巨大アンコウにのみ込まれた先には怪魚がうじゃうじゃ…。頑張る人を深海魚がもてなす優しい作品『スパあんこうの胃袋』が生まれた理由とは【漫画家インタビュー】

マンガ

公開日:2023/12/1

スパあんこうの胃袋

 人生には理不尽なことがつきものだ。優しくしたのに辛くあたられた、正直者がバカを見るというような目にあった、頑張っても報われない、そんなこともあるだろう。しかし、お人好しも、正直なことも、頑張ることも本来素敵なこと。他者への優しさを持つ人々に癒やしのエールを贈る漫画『スパあんこうの胃袋』が人気を集めている。

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スパあんこうの胃袋

 第1話の主人公・さくらは会社員。後輩に仕事を丁寧に教えていたら、後輩はちゃっかり帰宅。自分は一人残業するハメに。そして少しでも気分を上げようと閉店間際のベーカリーに行こうとしたところで、高そうなコートの紐を引きずって歩いている人を見かける。店に入らなければパンは買えない、しかし、コートの紐も見過ごせない!さくらは女性を追いかけてコートの紐を引きずっていることを知らせる……と、巨大なアンコウに飲み込まれてしまった!

 巨大アンコウの中にあったのは、夢のようなスパ。ありとあらゆる娯楽がそろったスパを満喫するさくらだったが、目覚めるとそこは自分の家。スパのことは覚えていなかったが、不思議と体が軽い。さくらは「今日も頑張ろう!」と清々しい気持ちで朝を迎えるのだった。

 深海魚の中にあるスパが優しい人々を癒やしていくというユニークな設定の本作。作者はイラストレーター、漫画家として活躍するあきばさやか(@akiba_sayaka)さん。主にエッセイ漫画や実用書の挿絵や漫画を担当してきたあきばさんにとって、『スパあんこうの胃袋』は初のフィクション作品となる。どのようにしてこの漫画が生まれたのか、あきばさんにインタビューした。

親切な人にいいことがあるようにと願いを込めた作品

 第1話の主人公・さくらが、コートの紐を引きずって歩いている人を見かけるシーンがあるが、あきばさん自身が同じような状況の人を見かけたことから、本作が生まれたという。

スパあんこうの胃袋

「その時は、自分はお店の中、その人は外を歩いていて追いかけることもできず、実際には声をかけられなかったのですが…。それで、私もよく『リュック空いているよ』とか妊娠中に『座りますか?』と親切な人に声をかけてもらってきたなぁ、そういう声をかけてくれた方に何かいいことがあったらいいなぁと考えたんです。そういう人だけを集める仕掛けはないだろうか?と考えたときに、アンコウの擬餌状体(エスカ)みたいなのはどうだろうと思いつきました。アンコウの擬餌状体におびき寄せられた先がスパになっていたら最高だな。たくさんの深海魚がスタッフとして出てきたら楽しそう!と頭の中で発想を展開していきました」

 深海生物がスタッフとして登場するうえ、それぞれの生物としての特性が作中でも生かされている。深海生物が好きなゆえの、モチーフ選択なのだろうか?

「もともと水族館や深海生物は好きでしたが、そこまで詳しくは知りませんでした。深海生物を多く登場させたのは、深海生物が大好きな息子の影響が大きいと思います。息子の影響で一緒に図鑑やDVDを見始め、今では自分用の書籍を購入して読んでいます」

 子どもの頃から漫画が好きで、特に少年漫画に親しんできたというあきばさん。中学生のころは、本格的な創作活動にも挑戦した経験があるという。

「少年ジャンプに応募したくって、高校受験を控える中、45ページの読み切りを創作するべく毎晩描いていました。ただ、熱意はあっても技術がなくて。ネーム(漫画の構成)はなんとかできたんですが、作画が全然進みませんでした。アナログの時代でしたから、スクリーントーン買って、Gペンも初めて使って…。結局完成できなくって、すっかり『私に創作漫画は無理なんだ』って思うようになってしまったんです」

 そこから漫画を描くことからはすっかり遠ざかってしまう。

「TVドラマの『サプリ』を見て、マスコミや広告業界に憧れを持ち、仙台の広告代理店に営業職で就職しました。ただ、働いているうちにもっと違うことやってみたくなり、体験ルポ漫画を描いてX(旧Twitter)にアップするようになりました」

 5年ほど勤めたところで、結婚。新居は仙台にあったが、夫が仕事で東京に行っていたことから、ついていく形でイラストレーターとして独立することを決意。

「当てがあったわけではなく、『イラストレーターになります!東京で仕事します!』って勤めていた会社で名刺配って、その足でポートフォリオを持って東京で仕事を探し始めました。ありがたいことに、雑誌の仕事をいただけるようになって、数年をかけてフリーランスのイラストレーターとして軌道に乗せることができたんです。本を出すことを目標にしていたんですが、創作漫画は無理だと思い込んでいたんで、どうしようと思っていたんですね。そしたらある編集プロダクションの方に『ブログをやれば本が出せますよ』と声をかけていただいたんです。そこでブログをスタートさせました。編集プロダクションからは半分架空のキャラクターで描いた方がいいと言われて、体験は私のものなのですが、別人格の “しくじりヤマコ”というOLキャラクターを使ってエッセイ漫画を描いていました。本を出したあと、今後のためにも架空キャラクターではなく、自分自身のままでブログを運営したほうがいいだろうと思い、ブログはリニューアルして、現在に至ります」

「創作漫画は無理」という思い込みがあった中で、どうして「スパあんこうの胃袋」は執筆したのだろうか?

「何十年も無理だって思い込んでいたんですが、それがどうして描けたのか…覚えていないんです。突然『スパあんこうの胃袋』のアイデアだけがドーンと降りてきて、『描けるかも、描きたい!』と思って描き始めました。不思議ですが」

 当初は第1話のさくらのエピソードだけのつもりだったという。ところが、Xに投稿すると驚くほどの反響が届いた。

「8.6万いいねをいただいて。それで、お客さんを変えて第2話以降を描いていきました。そのときに頑張っている人、大変な人、癒やしの場所に連れてってあげたい人をピックアップしてお客さんとして登場させています」

 育児中の母親、頑張りが空回りする会社員、アンチに傷つくメイク系YouTuber、コロナ禍の最中ということもあって、医療従事者も登場している。そもそも他者への優しさを持つのはそういった環境に恵まれているからでは?という発想から、もともとは他者に対して攻撃的な人物が手違いで「スパあんこうの胃袋」に招かれ、スタッフの深海魚たちと触れ合うことで、他者への優しさを知っていくエピソードもある。そこにあるのは「善意は波及する」という考え方。読んだ人がこの作品に癒やされるのは、この考え方をストーリーや登場人物たちが体現しているからだろう。

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