まっすぐで情にもろい女検事の物語 3巻になるとは思ってもいなくって

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

 あったかくて職人気質のお父さんとそれを支えるお母さん。豆腐屋を継ごうと頑張る妹の温子。かくして凜々子が育った竹村家が誕生したというわけだ。

「ああいう“てやんでえ!”みたいなお父さん、好きなんですよ(笑)。連載が始まってみたら他社の編集者から“あの豆腐屋の家族の場面がいいですね”って言われて、じゃあ検察の話で息づまったら、そっちを描くかって、気がついたら家族小説みたいになっていた。私の場合、最初から全部がっちり作るっていうのは無理で、物語も登場人物と一緒に歩きながらできていくことが多いんです。それこそ神蔵守なんてね、最初は飲み会で凜々子に迫ってくるどうしようもない男を2行くらい書いただけなんですよ。名前も“お前なんて肝臓でも守ってろ”って感じでつけちゃったのに、担当の編集者に“私、この神蔵守って好きです”って言われて、もう二度と出てこない男のつもりで書いたけど、じゃあ、もうちょっと出してみるかって。まさかあんな重要人物になるとは思っていなかったけど」

 なんだかオーダーメイド小説みたいですね。

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「そうなんですよ。その時その時に仮縫いしてますから」

 まさに聞く力の賜物と言いますか。出会った人たちから「これぞ」というヒントをもらっては登場人物を育てていくなんて。

「そうは言っても今回は編集者とブレーンストーミングするたびに産みの苦しみでしたよ。何にも浮かばなくて、もうどうしようって、書くまでが大変な話も多かった。事件も関わるし、あいまいじゃ済まされない部分も多いから、私にしてはずいぶん取材もしましたし、そうするとどうしてもかさが膨らんでくるわけですよ。全3巻になるとは予想もしてませんでしたね」

ダメなところが見えると、その人が人間に見えてくる

 検事といえども人間である。被疑者の前で感情を爆発させてしまうこともある。恋人と上手くいかなくて落ち込むことだってある。いや、凜々子だけではない。登場人物はそれぞれ不倫していたり、大酒飲みだったり、欠点を抱えながら奮闘している。

「みんな、ダメですよね。私がダメだから、ダメ人間に愛着があるのね(苦笑)。凜々子の年頃にはテレビの仕事もしていましたし、失敗なんていっぱいしてきましたから。たとえば殺陣師のことをサツジンシって読んじゃったりね。プロデューサーが飛んできて、CM明けにすぐ謝罪したけど、ちょうどゲストに来ていたドイツ人の記者の人が“ニホンゴハ、ダカラムズカシイデスヨネー”って」

 この人が描く欠点が魅力でもあるのはそのせいかもしれない。

「女検事さんと出会った時も思ったけど、ダメなところが見えてくると、その人が人間として見えてくるってありますよね。正義というものを追求したい気持ちはあっても、優秀な人もいれば、ずるい人、クセのある人もいて、そこを魅力的に描きたいというのはありましたね」

 闘い済んで日が暮れて。凜々子が夕日を好きなのは日々を懸命に闘ってるからなのか。

「私も朝日より夕日のほうが好きなんですよ。男はロマンチストだから夕日が好きで、女は“さあ、これから”ていうのが好きだから朝日が好きなんだよって誰かに言われた時に、えっ、そうですかって思ったのを思い出して書いたんです。東京の夕日は富士山のシルエットがきれいに見えて、あー日本人でよかったって気持ちになるんですよ」

取材・文=瀧 晴巳 写真=野村佐紀子

紙『正義のセ』

阿川佐和子 角川書店 1260円

東京の下町の豆腐屋の長女として生まれた凜々子は、子どもの頃から正義感が強く一本気な性格。転校生の明日香をいじめからかばうつもりが、担任のせいで孤立してしまう。この時、言われたひと言がきっかけで凜々子は検事になった。恋人とのすれ違い、同僚の不倫スキャンダル、法と情の間で揺れてしまう凜々子の成長をみずみずしく描く。全3巻の第1巻。