【京極夏彦特集】今に連なる原点にして、紡がれる伝説。「百鬼夜行」シリーズ全作ガイド

文芸・カルチャー

更新日:2023/9/15

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年10月号からの転載です。

 「巷説百物語」「書楼弔堂」など多くの人気シリーズを抱える京極夏彦さん。その代表作といえば何といっても累計1000万部を超える「百鬼夜行」シリーズだ。17年ぶりの長編『鵼の碑』刊行を間近に控えた今、シリーズの歩みと既刊の内容をおさらいしておこう。

*束幅・重さは編集部調べ。環境によって若干の誤差がある場合がございます。

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文=朝宮運河

エンタメの歴史を変えた伝説的シリーズの歩み

 1994年9月にシリーズ第1作『姑獲鳥の夏』が刊行されてから29年。「百鬼夜行」シリーズは長編9作、中短編集6冊を擁する一大シリーズへと成長した。今日までの累計発行部数は1000万部以上。2005年には『姑獲鳥の夏』が映画化されたのに加え、日本推理作家協会賞受賞のシリーズ第2作『魍魎の匣』が07年に映画化、08年にテレビアニメ化、19年に舞台化されている。昨今の妖怪ブームを牽引し、各界のクリエイターに影響を与え続ける「百鬼夜行」シリーズは、日本のエンターテインメントのあり方を大きく変えた。

 物語の舞台は、戦争の爪痕がいまだ残る昭和20年代後半の東京。次々と巻き起こる事件に、小説家の関口巽、探偵の榎木津礼二郎、刑事の木場修太郎らおなじみの面々が関わっていく。タイトルはすべて妖怪に由来しており、作中で描かれる人知を超えた事件や異常な犯罪、錯綜した人間関係は、それぞれの妖怪の性質と響き合っている。

 難事件を解決するのは、古本屋を営む京極堂こと中禅寺秋彦の仕事だ。「この世には不思議なことなど何もない」が口癖の京極堂は、宗教や民俗学、心理学や物理学などあらゆる分野に通じた博覧強記の人物で、先祖代々の神社を守る神主でもある。彼の憑物落としによって事件の真相が明らかになり、失われた日常が回復する。

「百鬼夜行」シリーズといえばレンガのような分厚さで知られるが、それだけの分量を一気読みさせてしまうのが作者・京極夏彦のすごいところ。複雑に絡み合う無数のエピソードを手際よく操りながら、読者を壮大な物語の渦へと引き込んでいく技巧は、まさに現代の言霊使いと呼ぶにふさわしい。

 シリーズには規模の大きな事件を扱った長編に加え、憑物落としのない妖怪小説集「百鬼夜行」、型破りな探偵・榎木津をメインに据えた「百器徒然袋」、奇行の妖怪研究家・多々良勝五郎が旅先で騒動に巻き込まれる「今昔続百鬼」、そして京極堂の妹・敦子らが探偵役を務める「今昔百鬼拾遺」という外伝的作品も書かれている。魅力的なキャラクターが多数登場する百鬼夜行ワールドは、誕生から30年弱を経てますます広がりを見せているのだ。

 そして今年9月には『邪魅の雫』以来17年ぶりとなる長編『鵼の碑』が刊行されることになった。鵼とはどんな妖怪なのか。関口や榎木津、京極堂は今回どんな活躍を見せるのか。伝説的シリーズの新作を手にできる喜びを噛みしめながら、発売日を楽しみに待ちたい。

長編

『文庫版 姑獲鳥の夏』

あなたの世界が覆る、超絶トリックの妖怪小説
『文庫版 姑獲鳥の夏』
講談社文庫 1012円(税込)
昭和27年夏、小説家の関口巽は探偵・榎木津礼二郎らとともに東京・雑司ヶ谷にある久遠寺医院を訪れた。婿養子の医師が密室から失踪し、その妻が20カ月も赤ん坊を身籠もっているという久遠寺家を覆う呪いの正体とは。魅力溢れるキャラクター、カタルシスに富んだ物語、大胆不敵なトリック。すべてが衝撃的な伝説のデビュー作。
【束幅23mm 重さ288g】

『文庫版 魍魎の匣』

匣の中には何がある――? 月光が照らす猟奇犯罪の真相
『文庫版 魍魎の匣』
講談社文庫 1650円(税込)
駅のホームから14歳の少女・柚木加菜子が転落した。現場に居合わせた刑事・木場修太郎は加菜子の友人・楠本頼子から事情を聞こうとする。一方、関口は連続バラバラ殺人の取材を続けていた。やがて2つの事件は〈匣〉を介して重なり……。彼岸に魅入られた人間の姿を、幻想的な描写、緻密なプロットとともに描くシリーズ第2作。
【束幅40mm 重さ476g】

『文庫版 狂骨の夢』

海鳴りが嫌いな女が語る、シリーズ屈指の奇妙な事件
『文庫版 狂骨の夢』
講談社文庫 1540円(税込)
元精神神経科医の降旗は朱美という女性から、殺したはずの夫が何度も戻ってくるという告白を聞く。一方、逗子海岸では金の髑髏が次々と目撃される怪事件が起こっていた。朱美の記憶にはどんな真実が埋もれているのか。古本屋にして拝み屋・中禅寺秋彦(京極堂)がシリーズ屈指の不可解な謎に挑む。記憶の迷宮に分け入る第3長編。
【束幅36mm 重さ435g】

『文庫版 鉄鼠の檻』

次々と殺されていく僧侶。宗教の檻に京極堂が挑む
『文庫版 鉄鼠の檻』
講談社文庫 1738円(税込)
箱根の旅館の庭で、座禅を組んだ僧侶の死体が発見され、宿に泊まっていた古物商・今川雅澄や京極堂の妹・敦子などが拘束される。それは古刹での連続僧侶殺人事件の幕開けだった。京極堂、関口、榎木津らお馴染みのメンバーが箱根に結集し、禅寺という“檻”に潜む鉄鼠と対峙する。京極作品=レンガ本というイメージを決定づけた超大作。
【束幅51mm 重さ612g】

『文庫版 絡新婦の理』

資産家・織作家で交錯するヒロインたちの数奇な運命
『文庫版 絡新婦の理』
講談社文庫 1870円(税込)
連続目潰し魔事件を追う木場は、容疑者・川島の住む千葉に向かう。同じ頃、榎木津は依頼を受け、房総半島の聖ベルナール女学院に乗りこんでいた。富豪・織作家創立の寄宿学校に暗躍する絞殺魔の正体とは。そして蜘蛛の巣の中心にいる〈あなた〉とは何者か。ゴシック色濃厚な犯人当て小説。構成の美しさには何度読んでもため息が出る。
【束幅52mm 重さ623g】

『文庫版 塗仏の宴 宴の支度』

混沌が物語を覆い尽くし、闇の祝祭が幕を開ける
『文庫版 塗仏の宴 宴の支度』
講談社文庫 1485円(税込)
元駐在・光保から消えた村の調査を依頼され、関口は伊豆山中に向かった。しかし旅先で蓮台寺裸女殺害事件に遭遇し、容疑者として逮捕されてしまう。その上なぜか罪を自白する関口。その頃、巷には新興宗教や気功道場など怪しげな団体が溢れ、暗躍していた。謎また謎の展開で、読む者の心をかき乱す連作の“支度”編。
【束幅37mm 重さ441g】

『文庫版 塗仏の宴 宴の始末』

暴れまくる榎木津にも注目。宴の終わりを見届けろ
『文庫版 塗仏の宴 宴の始末』
講談社文庫 1540円(税込)
行方不明になった木場、敦子、榎木津。引き寄せられるように静岡県韮山に結集する関係者たち。シリーズ史上最大級の難事件が、京極堂の憑物落としによって解体されていく。戦前から続くゲームを仕掛けたのは誰か。「世の中には不思議でないものなどない」と語る郷土史家・堂島の正体とは。圧倒的読み応えの連作の“始末”編。
【束幅40mm 重さ482g】

『文庫版 陰摩羅鬼の瑕』

旧華族の邸宅で起こるおぞましい新婦連続殺人
『文庫版 陰摩羅鬼の瑕』
講談社文庫 1760円(税込)
白樺湖畔にそびえる洋館・鳥の城で、由良元伯爵は5度目の婚礼を迎えようとしていた。これまでの4人の花嫁はすべて初夜に命を奪われている。花嫁を守るよう依頼された榎木津とともに館を訪れた関口だったが、婚礼の翌朝、花嫁の死体が発見される。『姑獲鳥の夏』を思わせるシンプルな構成で、由良邸の悲劇を印象的に描いている。
【束幅45mm 重さ539g】

『文庫版 邪魅の雫』

連鎖する名もなき悪意。相次ぐ毒殺事件の真相とは
『文庫版 邪魅の雫』
講談社文庫 1738円(税込)
次々と破談になる榎木津の結婚話。3人目の縁談の相手・来宮秀美の妹・小百合は、大磯海岸で変死していた。榎木津の従兄・今出川欣一は陰謀が働いているのではと疑い、探偵助手の益田に調査を命じる。来宮家の事件は江戸川、平塚で起こった毒殺事件と関係があるのか。無数のエピソードがリンクし、邪な全体図を浮かび上がらせる。
【束幅48mm 重さ584g】

短編

『文庫版 百鬼夜行─陰』

小説家・関口の物語を含む初のスピンオフ的短編集

『文庫版 百鬼夜行─陰』

講談社文庫 1100円(税込)
妻に去られ、孤独な日々を送る元教師の杉浦隆夫は、箪笥の引き出しの中から白い指先が覗いているのを見(「小袖の手」)、彫金細工職人の平野祐吉は誰かに見られているという恐怖を感じる(「目目連」)。「百鬼夜行」シリーズの登場人物たちが魔に魅入られていく瞬間を、さまざまな妖怪に託して描いたスピンオフ短編集。
【束幅23mm 重さ290g】

『完本 百鬼夜行 陽』

『鵼の碑』の予習にはこれ。憑物落としのない妖怪小説集
『完本 百鬼夜行 陽』
講談社ノベルス 1518円(税込)*電子版で購入可
(文藝春秋『定本 百鬼夜行 陽』のデータをもとに電子書籍化)
情愛と官能の乖離に悩む大鷹篤志は、「愚かなり」と嗤う巨大な顔を見る。官能と恐怖が入り交じった「大首」をはじめ、『狂骨の夢』『陰摩羅鬼の瑕』などのサイドストーリー的位置づけの妖怪小説を10編収録。最新作『鵼の碑』のキーパーソン・寒川秀巳と桜田登和子がそれぞれ登場する「墓の火」「蛇帯」にも注目だ。
【束幅25mm 重さ362g】

『文庫版 百器徒然袋─雨』

無敵の探偵・榎木津礼二郎が下僕を引き連れ大活躍
『文庫版 百器徒然袋─雨』
講談社文庫 1320円(税込)
人の記憶を視ることができる探偵・榎木津礼二郎が、下僕たちを引き連れ傍若無人の大活躍をみせるスピンオフ中編集。語り手の〈僕〉が奉公先で乱暴され自殺を図った姪の敵討ちを依頼する「鳴釜」、榎木津元子爵から〈甕〉の捜索を依頼される「瓶長」、元貴族院議員の飼っていた山嵐探しが意外な方向に転がる「山颪」の3編。
【束幅28mm 重さ361g】

『文庫版 百器徒然袋─風』

榎木津に向かうところ敵なし。愉快痛快の探偵小悦3編
『文庫版 百器徒然袋─風』
講談社文庫 1430円(税込)
常識外れの言動で入り組んだ事件を突破する榎木津と、彼に振り回される下僕たちの姿を描く「百器徒然袋」の第2弾。猫づくしの事件を扱った「五徳猫」、語り手の〈僕〉が何者かに拉致される「雲外鏡」、探偵助手の益田が空き巣の疑いをかけられる「面霊気」。シリアスな本編とはまた違った、ユーモラスで痛快な読み味が癖になる。
【束幅31mm 重さ376g】

『文庫版 今昔続百鬼─雲』

妖怪求めて西へ東へ。名脇役・多々良先生の冒険
『文庫版 今昔続百鬼─雲』
講談社文庫 1210円(税込)
妖怪研究家・多々良勝五郎先生が、〈俺〉こと沼上蓮次とともに日本各地を訪ね歩き、トラブルに巻き込まれる。河童に噛み殺された男の死体を発見し(「岸涯小僧」)、物忌み中の村で起きた殺人事件に遭遇(「泥田坊」)、絶対負けない賭博師と対決し(「手の目」)、即身仏の謎を追う(「古庫裏婆」)。妖怪馬鹿コンビの冒険を描いたスピンオフ。
【束幅28mm 重さ368g】

『文庫版 今昔百鬼拾遺 月』

探偵役は京極堂の妹。新たなバディものの誕生
『文庫版 今昔百鬼拾遺 月』
講談社文庫 1760円(税込)
雑誌記者・中禅寺敦子が女学生・呉美由紀とともに事件に挑む外伝シリーズ。2019年に3カ月連続刊行された『今昔百鬼拾遺 鬼』『(同)河童』『(同)天狗』を一冊にまとめたものだ。日本刀を使った連続通り魔事件に、奇怪な連続水死事件、高尾山での奇妙な失踪事件。3つの事件に秘められたドラマは、現代の世相とも響き合う。
【束幅39mm 重さ488g】

コミカライズ

『コミック版 姑獲鳥の夏』上

『コミック版 姑獲鳥の夏』(上・下)
京極夏彦:原作 志水アキ:漫画 
講談社文庫 各781円(税込)*電子版はKADOKAWAより配信(全4巻)

『コミック版 魍魎の匣』上

『コミック版 魍魎の匣』(上・下)
京極夏彦:原作 志水アキ:漫画
講談社文庫 上巻1056円(税込)、下巻924円(税込)*電子版はKADOKAWAより配信(全5巻)

『コミック版 狂骨の夢』上

『コミック版 狂骨の夢』(上・下)
京極夏彦:原作 志水アキ:漫画
講談社文庫 上巻1012円(税込)、下巻968円(税込)*電子版はKADOKAWAより配信(全5巻)

『鉄鼠の檻』1巻

『鉄鼠の檻』(全5巻)
京極夏彦:原作 志水アキ:漫画
講談社KCデラックス 472~484円(税込)*電子版で購入可

『絡新婦の理』1巻

『絡新婦の理』(全4巻)
京極夏彦:原作 志水アキ:漫画
講談社C 各472円(税込)*電子版で購入可

「百器徒然袋」シリーズ(鳴釜)

「百器徒然袋」シリーズ(鳴釜/瓶長/山颪/五徳猫/雲外鏡/面霊気)
京極夏彦:原作 志水アキ:作画
KADOKAWA 各638円(税込)*電子版で購入可

『中禅寺先生物怪講義録 先生が謎を解いてしまうから。』1巻

『少年マガジンエッジ』で連載中 完全オリジナルスピンオフ作
『中禅寺先生物怪講義録 先生が謎を解いてしまうから。』(1~7巻)
京極夏彦:Founder 志水アキ:漫画
講談社マガジンエッジC 693~715円(税込)*電子版で購入可
昭和23年、東京都立美戸川高校に通う日下部栞奈は、無愛想な国語教師・中禅寺秋彦にたびたび不思議な出来事について相談していた。京極堂の知られざる教師時代を描いた外伝。

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