トットちゃんのもうひとつのおはなし『トットちゃんの 15つぶの だいず』 松本春野さんインタビュー<後編>

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/31

『トットちゃんの 15つぶの だいず』は、黒柳徹子さんがコンサートで語ったお話を元に、児童文学作家の柏葉幸子さんが文を、『バスが来ましたよ』などで人気の松本春野さんが絵を描いた新作絵本です。いわさきちひろさんのお孫さんでもある松本さんに、絵本の制作秘話を語っていただいたロングインタビュー<前編>に続き、<後編>では黒柳さんとの交流、そしてトットちゃんへの想いを語っていただきました。

トットちゃんの 15つぶの だいず

原案:黒柳徹子 文:柏葉幸子 絵:松本春野

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みどころ

もし、一日の食べものがだいず15つぶだけになってしまったら……。

この絵本は、トットちゃんの戦争体験を、トットちゃんの目線で語ったおはなしです。戦争がはじまるとどんどん食べるものがなくなり、トットちゃんは、たった15つぶのだいずで一日を過ごすことになります。
この絵本で描かれる、これまでの戦争絵本と違う大きな特徴を2つ挙げてご紹介します。

1つめは、「一日の食べものがだいず15つぶ」という子どもたちが感覚として掴みやすい表現がなされていること。学校へつくまでに3つぶ食べてしまって残り12つぶになったこと、防空壕の中で不安な気持ちから残りのだいずを全部食べちゃおうか、がまんしようかと気持ちをいったりきたりさせるトットちゃんの姿。子どもたちは、だいずが残り何つぶかということを真剣に数えながら、トットちゃんの気持ちに心を添わせて読んでいくことでしょう。

2つめは、トットちゃんの笑顔です。
これまで、戦争の絵本で描かれる子どもたちに笑顔の場面はほとんどありませんでした。もちろん戦時下のつらい状況の中ですから、暗い顔をしていたり泣いていたりするのが当たり前といえば当たり前なのですが、でもきっとその中でも子どもたちの中にはわずかな喜びがあったり、ホッとする瞬間があったり、笑顔になることもあったと思うのです。お話の中で、トットちゃんは読者である私たちにたくさんの表情を見せてくれます。それは子どもそのものを全身で表現しているようなエネルギー溢れるトットちゃんだからこそ実現したことかもしれません。感情豊かなトットちゃんの戦争体験だからこそ、よりリアルに迫ってくるものがあります。平和で安心だった毎日の生活に戦争が入り込んできて、さまざま感情を動かしながら戦争を生き抜いていくトットちゃんを、子どもたちは、友だちのように感じて読みながら、お話に没頭していくことでしょう。

そんなトットちゃんの明るさやひたむきさによって、あたたかい世界が展開していく『トットちゃんの 15つぶの だいず』。そのあたたかさの源は、平和や子どもにとっての幸せであり、だからこそ、その幸せを守らなければいけない、戦争になるとそれが失われてしまうという現実の悲しさが一層伝わるのです。ただこのおはなしは、戦争の悲惨さだけを伝えるのでは終わりません。読み進めた先に現れる最後のページは、子どもたちにも大人にも、大きな希望を見せてくれます。同時に、今の暮らしと過去の戦争が地続きであることも教えてくれるのです。

女優の黒柳徹子さんが自分自身の小学生時代を描き、大ベストセラーとなった『窓ぎわのトットちゃん』。そのもうひとつのおはなしとして『トットちゃんの 15つぶの だいず』が誕生しました。子どもたちに語りかけるような親しみやすい文章を書かれたのは、児童文学作家の柏葉幸子さん。ジブリの「千と千尋の神隠し」に大きな影響をあたえた『霧のむこうのふしぎな町』など、魅力的なファンタジーを次々に生み出されており、子どもから大人までたくさんのファンがいらっしゃいます。

絵を手がけたのは、絵本『バスが来ましたよ』など、やさしい絵が人気の絵本作家、松本春野さん。いわさきちひろさんの孫でもある松本春野さんは、トットちゃんへの深い理解と愛情をもって、新たなトットちゃんを生み出して下さいました。松本春野さんは絵本ナビのインタビューで、たくさんの「自分といっしょだ」を見つけてほしいとメッセージを寄せてくれました。

トットちゃんの戦争体験を自分のことのように感じながら想像し、平和を考える大きな一歩に……。
親子で一緒に、たくさん会話しながら読んでみてください。

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絵本を読んで感じた「なんで?」を親子で調べ、戦争を知ってほしい

───この絵本をどんな風に読んでほしいですか?

松本:私の娘は、1ページ目の「トットちゃんが小学2年生のとき。日本は戦争をはじめました。」という文を読んで、「日本が戦争を始めたの?」と訊ねてきました。そうやって、ひとつの文章でも、1枚の絵でも、たくさんの「なんで?」が出てきます。それを親子でいろいろ調べて、知ってほしいなと思います。

───疑問に思った部分を、掘り下げて考えてほしいということでしょうか。

松本:この絵本は、戦争の悲惨さだけを伝えるのではなく、平和な未来につなげたいと思って描きました。お父さんが戦争に行くシーンで、なぜお父さんは笑顔で旗を振っているのか。きっと子どもたちを心配させないように、扇を指揮棒のように振って「大丈夫だよ」という気持ちをこめて、一生懸命笑うようにしたんじゃないかと。そうやってひとりひとりの想いを考えていくと、悲しいだけの表情にはならないんですね。

お父さんを見送るトットちゃんたち。人物の表情だけでなく、背景に描かれたものにも注目してみてください

───絵本を読んで、ひとりひとりの表情をすごく考えて描かれていらっしゃるのだなと思いました。特に今挙げた、お父さんが戦争に行くシーンは象徴的です。まるでお祭りのように沸き立つ中で、なにもわからない無邪気な弟がいて、トットちゃんはなんとなく察した表情をしていて。そういった表情、ひとつひとつが難しかったのではないでしょうか。

松本:私は、子どもたちがその表情の違いを読み取れると信じています。「どうしてこの子は笑っているのに、こっちの子は笑っていないの」とか、「どうしてお母さんは、お顔を手で押さえているの」など。それが、戦争というものがどうものだったのかを知るキッカケになったらと思います。全員が真剣な顔をして表情がない絵だったら、「なんで?」が出てこない。それぞれにとっての戦争というものを、絵で語れる側面がある。それをひとつひとつ描いたつもりです。

私は人間を描くのがやっぱり好きなんですね。いわさきちひろも人をたくさん描きましたが、表情はあえて描かなかった絵描きなんです。存在そのもの、その尊厳みたいなものを描き出そうとしたのかなというくらい、表情というある種の表面的なものを抑制し、瞳だけが印象的な作品にしているんですね。もしかしたら、ちひろが見てきた子どもはすごく厳しい目をしていたのかもしれません。

───なぜそう感じるのですか?

松本:ちひろの絵の模写をすると、目の上のラインだけすごく緊張感があるんです。他はけっこう適当に描いても似せられますが、キリッと上がった絶対的な目の上のラインが「絶対に誰にも媚びない」という強い意志を持っているのではないかと思うくらい、厳しくて。彼女は、絵描きとして生きることを親から止められて抑圧された体験があり、自分らしく生きることが難しかった時代を、そして戦争も知っています。希望にあふれた子ども以外の姿を知っているからこそ、あんな絵を描くのかなと思うときがあるんですね。もしかしたら、大人の言いなりになるしかなかった子どもたちの、その尊厳を必死で守り抜こうとするような、そんな意志があったのかなと思うんです。

でも私は、ちひろとは違います。私自身は、トットちゃんのように伸び伸びとした子ども時代を過ごし、トットちゃんのように大口を開けて走り回って大きくなった人間なので、トットちゃんのトットちゃんらしさを思い切り描けるという自信がありました。だからコロコロと変わる子どもたちの表情を、大人の抑圧を突き抜けてとびきり輝く表情を描くことで、戦争の悲惨さを伝えたいと思いました。

戦争をはじめる前の温かな家の中の様子から一転して、次のページでは、家族みんなが防空壕に避難したシーンが描かれています。戦争がはじまる前とはじまった後で、トットちゃんたちの表情がどう変わっているのか、ページを行きつ戻りつして見比べてみてください

───子どもたちが伸び伸びと過ごしている平和なシーンと危険が迫って緊張するシーンが交互に出て来るので、平和と戦争の対比がわかりやすかったです。また、物がどんどんなくなっていく描写は、戦争が始まると自分の身の回りでどんなことが起きるのかが、想像しやすいと思いました。絵を描くにあたり、黒柳徹子さんとなにか話をしましたか?

松本:『窓ぎわのトットちゃん』を読んだだけではわからないこともたくさんあったので、黒柳徹子さんとトモエ学園がどんなに楽しかったかなんて長電話をしながら、お弁当を食べるシーンの絵を描きました。「講堂でみんなで食べたのよ」とか話しながら絵を描いたんです。

話をしていて感じたのは、黒柳徹子さんが「戦争は絶対にしちゃいけない」と言うのは、子ども時代の幸せな記憶があるからだということ。その幸せな時代との圧倒的な対比が、戦争というものに対しての悲しみをより深くしていて……。だから作品全体にメリハリをつけるという意味でも、このシーンは思い切り幸せに描きました。もしかしたら、お弁当のおかずは茶色っぽいものが多かったかもしれません。でも、光がさんさんと当たって、幸せな空気の中で、子どもたちの楽しそうなしゃべり声やはしゃぎ声が響き渡る……そういう「音」が聞こえてくるようなページにしようと、すごく意識して描きましたね。

───黒柳徹子さんとお話しながら描かれたというのは、より絵に想いがこもりますね。では、絵の中で修正したものはありますか?

松本黒柳徹子さんから唯一修正が入ったのが、家の窓ガラスにテープを貼ってほしいという点でした。戦争中は、窓ガラスが割れて飛び散らないように、テープを貼っていたそうなんです。そして、毎回私が描いた絵に対して、電話ですぐにレスポンスをくださる気遣いが本当にうれしかったです。

それは私を小さいころから知っているということではなく、黒柳徹子さんが周囲の人に対して、いつもしている気遣いで。だからこそ、長くテレビの世界で活躍し、世界中の苛酷な状況の国に親善大使として訪問したときに歓迎されるのだと思うんです。声をかけられたら、温かくて、受け手がすごくうれしくなるような言葉といっしょに返してくれる。だからトットちゃんは、世界中の子どもたちがら熱烈に歓迎されて、みんなと友達になって、みんなのトットちゃんになれるんだと。改めて、黒柳徹子さんはすごい人なんだと、仕事を進めていく中で実感しました。

いわさきちひろの絵がすごくお好きで、ちひろ美術館に来るたびに「いわさきちひろさんの絵は本当にかわいい」と言いながら絵を見ていた姿が印象に残っているので、私の絵をどう思うんだろうと不安があったんです。そんな思いをわかってくださったから、私の絵を褒めてくれたのかなって。黒柳徹子さんはなんて多くのものを人に与えるのだろうと。世界中の子ともだちにもいろいろな支援をして、日本でもテレビを通してたくさんの元気を与えてくれて。こうやって仕事として関わる人にたくさんの愛情を与えてくださって。だから『トットちゃんの 15つぶの だいず』は、本当にトットちゃんの存在あっての絵本なんです。

幸せも辛さも、自分の感情をぐっと絵にこめて

───絵は、おはなしの順番通りに描いていきましたか?

松本:明るくて楽しいシーンから描きました。自分の気持ちとして、戦争のシーンから描いたら、最後まで描けないのではと思ったんです。やっぱり辛いシーンは描きたくないんですが、でも「幸せのために描くんだ、この絵本は平和のために描くんだ」と自分に言い聞かせながら。そうすると、幸せなシーンをいっぱい描いた後で、本当に悲しいという気持ちで悲しいシーンが描ける。描ききらないといけない辛さが、ぐっと絵にこめられますね。

───描くのがもっとも辛かったシーンはどこですか?

松本:ラストシーンの1つ前、空襲のシーンです。ここはたくさんの方達が亡くなったという現実が一気に押し寄せてくるシーンですし、トットちゃんが栄養不良になって体中おできだらけになったという文章が、本当に壮絶で……。トットちゃんの1日の気分の浮き沈みだけではやっぱり終わらせられない、「戦争」というものを描かないといけないシーンをどうやって描くかと、最後まで迷ったシーンでした。

トットちゃんが戦争で体験した辛さを想い、一瞬、目を潤ませた松本さん

松本:ちょうどこの絵を描く前に、戦前から戦後にかけて活躍した女流画家たちのドキュメンタリーを見たんです。戦中は戦意高揚のための戦争画を描いたけど、戦後「あれは間違いだった」と言い、戦争の悲惨さを描くような絵を描いていったという流れで、たくさんの戦争画を見ました。体験した本人が描いたものなので、本当に悲惨で、おどろおどろしくて。火の海の中を逃げ回る東京大空襲の絵がたくさん登場しましたが、この絵本の最後にそういった絵を入れるのは違うなと思ったんですね。

───それは、なぜですか?

松本:トットちゃん自身は、東京大空襲を体験していないんです。娘に空爆の報道写真を見せていたら、「花火みたい」と言ったこともヒントになりました。空襲を見た人の証言を読むと「花火が上がったみたいだった」とか「綺麗だった」という言葉もあって、不謹慎にも、遠くから見た人たちにとってはそういう風に見えたんだろうなと思いました。

でも絵本として、戦争が、空襲がどういうものだったんだろうと思うきっかけになる絵にするには、やっぱり子どもの記憶を絵にする必要があります。空襲の悲惨さはここから文章だけで十分に伝わるから、絵はぼんやりと子どもが捉えた「明るかった」、「東京の空は真っ赤だった」、「夜なのに真っ赤でした」という印象の絵にしなければと考えたんです。

実際に描き始めたときは、夜だからと空を暗くしていました。でも、暗い夜の海に火が広がっていく感じになったときに、「消さなきゃ」と思ったんです。それで砂消しでガンガン消したら、黒い空の部分の紙がボロボロになって。それがまた、戦争の悲惨さとか記憶が薄れていく感じなど、いろいろなものが表現できると気づいて。そこから夢中でガーッと消していって、「これかも」と思ってできた絵でした。

───絵を描くことは、白い紙の上に世界を作り出していく作業ですが、逆に描いたものを消していく作業になったんですね。

松本:だから、試行錯誤の連続でした。もう1回この絵を描いてと言われても描けないですし、やっぱり描きたい絵ではないんです。でもそれでも描かなきゃっていう葛藤もあって……。

いわさきちひろは、戦争の絵を白黒で描いています。もしかしたら、本物を描きたくないという思いもあったのかもしれません。絵に本物を描く必要がなく、その心で見た風景を絵にすればいいんじゃないかと思いました。これはトットちゃんが体験した戦争なので、写実的な絵で想像を膨らませる必要はなく、ぼんやり何が描かれてるのかわからない中で、「どうだったんだろう」と、子どもたちがその先に自分の意志で進むほうが大事だなと思ったんです。

私が描いた東京大空襲の絵について、高畑勲さんに伺ってみたかったなと思いました。高畑勲さんはいわさきちひろ美術館の理事を務めていらして、私の絵本の絵一枚一枚に対しても、真剣にものを言ってくださる人でした。

高畑勲さんがいわさきちひろの絵の評論をする中で、「絵は人間だけど人間ではないから、人がいかようにも思いを重ねて観ることができる。その抽象性みたいなものがあるから、誰にでもなれる。だから目は点で良い」といつも言っていました。私の絵も、その要素がちょうどいいんだと言ってくださったことがあって。だからこの絵の風景は誰のものにもできる、あの日あの場所で見た風景である必要はないんだと。難しい絵に対峙するときは、高畑勲さんの言葉がいつも頭に蘇ります。そのままで描く必要はなく、写実的に描くことに意味はないのだと。

───松本春野さんの絵もいわさきちひろさんの絵も、きっと想像する余地があるから、心地よさを感じるのかなと思いました。

松本:それは、見た絵を自分のものにできるからだと思います。いわさきちひろの絵もそうですが、余白がたくさんあって、「これはうちの子に似てる」など、自由に自分の解釈ができて。そうするとすごく愛着が湧いてくるんです、その作品に。そして自分のものにできる。

私は、いわさきちひろとはまったく違う人格ですが、ベースにある自意識みたいなものは、確実に影響を受けていると思いますね。いわさきちひろと自分の作品を比較して、作品を作るたびに自分の中で総括しています。でも人格が違えば、同じ素材を使っていてもまったく違う子どもの絵になりますし、子どもの描き方ひとつとっても違うし、平和へのアプローチも違う。でも水彩を身近に感じて使うのは、自分の中の原風景に、水彩の気持ちよさみたいなものがあるんだということ。たくさん素材があったときに、じゃあ何を使おうかってなったらやっぱり水彩に手が伸びたりするのがあって。きっと味噌汁が好き、みたいな感覚と同じなんでしょうね。

松本さん愛用の画材の一部。『トットちゃんの 15つぶの だいず』は、水彩絵の具や色鉛筆、コンテなどを使って描いています

───先ほど同じ絵は二度と描けないとおっしゃっていましたが、修正が難しい水彩画ならなおさらですね。

松本:そうなんです。いわさきちひろは一発で決められる人だけど、私はそれほど潔くなく、もがくタイプで、砂消しで消したりします。もちろん、いわさきちひろももがいていたとは思いますが、私からするといわさきちひろは、良妻賢母であり職業人としても一流、自分が大黒柱となって家庭を支えたという、人間としてもすごい人だった。昔の女性のほうが求められるものが多くて、「私も仕事してるんだからあなたも家事してよ」なんてことは、一切夫には言わなかったと思うんです。だから「黙ってこの線を引く」みたいな。そういうシビアさもあるんじゃないかなと思います。

私の絵は「映像世代の絵だね」と言われたことがあります。いわさきちひろと違い、私は俯瞰の構図の絵を描きます。映画が好きなこともあって、カメラワークという感じですね。

松本さんは、一枚一枚の絵に対して、どんなことを思いながら描いたのか丁寧に語ってくださいました

───ラフの絵から変更した絵はありますか?

松本:戦争前のトットちゃんの家の様子です。「戦争をはじめる前、トットちゃんは、雨の日が好きでした」といイメージに寄せて、雨の中家に帰ってきたお父さんを出迎えるトットちゃんを描きましたが、背景が暗くなってしまうのと、ここにお母さんを入れると情報量が多くなって、うるさく感じてしまって。この後は連続して家の外のシーンなので、やっぱり家の中にしよう考えて、「家族がそろって、あたたかい明るい部屋にいるのです」という部分に寄せて描きました。

絵は、ひとつの文章から何パターンでも描けるので、最適な絵はなにかを選択して、決断していくところが一番時間がかかりますね。

左が「雨の日が好き」という文に寄せた初期のラフ画。右が絵本の決定稿となった絵です。どちらもトットちゃんの幸せな瞬間を描いていますが、右のほうが色味も温かく、お母さんに弟、犬のロッキーもいて、まさにトットちゃん一家大集合の絵になっています

 

今のトットちゃんを描いたラストシーンの意味

───小さなお子さんの場合、トットちゃんが黒柳徹子さんだと結びつかないかもしれません。そういう意味で、最後のページに、ユニセフ親善大使として活躍する黒柳徹子さんの姿を入れたのでしょうか?

松本:その通りです。結果、大正解でした。最初にも触れましたが、娘が最後のページを読んで「トットちゃんが生きてる!」と大喜びしたんです。その1ページ前までは、子どもが戦争について想像できるようなエピソードの連続です。そしてその戦争の辛さも含めて、火の海の中になっていくような、そんなページの次に、それでもこの人が生きていたんだということが、子どもにとってどれだけうれしいことなのか、私も娘の反応を見てびっくりしました。

───『トットちゃんの 15つぶの だいず』を読んでから『窓ぎわのトットちゃん』を読み直すと、泰明ちゃんをはじめとするトモエ学園のお友達の顔が浮かんできて、より身近な存在に感じられました。

松本:娘は、絵本を描くときの資料として机に置いてあった『窓ぎわのトットちゃん』を、夢中で読み始めて「幸せなはなしがいっぱいで良かった」と言っていました。絵本のおはなしを先に聞いて、トットちゃんてどんな子だったんだろうと、知りたい気持ちが膨らんだ様子です。今は『トットちゃんとトットちゃんたち』も読んでいて、一気に読書熱が高まったみたいですね。地球儀を持ってきて、「この子の国はどこ?」と探しては、いろいろ想像しながらおしゃべりしました。わからなかったら、子どもといっしょに調べたらいいと思います。私達親にとっても、戦争は体験したことがない時代の話ですから。そうやって絵本がコミュニケーションの輪を広げたり、知らないものにアクセスするきっかけになったらいいなと思います。

トットちゃんとトットちゃんたち

著:黒柳徹子

───これからは、『トットちゃんの 15つぶの だいず』で初めてトットちゃんに出会う子が出てくるかもしれませんね。

松本:そう言われると、確かに小さい子にとっては、絵本が最初かもしれません。『トットちゃんの 15つぶの だいず』を見て『窓ぎわのトットちゃん』に行くとなると、責任は重大ですね。

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『窓ぎわのトットちゃん』は家族にとっても、自分にとっても大切な本

───作品についてたっぷりお伺いしたので、ここからは松本さんご自身のことについてお話しを聞きたいです。松本さんは『窓ぎわのトットちゃん』といつどんな風に出会い、どのように読みましたか?

松本:私は1984年生まれなので、1981年に単行本が出版された『窓ぎわのトットちゃん』は、子どものころから家にありました。黒柳徹子さんが雑誌に連載していたときも、私はまだ生まれていませんでしたが、両親が小さな姉を背負いながら、夜、絵をいっしょに選んでいたようです。ですから、わが家にとっても「自分たちの本だ」という思いが強くて。家族にとっても大切な本でした。

私が生まれてからも『窓ぎわのトットちゃん』は身近にある作品でした。細かな時期は覚えていませんが、きっと小学校にあがってから本を読んだと思います。なにより、本で使われた絵を知っていますから。当時は現在の美術館と、私達が住んでいたエリアが繋がっていて、保育園から帰ってきたら美術館で仕事をしている両親のそばや美術館中を駆け回って遊んで。当時、レセプションや展示会があると、黒柳徹子さんがよくいらしていました。それで、わが家で食事をしていくこともあって。私にとっては、本当に「テレビのおばちゃん」という関係だったと思います。

───『窓ぎわのトットちゃん』の中で、特に印象深いエピソードはなんですか?

松本:「泰明ちゃんが死んだ」はすごく印象的でした。お友達が死んじゃうなんて、自分の経験としてもなくて。泰明ちゃんがどんな子で、どんな風に遊んだかなどいろいろ知っているし、生きている感覚で読んでいたのに、いなくなっちゃうんだというのがすごく悲しくて。『窓ぎわのトットちゃん』には、うれしいことも悲しいことも全部、宝石みたいに詰まっているんですよね。両方あるから、あんなに輝いているんだろうなって。トモエ学園に入る前日に、校長先生がずっとトットちゃんのお話を聞いてくれたなど、全部がうらやましいなと思っていました。

もうひとつ、トットちゃんが鉛筆を歯でかじって削っていたというエピソードも好きです。大好きな泰ちゃんの鉛筆は鉛筆削りで削るのに、自分の鉛筆は歯でかじっている。もう、一気にトットちゃんの野蛮さが出ていて(笑)。学芸会で義経役になったのに役を無視して、やられたらやり返しちゃう話も好きでした。

───お嬢さんは、どのエピソードが好きですか?

松本;娘は「お見舞い」です。トットちゃんが病院で負傷兵の方たちに、お弁当の歌を歌うシーンで「あそこで泣いちゃう。兵隊さんが泣いちゃうはなしがすごく好きなんだ」と言っていました

───お嬢さんの話題が出ましたが、ご自身の子育てで「こんな風にしたい」と決めていることなどはありますか?

松本:多くの親御さんが、「子どもが生まれたらこうしよう」と一度は思ったことがあると思いますが、日々が忙しくて、仕事も育児もだとすさまじい1日が過ぎていきます。娘は小学2年生なんですが、やりたいことがたくさんある子。いつも娘自身から「余計な口を出さないように」と言われています(笑)。

親だから、子どものすべてを把握しているかといったら、そんなことはできるわけがない。子どもが話してくれた今日の出来事は、その瞬間に彼女に見えたことであって、その1日のことではないんですよね。だから子どもが話しているときは、子どもの気持ちになって聞く。大きく捉えずに、その時間を彼女と真剣に向かい合うようにしています。

親の力ってなんだろうと思いますが、やっぱり親が幸せに生きる背中を見せることが良いのかな。

───松本さんご自身が、小さいころに好きだった絵本はなんですか?

松本:林明子さんの絵本が大好きで、『いもうとのにゅういん』と『おでかけのまえに』が特にお気に入りでした。私には妹はいませんが、たとえ兄弟でも、自分の大切なものとかをあげられないというエピソードが好きでした。雷が鳴って布団に潜るシーンがあるんですが、大人になってもあの感覚に共感します。布団をかぶると胸の中がキュンと鳴る気がしていましたし、逆上がりで鉄棒に足をひっかけても胸がキュンとなっていました。それでいつも、こういう気持ちってどうやって説明したらいいんだろう、どうやってみんなにわかってもらえるんだろうって思っていたときに、『いもうとのにゅういん』を読んで「これだ!」、「きっと絵本の中のあさえも同じことを感じているはず」と思いました。そのころは、『いもうとのにゅういん』のお姉ちゃん、あさえの気持ちでした。海外の絵本も結構たくさん見ていましたし、エリック・カールさんが自宅に遊びにいらしていたこともありましたが、やっぱり林明子さんが好きという(笑)。

でも、そういう人たちがすっごく自由にものを描く姿を見られたというのは、大きな価値になっていると思います。例えばクヴィエタ・パツォウスカーさんというチェコの絵描きさんといっしょに絵を描いたときに、「絵ってこんなに自由でいいんだ」と感じた感覚を覚えています。うまく描かないといけないとか、人間を人間に見えるように描かないといけないとかということに、あまり重きをおかないという価値観を知ることができたおかげで、「絵はこうでなければといけない」という考えからは、かなり早くから開放されたかもしれないです。

安野光雅さんの絵本も大好きで、ちひろ美術館で展示していたのをすごくよく覚えていますね。美術館で絵を見ていると、どっちが天井かどっちが地面かわからなくなっちゃうと思って。安野光雅さんの絵と一緒にぐるぐる回ってると「なんじゃこりゃ」となって(笑)。そういうのが好きでした。

松本春野さんが小さい頃に好きだった絵本

いもうとのにゅういん

作:筒井頼子 絵:林明子

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おでかけのまえに

作:筒井頼子 絵:林明子

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───たくさんお話していただき、ありがとうございました。最後に絵本ナビユーザーにメッセージをお願いします。

松本:たくさんの「なんで」と、たくさんの「自分といっしょだ」を見つけてほしいです。もし、戦争の絵本は絵が怖くて読みたくないなと思ったら、怖い絵のところは読み飛ばしてもだいじょうぶ。

1回読んだ娘は「キャラメルが出てこないシーンが悲しくて読めない」と言うんです。出てこないのが嫌だと。だから「もう知っているところだから飛ばしていいよ、読みたいところだけ読んでね」と伝えています。そんな風に、その子なりの読み方でいいんじゃないかと思います。「この子はトットちゃんのことが好きだね」とか、そんなことをいつも言いながら読んでいます。

そういえば「残していた7粒のだいずを食べました」というところで、「本当に残したかどうか気になるから描いて」と言われて、「やっぱり子どもは気になっちゃうんだね」と柏葉幸子先生と話しました(笑)。「だって、途中で転んで落としているかもしれないでしょ、あったの、ないの、どっち?」と。本当に絵本を読みながら、指で残りの大豆の数を数えながら一生懸命聞いていたので、その気持ちをくんで大豆を描きました。そういった細かな部分まで、楽しんでいただけたらうれしいです。

───ありがとうございました。

取材のときは、絵本が映える色のお洋服を選ぶそう。「絵本が主役だから!」という言葉に納得です
インタビュアーの秋山と、ちひろ美術館中庭にて

聞き手:秋山朋恵(絵本ナビ)
構成・文:中村美奈子(絵本ナビ)
撮影:嶋田礼奈(講談社)
撮影協力:ちひろ美術館・東京

トットちゃんの 15つぶの だいず

原案:黒柳徹子 文:柏葉幸子 絵:松本春野

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『窓ぎわのトットちゃん』初の映画化決定! 2023年12月8日ロードショー

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