幻の名作が30年の時を経て映像化! 映画『渇水』主演・生田斗真、企画プロデュース・白石和彌インタビュー

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公開日:2023/5/9

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年6月号からの転載になります。

映画『渇水』場面写真

 約30年前に書かれた小説を原作にした、素晴らしい脚本が存在する――。その噂は少しずつ日本映画界に広がっていったという。貧困や格差、家族の絆など、普遍的な生の哀しみを内包する逸作の力に惹きつけられた白石和彌が初の企画プロデュースを引き受け、ストーリーの真ん中に佇む、孤独を抱えた水道局員を演じてほしいと熱望したのは生田斗真。今も、そしてこの先も名作として世に刻まれていくであろう一作に魂を注いだ2人にお話を伺った。

取材・文=河村道子

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主演・生田斗真

“演じる”というより“空気を纏う”感じでいた

「ただならぬ熱気みたいなものを感じた」。初めて脚本を読んだときのことを、生田さんはそう振り返る。

「10年前に書かれ、大切に温められてきた脚本からは、この映画を成立させたいと願う人々の力、思いの堆積のようなものが感じられました。そうした作品が自分の許へと辿りついて来てくれたこと、映画成立までの長き道のりを歩んでこられた方々からの、“あなたにこの役を演じてほしいんです”という言葉。役者としてこれ以上の喜びに勝るものはなかった、その期待に応えたいと思いました」

 原作は芥川賞候補作となった河林満の『渇水』。長いこと絶版になっていた幻の名編は、日照り続きの夏、来る日も来る日も水道料金を滞納する家庭を訪ね、水道を停めて回っている市の水道局員・岩切俊作の姿を映し出していく。“最強の凡人”とつくり手たちが捉えたその男を、これまで凡人を演じたことのなかった生田さんが演じた。

「世の中には規則やルールと呼ばれるものがありますが、大人になるにつれ、人は皆、そこからはみ出さないようになっていく。そんな日常を繰り返していると、“これって何のためにやっているの?”“本当に合っている?”と思う瞬間に出会うと思うんです。でもそれについて考えていくと迷路にはまってしまうからつい蓋をしてしまう」

“水なんか本来、タダでいいんじゃないかな”。滞納者からそんな言葉を投げつけられても、岩切は粛々と停水執行をしていく。最高気温が続く日々のなか、ライフラインである水を停めることが“死刑執行”を意味していると理解していても。

「岩切はいろんなことで傷ついてきたと思うんですけど、癒えない傷口は見ないふりをし、“なぜ停水執行なんてしなくちゃいけないんですか?”と同僚に問われても、“決まりだから”と笑ってごまかして。“こういうのでいいんだっけ? 人生って”という気持ちのようなものを、彼はぎりぎりのところで堰き止めている気がしました」

 今では稀有となったフィルムカメラで本作は全編撮影されている。フィルムでしか出せない、色、空気が彼のそんな心のうちを映し出していく。

「そこにある空気を纏わなければ、あるいは支配しなければ、ということが、自分のなかのテーマとしてあったかもしれません。“演じる”というより“空気を纏う”ちょっと変える、という感じで」

こぼさないようにしていた水が自分の内から出てきた感覚

映画『渇水』場面写真

 県内全域で給水制限が発令されるなか、岩切は二人きりで家に残された幼い姉妹と出会う。蒸発した父、帰ってこない母。電気とガスはすでに停止され、彼女たちにとって水道は命をつなぐものだった。葛藤を抱えながらも規則に従い、岩切は停水執行を行うが――。

「髙橋監督から、僕と後輩・木田役の磯村(勇斗)君には、姉妹を演じる彼女たちとあまり話さないでください、と言われていたので、現場では一定の距離を保っていたのですが、彼女たちは無邪気に笑顔を振りまいてくるんですよ。こちらも話しかけたいんだけど、それをすることができないということが、会社からどんなことをしても水を停めてこい、と言われていることと繋がってしまって。その感じが妙にリアルで切なかったですね」

 親との関係に悩んだ子供時代の経験から岩切は家族と向き合うことができず、妻は子どもを連れて実家に帰ってしまった。岩切の抱える心の渇き、痛みが、生田さんの渇いた目を通してスクリーンのこちら側にも浸透してくる。

「髙橋監督や白石さんたちと話したとき、やっぱり皆さんも心のどこかに岩切みたいな思いがあって。なぜあのとき、ああしなかったんだろうとか、子どもにこんなこと言っちゃったんだろう、とか。そんな忘れられない後悔、心の傷みたいなものを見せてもらい、それを岩切という人に落とし込んでいった感じがしました。この映画をつくることで、その傷が癒えることはおそらくないんだろうけど、誰かに傷口を見せることで何か助かったりする瞬間もあるのかなって」

 ラストは原作とは異なる、生への希望を照らす方へと向かっていく。

「いろんな人に出会い、“あなた、それでいいんですか?”“ほんとは嫌なんじゃないですか?”と言われ、絶対にこぼさないようにしていた水が自分の内から出てきたような感覚を覚えました。何か変えなきゃダメだと思っても結局は変わらない、という苦味も噛みしめつつ、けれど変えようと思うことが何かを動かすことはあるんじゃないかなと思いました」

生田斗真
いくた・とうま●1984年、北海道生まれ。2010年『人間失格』で映画初出演にして初主演。以降、数々の作品に出演。23年はドラマ『大河ドラマが生まれた日』(NHK総合)を皮切りに『幸運なひと』(NHK)、7月よりドラマ『警部補ダイマジン』(テレビ朝日系)がスタート。

 

企画プロデュース・白石和彌

白石和彌さん

 東京・新宿に髙橋正弥監督も自身もよく行く映画人の集うバーがあるという。

「そこには原作者の河林満さんも生前いらしていたそうなんです。社会に対し、これほど問題意識のある作品を描いていたのに、本人はすごく陽気な方だったそうで、そんな話を聞くにつれ、いったいどういう思いでこの『渇水』を書いていらしたのかなぁという思いが巡る」

 その『渇水』を原作とした素晴らしい脚本があるという噂は、師である若松孝二監督がプロデュースを手掛けていたように、自身も機会があればそうした形で映画に携わりたいと考えていた白石さんの耳にも届いていたという。

「10年前に脚本が書かれて以来、幾度もトライしているけど毎回なぜかうまくいかない、と渡されたのがその脚本でした。これは絶対、映画にしなければと思い、企画プロデュースとして動いていったのは、“この映画、やりたいよね”という人を集めていくことでした。そして生田斗真さんが岩切を演じたいと言ってくださったとき、“車輪が転がり始めた”という感覚がありました」

 脚本を読み、岩切という男にとにかく惹かれたという。

「仕事は一見、優秀にこなしているけど満たされていない。自分のなかの水分が足りていない。家族間も潤いが足りず、彼が出会った少女たちもうまくいっていない。そんななかで彼は小さなテロを起こす。僕は『凶悪』『狐狼の血』でも社会のルールや倫理観から外れる人を描いてきましたが、岩切もあることをした瞬間、何かを踏み外す。それはヤフーニュースに載ってしまうようなことなんですけど、でも何かを踏み外したその瞬間がすべて悪いかというと少なくともそれによって何かを心に残す、誰かの存在がある。それが、岩切が僕のヒーローである最大の理由なんです。その岩切を生田さんが演じてくれたことに得も言われぬ快感がありました。目の深さや“なぜあんな表情できるんだろう?”という芝居に驚くとともに、いち演出家として嫉妬していました」

 監督ではない立場で映画と対峙した白石さんに対し、髙橋監督は“様々なアイデア、ひと言で映画を拓いてもらった”と語る。そのひとつが全編フィルムでの撮影だ。

「舞台は今に置き換えてますが、この作品が書かれた時代、映画はフィルムで撮影されていた。何より水も主人公であるこの映画にはフィルムが似合うと思ったんです。フィルムは予算がかかるので普通、監督からは言い出しにくい、そういったことを、監督でない立場の僕は言いやすくて(笑)、さらっといろいろ提案していました」

 原作と映画のラストは大きく異なる。

「原作が書かれて以来、日本という国は失われた30年を経て疲弊してきている。そのなかでどこかやさしい終わり方をする映画のラストは河林さんと髙橋さんのコラボレーションのちょうどいい位置になったと感じています。観たあとに、“この国は今、こんな状況だけど頑張って生きていけるよね”と思ってもらえる作品になったかなと」

白石和彌
しらいし・かずや●1974年、北海道生まれ。『凶悪』で日本アカデミー賞・優秀監督賞&優秀脚本賞など、『狐狼の血 LEVEL2』では日本アカデミー賞で作品賞、監督賞など最多13部門受賞。『仮面ライダーBLACK SUN』がAmazon Prime Videoにて全世界配信中。

 

映画『渇水』

映画『渇水』場面写真

原作:河林 満(『渇水』角川文庫刊) 
監督:髙橋正弥 
脚本:及川章太郎 
音楽:向井秀徳 
企画プロデュース:白石和彌
出演:生田斗真、門脇 麦、磯村勇斗、尾野真千子 ほか 
配給:KADOKAWA ©「渇水」製作委員会 
6月2日(金)全国公開

日照りが続くある夏、市の水道局に勤める岩切俊作は、水道料金を滞納している家庭を訪ね、水道を停めて回る日々を送っていた。給水制限が発令されるなか、彼は二人きりで家に取り残された幼い姉妹と出会う。親との関係に悩んだ自身の子供時代、妻と一緒に実家に帰ったまま戻ってこない幼い息子を姉妹に重ねるが――。姉妹との交流をきっかけにみずからの心の渇きと正面から向き合う岩切のなかで何かが変わる。岩切の選んだ思いがけない行動とは――? 現代社会に真の絆を問う衝撃と感動の物語。

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