに書いていた傾向は多少はあったんですが、そこまで無軌道な書き方はしていないはず。ただ、『少女不十分』の頃から、何も考えずに書くことができるようになってきました。どういう内容になるか、どういう終わりになるかを考えずに、とにかく一行一行今書きたい一行を書いていく。いや、何も考えずに書くという言い方は違うかもしれない。無心に書く、ということができるようになった。

──今まさに、目の前に書かれつつある原稿だけに意識を集中するという。

西尾 ええ。その技法がここで完成したかもしれないですね。技法と表現するのはだいぶ抵抗がありますが(笑)。結局、先にプロットを立てたりしていろいろ考えてしまうと、考えた時点で満足してしまう部分がありますから、何も考えずに書く、もしくは考えながら書く。小説家を志望する若人におすすめの方法です。

──めっちゃ怖いですけどね! 終わるかわからないし、盛り上がるかわからないとこですよね。

西尾 準備が必要ないわけではないんです。例えば旅をして、常に新しいことを知るという経験を自分の中に日々溜めていって、そこから溢れ出るものが小説なんだ……と私自身は考えています。そう意識するようになったのは『少女不十分』をノベルスで出した頃からだったので、デビューから10年の活動をまとめた1冊というよりも、実はその後の10年を始める1冊だったかもしれません。第二期西尾維新がここから始まったのでしょう。

──物語は、三十路に突入した多作で知られる小説家の「僕」が、まだ何者でもなかった頃に遭遇した事件について告白する場面から始まります。彼は10年前、小学生の少女Uによって誘拐・監禁されていたんです。小説家が主人公の物語を書くのは初挑戦に近かったのではと思うのですが、キャラクターとの距離がどうしても近付くという点で、やりづらくはなかったですか?

西尾 小説家を主人公にした私小説的な物語は、確かになかなか書きづらいところがあるのかもしれないですが、推理小説に関して言えば多くの先達がなさっていることですからね。ワトソンから始まり、島田荘司先生の御手洗潔シリーズの石岡くんもそう。小説家が探偵のアシスタントをしている、あるいは小説家が探偵になる物語を書くというのは、ミステリ作家にとって叶えなくてはならない一つの夢だと思うんですよ。その夢を自分なりにここで実現したという感覚です。

──『少女不十分』は西尾作品を読んできた人であればより楽しめるような、メタ的な要素が採用されています。その要素が発動した先で出てくる一文が素晴らしいんです。詳しい状況説明を伏せて引用しますと、〈色々間違って、色々破綻して、色々駄目になって、色々取り返しがつかなくなって、もうまともな人生には戻れないかもしれないけれど、それでも大丈夫なんだと、そんなことは平気なんだと(……)〉。この「大丈夫」や「平気」の感触は、西尾作品から受け取ってきたものそのものだと思いました。

西尾 小説とは何かと考えたことをわりとそのまま書いていますね。今の視点から『少女不十分』を読み返してみると……これはこの小説に限らずなんですが、今の自分とは全く違うことを考えていたんだなとか、若かったんだな、とか自分も大人になったんだなとかって感想を持ちたいじゃないですか。でも実際は、「分かるなぁ」という感想しか出てこないんです(笑)。この主人公が「僕は30歳にもなってもこんなことを……」みたいにつぶやいていますが、こちらは40歳になってもおんなじことを思っている。ちなみに、『少女不十分』と対になるという意味で、20周年の節目に書いた作品が『ウェルテルタウンでやすらかに』です。

──昨年12月、AmazonのAudibleで公開された作品ですね。

西尾 『ウェルテルタウンでやすらかに』でも、小説とは何か、小説は人を救うのか、あるいは小説は人を殺すのかといったお話を書いています。『少女不十分』を書いた30歳の時の自分とは違う結論が出るんだろうと思ったんですけれども、書き終えてみたらかなり近い結論を書いている。いろいろ旅をして、やっぱりここに辿り着くのか、というようなことを思ったりしましたね。『少女不十分』と『ウェルテルタウンでやすらかに』を並べていただくと、西尾維新の成長と成長のなさが両方見えて、面白いかもしれません。

第4回に続く)

西尾維新
にしお・いしん●1981年生まれ。第23回メフィスト賞を受賞し、2002年『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』で作家デビュー。同作から始まる「戯言シリーズ」ほか「世界シリーズ」「〈物語〉シリーズ」「刀語シリーズ」「最強シリーズ」「忘却探偵シリーズ」「美少年シリーズ」など、著書多数。

西尾維新デビュー20周年特設サイト「西尾維新???」
https://book-sp.kodansha.co.jp/nisioisin240/

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