それは美しく、おぞましいバケモノ──心かき乱す危険なBL×ホラー『パライソのどん底』著者・芦花公園さんインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/31

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年4月号からの転載になります。

『パライソのどん底』芦花公園 書影

 SNSで話題沸騰の実話系ホラー『ほねがらみ』の衝撃から2年、新鋭・芦花公園さんの快進撃は続いている。『異端の祝祭』、『漆黒の慕情』、そして今年2月に第3弾『聖者の落角』が発売された「佐々木事務所」シリーズ、美しき誘惑者を描いた本格オカルト・ホラー『とらすの子』と、話題作を相次いで刊行しているのだ。

取材・文=朝宮運河 写真=首藤幹夫

advertisement

「『ほねがらみ』でデビューすることになってから2年あまり、作家になれたという実感もないまま、夢中で原稿を書いてきました。本当なら去年はもっと新刊が出るはずだったんですよ。『聖者の落角』ももっと早くに出すつもりだったんですが、兼業作家なのでなかなか時間が取れなくて。自分のペースを知った2022年でしたね」

 そんな芦花公園さんの“出身”は小説投稿サイト・カクヨム。デビュー作のオリジナルにあたる『ほねがらみ―某所怪談レポート―』をはじめ、芦花公園さんは同サイトに長短編を投稿している。『パライソのどん底』も、デビュー前にカクヨムにて連載されていた作品だ。

「『パライソのどん底』は“エメ・ゴジ”みたいなモンスター・ホラーをやりたいと思って書き始めたんです。最後までプロットが完成していたんですが、うまく展開させられず、そのまま放置していた作品でした」

“エメ・ゴジ”とは、ローランド・エメリッヒ監督の『GODZILLA』のこと。芦花公園史上もっとも恋愛要素が濃く、BL的な性描写もふんだんに盛り込まれた『パライソのどん底』の出発点が怪獣映画だったとは驚きだ。

「まさに、そういう驚きを狙っていたんです(笑)。ラブかと思わせておいて、後半でモンスターものになったら、びっくりしてもらえるんじゃないかと。ただ力不足もあって、最後まで書き切ることができなかった。それで今回『小説幻冬』に連載したバージョンでは、BL方面に思いっきり振りました。結果的にBLが“釣り”ではなくメインになって、うまくまとまったと思います」

BLとホラーは絶対に相性がいいと思っていた

 祖父の出身地である森山郡に引っ越してきた高校生・相馬律。東京から来たことを理由に特別扱いされている彼は、田舎の人間関係に辟易している。そんなある日、彼のクラスに転校生が現れた。高遠瑠樺。目を奪われるほど美しい彼の姿に、律の心は鷲掴みにされる。異常なまでの美が日常を脅かすという展開は、芦花公園ファンにはおなじみのものだ。

「読者にもよく指摘されますが、綺麗な人間を描くのが好きなんです。男性でも女性でも、とにかく見た目の美しいキャラクターが好き。時代遅れだと非難されても、これは性癖というか作家性なのでどうしようもないですね(笑)。それにしても去年から『漆黒の慕情』『とらすの子』と美形を書きすぎました。『パライソ〜』ともう一作を出したら、美形ものはしばらく封印するつもりです」

 美しき同級生に心惹かれていく律。しかし他の生徒たちは「腹磯緑地」に住んでいる瑠樺とは一切口を利かず、律のことも無視し始めるのだった。誘惑に抗うことができなくなった律は、保健室のベッドでついに瑠樺と体を重ねる。

「18禁要素がこれまでで一番多いですね。親からは『知り合いに薦めにくいものを書かないで』と言われましたが(笑)、以前からホラーとBLは相性がいいはずと感じていました。人口の少ない田舎では、都会に比べて性的少数者に向けられる目も厳しいだろうと思った。だからこそ律と瑠樺の関係はより濃密に、危ういものとして描けるし、ホラーとも自然に繋げられるんです」

 しかし快楽に溺れる律の生活に、暗い影が忍び寄る。瑠樺を家に上げてはいけないと警告する祖父。瑠樺の過去を知っているらしい男・礼本と、「あなたは腹磯のアレに魅入られている」と律に宣言する森山神社のイミコの登場。そしてついに破局の日が訪れる。そして10年後――。

 森山を離れ、東京で美しく成長した律は、男娼として生計を立てていた。彼の美貌は多くの男性を狂わせ、不自由のない暮らしを与えてくれる。そんな彼を気遣い、世話を焼くのが八合三成という会社員だ。第2章以降、物語はこの二人の関係性を軸に展開していく。

「律はあまり性格がいい主人公ではないですよね。自分のことしか考えていないし、迷惑をかけて申し訳ないと思っていない。特に理由もなく、ナチュラルにこういう性格なんです。逆に三成はわたしの小説では珍しいくらいに素直で純粋なタイプ。だから魔力に魅入られ、流されるままに行動することになります」

 三成の言葉に励まされ、10年ぶりに森山郡を訪ねることを決意した律。赤紫の花が咲き乱れる腹磯緑地と、二人の前に姿を現したイミコが、封印されていた記憶を解き放つ。住人たちの奇妙なふるまい、よそ者には語られることのない禁忌。集落の秘密が徐々に明らかになっていく展開は、土俗系のホラーを得意としてきた著者の真骨頂である。

「東京生まれ東京育ちなので、人間関係が密な田舎の生活に、つい想像を乗せすぎてしまうんです。森山もそうした個人的な恐怖感の産物ですね。森山の住人たちは満ち足りた生活を送っていますが、同時にその状態に依存して、外の世界に出ていくことができない。そうしたどん詰まりの状況を描いてみたいと思いました」

世にも美しきバケモノ、“ルカ”とは何者なのか

 人々を惹きつけ、虜にする美しきバケモノ“ルカ”とは何者なのか。その正体を解き明かすヒントは、世界各地に伝わる怪異譚に隠されていた。

「ルーツはヨーロッパのある民間伝承です。瑠樺が現れた場所に花が咲くというシーンがありますが、あれも言い伝えにある通りですね。お化けに詳しい方なら“ルカ”という名前でピンとくるかもしれません。もうひとつのルーツは日本各地に伝わる怪異譚。それらの記述を取り入れて、得体の知れない存在を作り上げました。調べてみて分かったのは、日本人にとってバケモノは食材に過ぎないんだということ。美味しかったという伝承が多数残っていて、日本人の貪欲さに呆れました(笑)」

 現在から過去へ、時間をさかのぼって描かれる森山の秘密と、律に連なるさまざまな因縁。複数の恋人たちの背徳的なエピソードを通して、作者は人間のはかなさと愚かしさ、そして人知を超えたものの怖さをあますところなく表現する。この読み味は紛れもなく、本格的なホラー小説のそれだ。

「善悪の問題ではなく、ルカはそう生きるしかない存在なんです。人間とは完全に異質なものが、人の形を取って現れたらどうなるのか。“エメ・ゴジ”にはなりませんでしたが、ある意味モンスター・ホラーかもしれませんね」

 ちなみに芦花公園さんは昨年末、Twitter上で開催された投票企画「ベストホラー2022(国内部門)」にて1位と2位を独占した。多くの読者に支持されている現状を、どう受け止めているのだろうか。

「ありがたいことです。嬉しいのはわたしの本をきっかけに、読書の面白さを知ったという感想。自分の作品は入り口で構わない。ホラーの面白さを知った読者が、三津田信三先生などの素晴らしい作品に手を伸ばしてくれたら、それで本望なんです。今回の作品はホラーと他ジャンルの融合なので、さらに間口を広げる役目を果たせたらいいなと思います」

 ホラーファンもBLファンも、天国(パライソ)のどん底に落ちていくことの恍惚と戦慄を、存分に味わっていただきたい。

芦花公園
ろかこうえん●東京都生まれ。小説投稿サイト・カクヨムに投稿し、Twitterなどで話題になった『ほねがらみ』で2021年作家デビュー。ホラー界の新星として注目を集める。他の作品に「佐々木事務所」シリーズと総称される『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』、オカルト・ホラー『とらすの子』がある。

あわせて読みたい