ラランド・ニシダの小説は暗すぎる? 又吉直樹「どれも優しいですよ」――小説家デビューを飾ったニシダが憧れの先輩と初対談!

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/10

ニシダさん、又吉直樹さん

初めて小説執筆に挑戦し、短篇小説集『不器用で』が7月24日に発売となったニシダさん。小説家デビューにあたりどうしても会いたかったのが、芸人と作家のふたつのジャンルで活躍する先輩であり、3月には10年ぶりのエッセイ『月と散文』を上梓した又吉直樹さん。お互いの著書について語り合うなかで、それぞれに個性的なふたりの観察眼と、その源も垣間見えた、濃密な対談の模様をお届けします。

取材・文=吉田大助 写真=橋本龍二

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「気持ち悪っ!」ってなるところを美しさとして捉える、主人公の純粋さ

──芸人であるお二人が小説を書き始めたきっかけは?

又吉:僕は26歳ぐらいの時に、短編小説みたいなものを書いて欲しいとオファーを頂いたんです。「でも僕、小説書いたことないですよ」と言って、それでもいいのでって書かせてもらったのが最初ですね。カメラマンさんが撮った手品をしてる人たちの写真を題材にして書く、という企画も面白そうだったし、オファーしてきてくれた人がすごく信用できたんですよね。いろんな作家の人に声をかけたけど全員に断られたんですって、僕のところに話が来るまでの背景を全部話してくれたんですよ。そこまで話してくれるんだ、と(笑)。

ニシダ:僕も編集者の方から「小説を書きませんか?」と突然言われて、小説を読むのは好きだし文章を書くことは昔から好きだったので、やったことはないけどやってみようかな、と。

又吉:お題はフリーで?

ニシダ:フリーでした。「なんでもいいですよ」と言われていたんですが、最初に出した案はボツになったんです。次に出した案が、この本の2本目に入っている「アクアリウム」です。東日本大震災の後に、被災地で取れた魚のお腹から髪が出てきたというエピソードが、ずっと自分の中で引っ掛かっていたんです。そのエピソードから話を膨らませていきました。

又吉直樹さん

──高校二年生の少年は、生物部の同級生・波多野を見下すことで、鬱屈した日常をやり過ごしている。部の活動として参加した魚釣りで、大物を釣り上げたところ……と話は進んでいきます。

ニシダ:学生時代に「こいつは自分より下だな」とか見下していたやつって、今になって考えてみれば、実は自分とは同じ物差しで生きていなかっただけなんじゃないか、と思ったことがあったんです。

又吉:最後の方で波多野くんが過去にやっていた不思議なエピソードが出てくるんですが、その行動を主人公は優しさとか美徳として受け入れて、打ちのめされるじゃないですか。僕だったら「気持ち悪っ!」ってなる(笑)。それをある種の美しさとして捉える感覚は主人公の純粋さだし、ニシダくんっぽさなのかもしれないなと思いましたね。

ニシダ:確かに、原稿を提出した編集の方から「この行動を優しいって思うものですかね?」と言われたんですが、自分としては筋が通っているものだったんです。

又吉:普通はこうだろう、こっちに行くだろう、というところからのズレとか歪みみたいなものは、他の作品にもありますよね。1本目の「遺影」も、美術の先生が出てくるけど、主人公がやってることを注意しそうだけど注意しない。あの人、面白かったな。

ニシダ:嬉しいです。脇の登場人物たちが、主人公とかお話にとって都合よくならないようにとは意識していました。

ニシダさん

──「遺影」は、いじめっ子に命令されて、クラスメイトの遺影を作らなければならなくなった団地住まいの中学一年生男子が主人公です。遺影を作るためお母さんの財布から1500円抜き取る時はこっそりだったのに、いろいろな葛藤を経てネガティブな状況を抜け出した後、コピー代の100円をもらう時はお母さんにちゃんとお願いする。その描写の中に、根はいい子、という人柄が滲んでいるんですよね。

又吉:それもあるし、もしかしたらこの子が1500円を盗むはずないって母親に思わせる効果もありますよね。100円をねだるいい子なんだから……と母親がなるよう、無意識に考えてやったことかもしれない。

ニシダ:巧妙なフェイクの可能性も!(笑) 全然想定していなかった解釈なんですが、そういうことにしたいなと思いました、今。

又吉:僕が性格悪いだけです(笑)。

ニシダの小説は暗い? 「どれも優しいですよ」

──ニシダさんは、又吉さんの小説だけでなくエッセイも好きだそうですね。

ニシダ:高校生の時にフリーペーパーに連載されていた『第2図書係補佐』を読んで、「文章でもこんなに面白いんだ!」と衝撃だったんですよ。最新刊の『月と散文』は、序文からしてエッセイじゃない感が出ていますよね。読み終えた感覚としては、自伝小説ぐらいの重さがあったな、と。ご自身のウェブサイトで、週に3本ぐらい連載したエッセイをまとめたんですよね?

又吉:そうですね。長いのは週に1本で、あとは自由律俳句とそれに付けている短文、ネタっぽいやつを、毎週3つ出すようにしていました。長い文章だけじゃなくて、自由律俳句につけてた短文を伸ばしたり、ネタっぽいやつをエッセイに書き換えたりとかして、この1冊になりました。

ニシダ:自分は両親と死ぬほど今仲が悪くて、実家は出禁になってるんです。自分の部屋だったところが、ペットの犬の部屋になっているぐらい仲が悪い。でも、又吉さんのエッセイは全編を通して、言い方が難しいですけど、ご両親に対する「執着」みたいなものを感じました。それってどういう気持ちから出てくるものなんだろうと、ものすごく興味が湧きました。

ニシダさん

又吉:異常な興味が、親に対してあるんですよね。一番最初に見た人間だから、人間の雛形が僕にとっては両親。両親ともに平均的な人間ではないので、そのおかげで世界の見え方全部がちょっとずれて見えているんです。めっちゃ普通のことばっかり言う人や、子供の頃から僕が知ってることを教えてくれるやつのことを異常に嫌いだったりするのは、次に何言ってくるかわからない両親を見てたから。そっちが普通になっているんですよね。

ニシダ:普通が、おかしいんですね(笑)。

又吉:学校の方が、家よりラクっちゃラクでした。家の方が難易度高くて、おとんが一番攻略できない存在で、学校で先生にめっちゃ怒られても全く怖くなかったんですよ。学校の先生は自分がやったことに対して怒ってるから、ちゃんと理由があるし、ルールが明確に分かるから怖さは別にない。何も悪いことしてないのに急にキレ出したりする親だと、この人今何考えてんねやと想像するしかないんですよ。それをずっとやってたら、好きになってしまった(笑)。

ニシダ:そこで「もういいわ!」とならないところが又吉さんらしいなと思うんです。中学生とか高校生ぐらいで「合わない」と親と断絶してしまうタイミングが来そうなものに、ずっと興味を抱いている。

又吉:僕が作るほぼ全部のキャラクターは、父と母をまず真ん中のゼロ目盛に置いて、そこからの距離でできている気がしますね。

又吉直樹さん

──ニシダさんは家族や幼年時代の経験から、今の自分がどんな影響を受けていると感じていますか?

ニシダ:僕は帰国子女なんです。もともとは山口で生まれて、その後幼稚園でドイツに行って、小学校はスペインに行って、そこから日本に戻ってきたんですけど、国をまたいだ転校だと人間関係がぶつ切りになるんです。その経験が、悪い意味で人格形成に影響を与えてるんだろうなって気はしますね。

又吉:人とあんまり親しくなりすぎない?

ニシダ:そうですね。どうせいつかはぶつ切りになるし、みたいな。

──そこから、相方のサーヤさんが新しい関係性に連れ出してくれた。

ニシダ:そうですね。コンビを組んだのが大学時代なので、もう10年ぐらいの付き合いになります。それ以前は、長く付き合うような人間関係はほぼ作れなかったかもしれない。

又吉:相方は、ニシダさんの小説を読んだんですか?

ニシダ:何個か読んでくれました。「小説 野性時代」に掲載された時に読んでくれて、もらった感想としては「暗いのばっかりだね」と(笑)。

又吉:僕はそんなに暗いとは思わなかったですけどね。なんだろう、どれも優しいですよ。

──今日お話しいただいた又吉さんの読解で、ニシダさんの小説は暗いわけではないことが伝わるのではないかと思います。そのあたり、しっかり記事化させていただきます!

ニシダさん、又吉直樹さん

プロフィール
又吉直樹(またよし・なおき)
1980年大阪府寝屋川市生まれ。芸人。99年に上京し吉本興業の養成所に入り、2000年デビュー。03年に綾部祐二と「ピース」を結成。現在、執筆活動にくわえ、テレビやラジオ出演、YouTubeチャンネル『渦』での動画配信など多岐にわたって活躍中。またオフィシャルコミュニティ『月と散文』では書き下ろしの作品を週3回配信している。著書に、小説作品として『火花』『劇場』『人間』が、エッセイ集として『第2図書係補佐』『東京百景』などがある。
オフィシャルコミュニティ『月と散文』:https://www.tsukitosanbun.com/

ニシダ
1994年7月24日生まれ、山口県宇部市出身。2014年、サーヤとともにお笑いコンビ「ラランド」を結成。本書が初の著書となる。
ラランド公式サイト:https://www.lalande.jp/

作品紹介

月と散文

『月と散文』
著者 又吉直樹
発売日:2023年03月24日

センチメンタルが生み出す爆発力、ナイーブがもたらす激情。
いろんなものが失くなってしまった日常だけれど、窓の外の夜空には月は出ていて、書き掛けの散文だけは確かにあった―― 16万部超のベストセラー『東京百景』から10年。青春の後の人生の中で、孤独、家族、表現活動と向き合う日々の出来事、内側で爆ぜる感情を描く、又吉直樹の新作エッセイ集。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000861/

 

不器用で

『不器用で』
著者 ニシダ
発売日:2023年07月24日

年間100 冊を読破、無類の読書好きとして知られるニシダがついに小説を執筆。
繊細な観察眼と表現力が光る珠玉の5篇。

【収録作品】
「遺影」
じゃあユウシはアミの遺影を作る担当な――。中学1年の夏休み、ユウシはクラスでいじめられている女子の遺影を作らなくてはいけなくなった。
貧しい親のもとに生まれてきたアミと僕とは同じタイプの人間なのに……。そう思いながらも、ユウシは遺影を手作りし始める。

「アクアリウム」
僕の所属する生物部の活動は、市販のシラス干しの中からシラス以外の干涸びた生物を探すだけ。
退屈で無駄な作業だと思いつつ、他にやりたいこともない。同級生の波多野を見下すことで、僕はかろうじてプライドを保っている。
だがその夏、海釣りに行った僕と波多野は衝撃的な経験をする。

「焼け石」
アルバイト先のスーパー銭湯で、男性用のサウナの清掃をすることになった。
大学の課題や就職活動で忙しいわたしを社員が気遣って、休憩時間の多いサウナ室担当にしてくれたらしいのだが、新入りのアルバイト・滝くんは、女性にやらせるのはおかしいと直訴したらしい。
裸の男性が嫌でも目に入る職場にはもう慣れた、ありがた迷惑だと思っていたわたしだったが――。

「テトロドトキシン」
生きる意義も目的も見出せないまま27歳になり、マッチングアプリで経験人数を増やすだけの日々をおくる僕は、虫歯に繁殖した細菌が脳や臓器を冒すと知って、虫歯を治さないという「消極的自死」を選んでいる。
ふと気が向いて参加した高校の同窓会に、趣味で辞書をつくっているという咲子がやってきた。

「濡れ鼠」
12歳年下の恋人・実里に、余裕を持って接していたはずの史学科准教授のわたし。
同じ大学の事務員だった彼女がバーで働き始めてから、なにかがおかしくなってしまった。
ある朝、実里が帰宅していないことに気が付いたわたしは動転してしまう。

特設サイト:https://kadobun.jp/special/nishida/bukiyoude

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